「新・横浜総合大学」構想を立ち上げよう

 

20世紀までの大学は学問の方法(discipline)ごとに編成された学部を基礎に発展してきた。

 

21世紀に必要な大学とは、既成の学部に加えて学際性(inter-disciplinary)を併せもつ総合大学でなければならない。

 

学部という基礎(disciplineに基づく基礎教育)なくして、総合はありえない。

 

今こそ、横浜に真の総合大学を創造しよう。横国大および県立大との連携統合によって大きな「新・横浜総合大学」を!!

 

横浜市大は激震の最中にある。今年2月末に発表された「あり方懇答申」は市大3学部(商・国際文化・理)の1学部(リベラルアーツ・カレッジ)への統合・縮小を提案している。その理由は二転三転していて本当のところは定かではないが、財政難への対処と新時代を意識した模様替えにあるようだ。最近では「大胆に生まれ変わろう」をスローガンに、大学当局にゲタを預けたかたちで改革案が策定中で、まもなく「あり方懇答申」を踏めた最終案が飛び出しそうな状況にある。

極端な秘密主義のもとで進められている市大改革の進め方を一言で評せば、75年の歴史を誇る市大の過去をすべからく否定し、教養単科大学への縮小を図る路線といえよう。すなわち、当局発表の種々の文書を見るに、終始、結論先行で理屈が後追いしていること、装いはともかく教育と研究の現場の意見が反映されていないこと、世人を納得させるに十分な説明を欠いていること、美辞麗句とカタカナ語で盛られた文書はしばしば意味論的混乱をきたしていることなど、今回の改革論議は何から何まで異例ずくめである。そして、結果として打ち出される改革方向は、見紛うことなき横浜版「ブンカク」への道である。「自主性尊重」や「独立」という語が頻出するわりに、設置者のプレゼンスがやたら大きい。

「教育は百年の大計」といわれる。わが国のノーベル賞学者のほとんどが学校歴百年の大学で輩出された事実がこれを裏づける。中国にも「十年樹木、百年樹人」という成句がある。木の育成に十年、人の育成に百年かかるというのだ。顧みるに、市大文理学部が国際文化学部と理学部に分かれてまだ8年しか経っていない。その成否を見極めないうちに、はや解体である。人の育成という課題が樹木のそれより軽んじられていることになる。

市大が横浜・日本・世界に対し最高学府として真の使命を果たすべきだと考えるわれわれは、もっと先を見据えた改革論議を行うべきことを提唱したい。万事、新しがり屋の日本人の耳には心地よく響くかもしれない「リベラルアーツ・カレッジ」とは、本家本元のアメリカでは短大の評価でしかなく、現に18歳人口の減少を前にいずれも存立の危機の淵に立たされている事実を指摘しておこう。教養はもとよりたいせつだが、個別専門科学に根ざしてこそ意味をもち、身につくものである。専門を離れた教養はそれこそ、現代学生に疎んじられている「パンキョウ(一般教養)」にすぎず、高度に分業の進んだ現代社会では趣味以上の価値をもたない。

設置者は市大に専門課程は不要、研究も要らないという。リベラルアーツ・カレッジこと教養単科大学では就職への見通しが立たないところから学生は集まらず、研究や身分保障がなおざりにされているところから優秀な教員は去り、たとえ生涯教育に特化したとしても高い授業料が噂されていることから社会人受講者も集まらず、早晩、破綻するであろうことは火を見るより明らかである。市民から見てカルチャセンターは他にごまんとある。目先の小さな課題ばかりを追う教育は真の教育ではないことを肝に銘じるべきである。

百年の大計に立つ大学改革とは何か。われわれは、国立・公立・私立を分かつ大学の垣根が低くなろうとし、独立行政法人が具体的日程に上ったいま、市大が隣接の横浜国立大学と統合する道を選ぶことを提唱したい。これに神奈川県立外国語短大(さらに県立保健福祉大学も)を加えるのも妙案。横浜国立大学は工学部、経済学部、経営学部、教育人間科学部の4学部構成である。一方の市大には商学部、医学部、国際文化学部、理学部、看護短期大学部(4年制大学への昇格構想あり)がある。市大商学部と一部重なるところもあるが、これは時間をかけて新構想の学部に編成しなおせば(あるいは狭い意味の商学部に特化すれば)すむ問題である。また、すでに各方面から出ている法学部の新設もありうるだろう。また、社会の側から必要性が叫ばれている公共政策や市民文化に関する学部や学科を設置することも可能となろう。

もし3大学が合併すれば、神奈川県で1012学部の、しかも1万人規模の学生を擁する総合大学が出現することになる。一方、私立大と比べるとまだ学生収容力にゆとりがあるため、学部間の壁を低く保ちつつ入学制度を弾力的に運用することによって多数の優秀な学生を集めることができよう。さらに、統合には「規模の経済」がプラスに作用する可能性もある。思慮なき縮小は破滅につながる、720日の市大主催シンポジウムで清成法政大学総長が言われんとしたところはまさにこれであり、われわれに必要なのは「縮小も拡大もない」拡大つまり統合であることだ。

横浜市350万人、神奈川県850万人の地域に国公立の総合大学が皆無という現状はまずもって打開さるべきである。私立大学ではなし得ない部分に対してこそ、血税を投じる価値があろう。「百年樹人」の大計に適う道は「新・横浜総合大学」の創成しかない。独立行政法人化が議事日程に上っている今を逸しては、好機は永遠に去ることになるだろう。焦慮と拙速を避け、小利大損の轍を踏まないために、今こそ横浜の国公立の大学が大同につくことが望まれている。

以上の理由により、われわれは、現在進められている大学改革案づくりの方向を転換し、「新・横浜総合大学」の改革構想を立ち上げることを呼びかけるものである。

 

平成15年8月11日  「新・横浜総合大学構想を推進する会」

世話人代表  横浜市立大学商学部 松井道昭

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