プラン策定委員会幹事会案は学内でオーソライズされていない
2003年8月28日
横浜市立大学教員組合執行委員長 藤山嘉夫
(1) 改革理念と現状の分析が欠如
8月18日、第3回市立大学改革推進・プラン策定委員会(以下、プラン策定委員会)が開催され、幹事会から「大学改革案の大枠の整理について」「『あらたな大学像』の概念図」「独立行政法人化した場合の組織体制(案)」が提出された(以下、これらの全体を「幹事会案」とする)。
かつて教員組合は、「あり方懇」答申を次のように批判したことがある。「通常、大学において改革の具体的な提案を提起する際には、教育研究や大学運営の理念が提示され、この理念に基づいて現状の問題点を洗い出し、それらを克服する方向性を提示するものとして具体策が提起される。それによってこそ、具体的な改革案の説得力が了解されるものとなるのである。しかし、本答申ではそうした論理的な前提作業が一切なされないまま、極めて具体的な改革の諸項目(58項目)がいきなり並べられている」。(「学長の『あり方懇』に対する要望についての声明」2003年4月17日)。学外者によって構成された「あり方懇」ならぬ大学人が参画して提起した「幹事会案」に対しても全く同じ批判を繰り返さざるを得ないことは極めて残念であり、遺憾である。
(2) 大学改革案策定における「大枠」とは何か?
改革案の策定においては、周辺的な事項でなしに、改革の本質的な方向性を決定する基本的枠組み・骨格構造がまずは示されなくてはならない。したがって、「幹事会案」が示した「大枠」なるものは今後の改革の具体化にあたっての骨格構造を示すものとして極めて重要な性格を持つものであり、改革にとっての周辺的事項を指し示すものでは決してありえない。学長が承諾した期限まで2ヶ月というこの時点で、周辺的な事項を示したから「大枠」であるとは幹事会は主張し得ないであろう。
学長は8月21日の改革推進本部に対する報告の後の質疑に答えて、「改革の目玉」として次の5点を指摘している。@プラクティカルなリベラルアーツ。教育に重点。 A3学部を統合。B学府−院構想。C公募制、任期制、年俸制。D学長と理事長の分離。これが「幹事会案」における市大改革の骨格構造を形作る部分、つまり、「大枠」であると理解して良いであろう。したがって、それは「大枠」にすぎないという性格のものではない。
然るに、学長は学内に対しては、「大枠」にすぎない、だから、多くの意見を出して欲しいと促しながらも、しかし、「大枠」を事実上与件としている。しかし、そのようにして促されたその後の教員の意見表明において、改革の本質的な方向を示すほかならぬこの「大枠」に関わる部分に異論や疑念が集中的に噴出しているのである。
この間、18日に第3回プラン策定委員会、18日に臨時評議会、20日に医学部臨時教授会、21日に商学部臨時教授会、25日に国際文化学部臨時教授会、理学部臨時教授会が開催された。プラン策定委員会や臨時評議会においても「幹事会案」に対して根底的な疑義が出されていることは重要である。さらに、商学部、国際文化学部、理学部の臨時教授会においても「幹事会案」に対して多くの根本的な疑念が提出されている。瀬戸キャンパス3学部の臨時教授会で出された異論や意見、疑義に関して、すでに商学部、国際文化学部では文書でそれらが公表され、理学部ではこれから公表される。医学部臨時教授会においては、学長と理事長を分けることへの疑義が出され、また、医学部附属病院とすべきであるとの意見が集約されている。
異論や疑義が提出されている「幹事会案」の「大枠」に関わる部分とは主要には概ね以下の3点である。@ 3学部を統合し、「プラクティカルなリベラルアーツ」を目指した「実践的な国際教養大学」。A 独法化を前提にして、しかも、理事長と学長を分離。B 任期制や年俸制の導入、に関してである。
@
3学部統合とリベラルアーツ
学長は7月30日の学長会見において、「『あり方懇』をふまえるとはどういう意味であるのか」との教員組合の質問に答えて、「議論して『あり方懇』答申が納得できれば採用するし、そうでなければそれを乗り越えることを意味する」と述べている。「幹事会案」のなかで「大枠」として大前提としている「あり方懇」の言う「プラクティカルなリベラルアーツ」、「3学部統合」の何処に「納得」しているのか、なぜ乗り越えなくて良いのか?「幹事会案」には全く示されていない。
また、学長会見で、教員組合がアメリカにおけるリベラルアーツの問題点を厳しく指摘したのに対して、中上総務部長は、「アメリカの大学イコール『あり方懇』と思わないでいただきたい。それはアメリカとしての形であり、われわれは市大にあったリベラルアーツをこれから議論してペーパーで示す」と言い、これを受けて学長は、「市大型でなおかつ一級国の日本としてふさわしいリベラルアーツカレッジとはいったい何だということを勉強の最中だ」と述べている。改革の本質的な方向を規定する「大枠」の提示にさいして、この点についてもはや「勉強中」ではすまないことは自明である。しかし、示された「幹事会案」にはこの点は全く示されていない。また、これまでペーパーで示された事実もない。つまり、「リベラルアーツ」は意味不明なままに改革案の「大枠」として前提されてしまっているのである。
また、学長会見において、教員組合が、3学部統合に関する学長の評価を質問したのに対しては、学長は、「3学部統合案についての学長としての評価はまだ充分に固まらないので控えたい」と回答している。これは7月30日の時点である。「幹事会案」が改革の基本方針たる「大枠」として3学部統合を打ち出すのであれば、その意義について明確に指摘すべきであるが、「幹事会案」においては全く触れられていない。5月という早い時期に、すでに2学部、1研究科の教授会が教授会決議をして、この3学部統合案に対する否定の姿勢を共通に明確にしていたのであり、「あり方懇」答申に対する多くの教員の疑問のひとつがここに集中していことは従前からはっきりしていた。「幹事会案」においてはこの疑念に全く答えていない。
したがって、「幹事会案」は、市大改革の向かうべき基本的方向としての以上の「大枠」問題に関しては教員の本質的な疑問に何ら答えておらず、「幹事会案」はその基本的な方向性に関して教員の支持を得られているとはいえない。
A
独立行政法人化を前提にしていることについて
「幹事会案」は独法化を「大枠」の重要なひとつとして示しているが、独法化は、大学の存立形態と教員の身分の決定的な変更であり、その意味で本質的な「大枠」となっており極めて重要な問題である。独法化に関しては教員のなかに多様な評価があるのは当然であろう。しかし、教員の身分変更をも含む大学の本質に関わる重大なこの独法化問題に関して、評議会、教授会という教員組織において全くと言って良い程に議論がなされてきていないことは極めて異常な事態であるといわねばならない。大学の存立形態そのものの本質的な変更をもたらす独法化問題に関しては、大学を預かる学長は教員のなかで議論を促すべき義務を負っている。然るに、それがなされていないという異常事態が継続しているままで、独法化が「大枠」として示されたことは、教員の意志決定のプロセスを欠いているのみならず、独法化によって甚大な影響を受ける職員、学生に対しても説明責任を果たさないことになる。
しかも、「幹事会案」の中では、この独法化を前提としつつ、理事長と学長を分離し、学長を副理事長とし、これを経営側理事長の下におくという構想がとられているが、これに関しても各学部教授会では異論が出ており、医学部教授会では、私立大学ではないのだからこの分離には反対する旨の意見が表明されている。
教員組合としては、「地方独立行政法人法」に基づく公立大学法人化は、大学が本質的に持つべき自律性を侵害するものであり、また、教員身分の重大な変更を伴うものであるので、これには反対するとの立場を表明し、学内の他の3労働組合と共同して、「地方独立行政法人化には多くの問題点があり、独立行政法人化を前提とした大学改革は行わないこと」を学長宛に申し入れている。独法化は大学の研究・教育条件の重大な変更、教員身分の変更、労働条件の変更という重大問題であり、法人化には労使合意が不可欠である。
B
任期制
教員組合は、任期制の安易な導入には反対である。「大学の教員等の任期に関する法律」は、「任期を定めることができる場合」を限定しているのであり、この法律によって任期制を無限定的に導入できるわけではない。「1 先端的、学際的又は総合的研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野又は方法の特性にかんがみ、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき。2 助手の職で自ら研究目標を定めて研究を行うことを職務の主たる内容とするものに就けるとき。3 大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき」に限定される。
さらに、この法律には、「任期制の導入によって、学問の自由及び大学の自治の尊重を担保している教員の身分保障の精神が損なわれることがないよう充分配慮するとともに、いやしくも大学に対して、任期制の導入を当該大学の教育研究支援の条件とする等の誘導や干渉は一切行わないこと」等の附帯決議が付されており、その運用にあたって極めて厳しい条件が付されている。
現行「任期」法は限定的任期制であり、これを現職の全教員にまで拡大して無限定的任期制を採用することはこの法に違反することになる。教員組合は、無限定的任期制には強く反対する。「幹事会案」にいう「任期」が全教員に適用する無限定的任期制であるとすれば、それは評議会、教授会における重大な審議事項とならなければならない。このことに関して学長は教員に対して明確に説明すべきである。ことは教員の身分と処遇に関わる。これらの事項が明確ではない限り、教員が「幹事会案」を認めたことにはならない。さらに、任期制の導入は、労使協議事項であるのでその手続きは不可欠である。
(3) 「幹事会案」は学内においてオーソライズされていない
教員の「幹事会案」に対する疑念や批判が共通に集中しているのが、以上の3点の「大枠」に関わる部分である。改革案の骨格構造に関するこれらの部分について批判が集中しているということは、したがって、「幹事会案」は教員組織のどのレベルにおいても未だオーソライズされてはいない、ということを意味する。しかも、労使交渉を不可欠の前提要件とすべき事項をも含んでいる。
然るに、8月21日、横浜市大学改革推進本部において、学長は、学内的にはオーソライズされていないという事実には一切言及せぬままに、「幹事会案」を読み上げる形で報告・公表している。「幹事会案」に対する以上のような学内での反応に何ら言及することなくこのような形で公表するならば、「幹事会案」としての3文書が現時点で大学側がオーソライズした公的な文書であるとの印象を対外的には与えてしまう。事実、各種新聞報道はそのような内容となっている。このような公表の仕方は、学内における自由な討論を大きく制約するものである。のみならず、学内で意見を聴取するという手続きを取りながら、対外的にこのような公表の仕方をするということは、内と外への対応を使い分ける極めて操作的かつ不誠実なやり方である。その上、労使関係における重大な法的問題を包含する行為である、といわねばならない。
さらに、推進本部会議において、「あり方懇」座長であった橋爪大三郎氏が同席し、「あり方懇」答申の線をもっと強く出すよう促す発言をしていることは、「まず大学で改革案を作る」ことを主張している中田市長の発言主旨をも侵害する行為である。「教育は不当な支配に服することなく」と定めた教育基本法第10条に抵触するおそれがある。