プロジェクトR委員会委員長

小川 恵一 様

                             2003年10月20日

                              商学部臨時教授会

 

 

 

大学改革案における教員人事と教員任期制の導入に関する商学部教授会意見

                                                   

 プロジョクトR委員会は、10月17日に臨時評議会に提出した『横浜市立大学の新たな大学像について(案)』と題する文書において様々提案を行っているが、その中で特に教員人事に関するものと教員任期制の導入に対しては重大な疑念があると思われるので、以下において、この点について見解を述べる。

 

T 教員人事について

 1.「人事委員会」は、教員研究審議機関の構成員の中から選ばれた委員、経営審議機関の構成員(教育研究審議機関の構成員となっている者を除く。)の中から選ばれた委員に、学外有識者を加えて構成され、「経営組織にも研究教育組織にも属さない」組織とされている。これに対して、国立大学法人法は、国立大学法人の「教員人事に関する事項」を、大学の教育研究に関する重要事項を審議検討する「教育研究評議会」の審議事項としている(第21条第3項第4号)。

 このように、国立大学法人法が、教員人事を、大学の経営組織ではなく、教員組織の権限に属することを明示したのは、教育公務員特例法の精神を受け継ぎ、学問の自由及び大学の自治の尊重を担保している教員の身分保障の精神が損なわれることがないように配慮したからであると解される。

 たしかに、地方独立行政法人法には、このような、国立大学法人法に対応した規定は見られないが、このことは、国立大学法人法の規定に示されたような教員人事の基本原理を無視して、公立大学法人が設置する大学の教員についてその人事組織・手続を恣意的に定められることを認めるものではない。大学という教育研究組織の特性を考慮した場合、教員人事機関は教員組織のなかに明確に位置づけられるべきであり(地独法69条参照)、「人事委員会」のように、教員組織から独立させられ、曖昧な立場におかれた機関のもとでは公正かつ責任ある人事が行なわれるとは考えられない。

 しかも、教員人事は主として教員の教育・研究能力を判断して行うものであるから、教育研究の専門家たる大学教員が中心となって行うべきものである。

 2.地方独立行政法人法は、学長を別に任命する大学において、理事長が教員を任命し、免職し、又は降任するときは、「学長の申出に基づき行うものとする」(75条)と規定する。この規定は、「大学の学長、教員及び部局長の任用、免職、休職、復職、退職及び懲戒処分は、学長の申出に基づいて、任命権者が行なう」と規定する教育公務員特例法10条と基本的には同趣旨のものであり、大学における教学事項の責任者である学長のもとにおかれた審議機関において教員人事が審議されることを前提としたものと解される。

 3.教員人事手続の公正性・透明性・客観性を高めるためには、プロジェクトR委員会が提案するような制度に代えて、審査基準・審査手続を積極的に市民に公表し、かつ、審査過程に外部有識者をオブザーバーとして参加させる新たな制度を導入することにより、大学の自治を尊重しながら、より十分に対応することが可能となるのである。  

 

U 任期制について

 任期制を導入することのメリットおよびデメリットに関する議論はともかくとして、そもそも教員全員について任期制を導入することは、現行法上ほとんど不可能であり、大学改革案においてかかる提案を行うことは、現行法における公立大学教員の任用に関する規制に抵触すると考えられる。その理由は、次の通りである。

1.現行法上、大学(学校教育法第1条に規定する大学をいう)の教員(大学の教授、助教授、講師および助手をいう)について任期制を導入することに関して法的規制を設けているのは、「大学の教員等の任期に関する法律」(以下、大学教員任期法と称する)である。この大学教員任期法は、平成9年に制定されたもので、その趣旨は、大学において多様な知識または経験を有する教員相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学における教育研究の活性化にとって重要であることから、任期を定めることができる場合その他教員の任期について必要な事項を定めることにより、大学への多様な人材の受入れを図り、もって大学における教育研究の進展に寄与することにある、とされている(同法1条)。このような立法趣旨に鑑みれば、同法は、大学の教員について任期を定めない任用を行っている現行制度を前提としたうえで、以下に述べるような個別具体的な場合(大学教員任期法第411号〜3号)に限り、例外的に任期を定めた任用を行うことができることを明らかにしたものである2003516日衆議院における政府答弁)。

 2.大学教員任期法第3条によれば、公立の大学の学長は、教育公務員特例法第24項に規定する評議会の議に基づき、当該大学の教員(常時勤務の者に限る)について、次に述べる第4条の規定による任期を定めた任用を行う必要があると認めるときは、教員の任期に関する規則を定めなければならない。すなわち、任期制を導入しようとする場合には、まず、評議会の議に基づいて任期に関する規則を定めることが必要となるわけである。

そして、このような教員の任期に関する規則が定められた場合でも、任命権者が、教育公務員特例法第10条の規定に基づきその教員を任用するときは、次の3つの事由のいずれかに該当しない限り、任期を定めることができないのである。これは、すなわち、@先端的、学際的または総合的な教育研究であることその他の当該教育研究組織で行われる教育研究の分野または方法の特性にかんがみ、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職に就けるとき、A助手の職で自ら研究目標を定めて研究を行うことをその職務の主たる内容とするものに就けるとき、B大学が定め又は参画する特定の計画に基づき期間を定めて教育研究を行う職に就けるとき、である(大学教員任期法第41項)。また、任命権者は、このうちのいずれかの事由に該当するとして、任期を定めて教員を任用する場合には、当該任用される者の同意を得なければならない、とされている(同法42項)。

 以上の各規定から明らかなように、任命権者が公立の大学の教員について任期を定めるためには、前述のように評議会の議に基づき任期に関する規則を定めなければならないほか、さらに前記@〜Bの事由のいずれかに該当することおよび任用される者の個別的同意が必要であり、いずれの要件を欠いても、公立の大学の教員について任期を定めることができないことになっている。そして、前記@〜Bの各事由の内容の解釈からも明らかなように、大学の教員全員について任期を導入することは、ほとんど不可能であり、教員全員について任期を定めた任用を行うことは、任期を定めない任用を原則としつつ、例外的に任期を定めた任用を許容するという大学教員任期法における公立大学教員の任用に関する規制に反する。

3.大学の教員全員が前記@〜Bの事由のいずれかに該当し、かつ任期を定めることについて全員の同意が得られた場合には、大学全体について任期制を導入することは、理論的にはあり得る。しかし、現在ある学部または研究組織の全ての職を、例えば@の事由に該当するとして、教員全員について任期制を導入するとすれば、それは、@の事由の拡大解釈であり、このような拡大解釈は、「多様な人材の確保が特に求められる」という法文の趣旨に反するのみならず、任期を定めない任用を原則としつつ、例外的に任期を定めた任用を許容するという大学教員任期法の立法趣旨にも反することになる。また、@の事由の拡大解釈は、任期制の導入によって教員の身分保障の精神が損なわれることがないよう充分配慮するとする衆参両院の付帯決議にも違反する。

 4.来年度以降、公立大学法人(地方独立行政法人法(平成15年法律第118号)第681項に規定する公立大学法人をいう)は、その設置する大学の教員についても、労働契約において任期を定めることができることになるが、その場合も、当該大学に係る教員の任期に関する規則を定める必要があるほか(大学教員任期法第52項)前記第41項所定の@〜Bの各事由のいずれかに該当することが必要とされている(大学教員任期法第51項)。また、前述したのと同様の理由から、公立大学法人の設置する大学の教員の全員について任期を定めることは、ほとんど不可能であると解される。

 5.以上のように、プロジェクトR委員会が提案した横浜市立大学の全教員を対象とする任期制の導入は、現行法の解釈論としては認められないものである。もちろん、大学教員任期法第4条所定の3つの事由のいずれかに該当するときは、任期を定めることが可能であるが、これはいうまでもなく、当該3つの事由のいずれかに該当する教員について任期を定めることができるに過ぎず、プロジェクトR委員会の提案した教員全員を対象とする任期制の導入ではない。プロジェクトR委員会の提案は、公立の大学または公立大学法人の設置する大学の教員について任期を定めない任用を原則としつつ、例外的な場合にのみ任期を定めた任用を許容するという現行法上の規制に反するものと考えられる。

 6.ところで、上記臨時評議会の席上、事務担当者から、全教員を対象とする任期制の導入は、「大学の教員等の任期に関する法律(以下「大学教員任期法」という)」によらない労働契約としてなら可能である旨が言及された。しかし、大学教員任期法は労働に対し特別法に当たるものであり、規定が抵触する場合には特別法たる大学教員任期法が優先適用されるものである。しかも、一般法たる労働法には、任期に関して直接規定した条文は見あたらないのであり、個別の労働契約によって特別法たる大学教員任期法の規律を排斥することは許されない。したがって、個別的労働契約によって全教員を対象とする任期制を導入するという事務担当者の主張には理由がない。

 7.以上の考察から明らかなように、任期制の導入は任期法の規定によってのみ可能なのであり、その法の趣旨から考えて、一律に全教員を対象として任期制を導入することはできないのである。

 8.我々商学部教授会は、以上のような結論を主張するものであるが、決して任期制の導入そのものに反対しているわけではない。むしろ、大学教員任期法1条に掲げられているように、大学において多様な知識または経験を有する教員等相互の学問的交流が不断に行われる状況を創出することが大学等における教育研究の活性化にとって重要であることにかんがみ、大学等への多様な人材の受け入れを図ることは必要であると考えるものである。しかし、そのためには、大学教員任期法の規定に則った正規の手続きを踏んだ上で任期制の導入を図るべきであると考えるものである。             以上