京都大学(次期)総長 尾池和夫殿
    
           要望書

京都大学再生医科学研究所の井上一知教授がいわゆる大学教員任期
制法に基づき失職扱いにされています。京大前総長は、これを学部・
研究所自治の問題として済ませて、解決のために積極的に動いてく
ださっていないと思われますが、新総長になられる尾池先生はこの
内容を本当にご存じでしょうか。

これは、以下に述べるように、学問の自由を守るべき大学が自ら教
員の学問の自由を侵害している事件です。本年は、文部省の大学人
事介入に対抗して大学の自治を守った輝かしい実績のある京都大学
滝川事件の70周年に当たりますが、その歴史に汚点を残すもので
す。総長自らこの事件を検討され、井上教授を本年5月1日に遡っ
て復職させて、教員個人の学問の自由を是が非でも守り通していた
だけるように要請します。

井上教授は、平成15年4月30日までの任期に先立ち、その一年
前に再任申請の手続きをされました。井上教授は再生医療に関する
研究業績で国際的に高い評価を受け、日本再生医療学会の初代会長
を勤められました。特に糖尿病に対する再生医療開発研究は臨床応
用直前の段階にあり、多くの患者さんがその開発を待ち望んでおら
れます。再任審査の結果、超一流の専門家7名から構成される外部
評価委員会の委員全員が一致して、今後の活躍に期待し、再任に賛
成との結論を出されました。

ところが、同研究所内部の協議員会は、外部評価委員会の評価に
「基づいて」決定するという内規を無視し、井上教授に何等の説
明の機会を与えることもなく、「基づかない」理由を示すことなく、
再任を拒否しました。井上教授は当時の所長に対して再任拒否理由
の明示を求められましたが、なしのつぶてです。

大学教員の人事権は大学に属するという大学の自治は、今日、学問
の自由の一内容として承認されていますが、それは公明・正大であ
るべきです。このような事件がそのまま見過ごされては、教員の学
問の自由は、国家権力からは独立でも大学内の権力によって弾圧さ
れてしまいます。これは大学の自治・研究所自治の濫用です。

最近、任期制を採用する大学・学部は急激に増加し、医学部ではす
でに20大学以上が任期制をとり、横浜市立大学では全教官の任期
制への移行が議論されています。

今回のような理不尽な処置が容認されると、任期制教官の地位は、
いかに業績を挙げどれほど社会的貢献をなそうとも、それとは関係
なく、再任を決定する機関の恣意的な判断に全面的に依存すること
になってしまいます。これでは自由な学問は死滅します。京都大学
はその悪例の先陣を切ることになります。

井上教授は、大学内に救済の道が閉ざされていることを踏まえ、一
個人のためだけではなく、憲法で保障された教員の学問の自由を守
るために、そして将来の日本の社会のために立ち上がられ、京都地
裁に行政訴訟を提訴されました。しかし、京大当局は、これに対し
て、本件は任期切れで失職したのだから救済の道はないといっ
た答弁しかしません。前記のように、学部・研究所自治の濫用が疑
われている本件で、「黙して語らず」とは、大学人のあるべき姿で
しょうか。これまで同僚として席を同じくした者に対する態度でしょ
うか。これでは、この再任拒否が権力濫用であるという疑いを、京
大自ら増幅させるだけで、悪しき当事者として、訴訟の結果如何に
かかわらず、京大の名誉を汚すものと思います。

元京大法学部助教授でもあり、前最高裁判事の園部逸夫博士は、今
回の井上事件を、大学の自治を侵害し、日本の教官任期制度を根幹
から歪める極めて重大な社会的な事件と判断され、裁判所に意見書
を提出されました。その中で、大学自治の理念もその運用を誤る
,教授会の独善や、派閥人事の隠蔽などに悪用される恐れがある。
任期制の運用に当たっては、大学教員の身分保障に基づく学問の自
由と発展と言う、大学自治の基本理念に反することがあってはなら
ないのである。と述べられています。

考えますと、任期が適法につけられ、しかも、公明正大で合理的な
評価とルールのもとに再任拒否が決定された場合に限って、任期満
了により失職となるべきものです。

しかし、本件では、まずは、井上教授が公募に応じたときには任期
制との説明もなく、発令直前に急遽事務官から同意を求められたに
すぎません。そして、業績をあげても問答無用で再任拒否されると
は予想もつかなかったはずですから、そんなことが許容されるので
あれば、その同意に瑕疵があったものです。さらには、本件は一号
任期制ですが、文部科学省の国会答弁によれば任期制は限定的なの
に、本件のポストだけがなぜ一号任期制に当たるかの説明もありま
せん。したがって、本件では任期が適法につけられたとはいえませ


さらに、再任申請に対する審査について、文部科学省は新規採用手
続と考えてきたようですが、それでも国会答弁では再任拒否に対し
て司法審査の道があると認めていますし、判例でもそのようなもの
があります。しかも、再任審査は一般の新規採用とは異なり、再任
申請者のみが対象であり、かつ、同じ任期制法に基づく文部科学省
令から学則に授権された手続で行っておりますので、単に職務上の
義務にとどまるものではなく、外部評価に「基づく」といったその
ルールに違反すれば、公明正大な評価とルールに反し、違法となる
ものと考えます。

尾池先生は、京都新聞(9月28日付)で、"優秀な研究者が大学
に残っていられる仕組みがさえあれば、基礎研究はちゃんとできる。
彼らに不必要な手出しをしないことが京大の伝統です。"と発言し
ておられるのを拝見し、本当に心強く感じます。

京大総長におかれては、わが国における学問の自由の崩壊を防ぐた
めにも、京大の名誉のためにも、本件を学部・研究所自治に任せて、
真の大学の自治を損なうことのないように、自ら、十分に検討され、
公正なご御判断を下されますよう、切にお願い申し上げます。  
                              
                2003年12月1日



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    京都地裁民事三部
               裁判長裁判官  八木 良一殿
                  裁判官  飯野 里朗殿
                  裁判官  財賀 理行殿

           要望書

京都大学再生医科学研究所の井上一知教授がいわゆる大学教員任期
制法に基づき失職扱いにされていますが、これは、以下に述べるよ
うに、学問の自由を守るべき大学が自ら教員の学問の自由を侵害し
ており、裁判所によって、本来救済されるべき事件です。貴職にお
かれては、この問題を根底から再考して、井上教授を本年5月1日
に遡って復職させていただきますように要請します。

同教授は、平成15年4月30日までの任期に先立ち、その一年前
に再任申請の手続きをされました。井上教授は再生医療に関する研
究業績で国際的に高い評価を受け、日本再生医療学会の初代会長を
勤められました。特に糖尿病に対する再生医療開発研究は臨床応用
直前の段階にあり、多くの患者さんがその開発を待ち望んでおられ
ます。再任審査の結果、超一流の専門家7名から構成される外部評
価委員会の委員全員が一致して、今後の活躍に期待し、再任に賛成
との結論を出されました。

ところが、同研究所内部の協議員会は、外部評価委員会の評価に
「基づいて」決定するという内規を無視し、井上教授に何等の説
明の機会を与えることもなく、「基づかない」理由を示すことなく、
再任を拒否しました。井上教授は当時の所長に対して再任拒否理由
の明示を求められましたが、なしのつぶてです。

大学教員の人事権は大学に属するという大学の自治が、今日学問の
自由の一内容として承認されていますが、それは公明・正大である
べきです。このような事件がそのまま見過ごされては、教員の学問
の自由は、国家権力からは独立でも、大学内の権力によって弾圧さ
れてしまいます。これは大学の自治・研究所自治の濫用です。国家
権力に抵抗して、大学の自治を守った京大滝川事件の70周年に当
たる本年に、京大がみずから弾圧者側に回るという事態に至ったこ
とは、誠に遺憾であります。

任期制を採用する大学・学部は急激に増加し、医学部ではすでに2
0大学以上が任期制を採用し、横浜市立大学では全教官の任期制へ
の移行が議論されています。今回のような理不尽な処置が容認され
ると、任期制教官の地位は、いかに業績を挙げどれほど社会的貢献
をなそうとも、それとは関係なく、再任を決定する機関の恣意的な
判断に全面的に依存することになってしまいます。

これでは、教員は再任拒否の憂き目にあわないようにと、発言どこ
ろか、研究をも自己規制することになり、それが全国に波及する結
果、この国では、自由な学問は死滅します。大学内に救済の道が閉
ざされていることを踏まえ、日本は法治国家であることを信じてお
られる井上教授は、もはや一個人のためだけではなく、憲法で保障
された教員の学問の自由を守るために、そして将来の日本の社会の
ために、京都地裁に行政訴訟を提起されました。

本件は、仮の救済がないと、研究がストップして回復が至難になる
ところから、井上教授は、さしあたり、行政訴訟における仮の救済
である執行停止を申請しましたが、本年4月30日、貴裁判所(京
都地裁民事三部)は、本件は任期切れで失職したのだから救済の
道はないとか、任期制の教員からの再任申請に対して、任命権
者は審査をする職務上の義務はあるが、再任申請者に対する関係で
の義務とまではいえないといった考え方により、却下(門前払い)
をされました。しかし、これは時間のない中で急遽判断されたため
と推察されます。

そこで、目下、この失職扱いを行政処分として、その取消しを求め
る本案訴訟が貴裁判所に係属していますが、これに対し、元京大法
学部助教授でもあり、前最高裁判事の園部逸夫博士は、今回の井上
事件を、大学の自治を侵害し、日本の教官任期制度を根幹から歪め
る極めて重大な社会的な事件と判断され、貴裁判所に意見書を提出
されました。その中で、大学自治の理念もその運用を誤ると,
授会の独善や、派閥人事の隠蔽などに悪用される恐れがある。任期
制の運用に当たっては、大学教員の身分保障に基づく学問の自由と
発展と言う、大学自治の基本理念に反することがあってはならない
のである。と述べられています。

考えますと、たしかに、任期が適法につけられ、しかも、公明正大
な評価とルールに基づいて再任拒否が行われれば、任期満了により
失職となるはずです。しかし、本件では、憲法で定められた裁判官
の任期制とは異なり、本人の事前の同意が必要ですが、井上教授が
公募に応じたときには任期制との説明もなく、発令直前に事務官か
ら急遽同意を求められたということですし、業績をあげても問答無
用で再任拒否されるとまでは予想できなかったでしょうから、そん
なことであるとすればその同意に瑕疵があったことになります。し
かも、本件は一号任期制ですが、井上教授のポストがこれに該当す
る理由の説明もありません。文部科学省は、任期制を導入できる場
合を限定したものと国会で言明しています。以上の理由により、本
件では任期が適法につけられたとはいえないと思われます。

また、再任申請に対する審査について、文部科学省は新規採用手続
と同じと考えてきたようですが、それでも国会答弁では再任拒否に
対して司法審査の道があると認めていますし、判例でもそのような
ものがあります。しかも、再任審査は一般の新規採用とは異なり、
再任申請者のみを対象とし、かつ、任期制法に基づく文部科学省令
から学則に授権された手続で行っておりますので、単なる職務上の
義務にとどまるものではなく、外部評価に「基づく」といったその
ルールに違反すれば、およそ公明正大な評価とルールとはいえない
ものですから、違法となるものと考えます。

それにもかかわらず、本件を、単に任期切れとして、門前払いで済
ませるのでは、日本は法治国家とはいえないと信じます。

丁度今、日本の行政訴訟は、「やるだけムダ」といわれて、機能不
全に陥っているとの認識のもと、それを国民・利用者の立場に立っ
て機能させるべく、その改革作業が進んでいますが、本来これは立
法を待つことなく、裁判所の努力でも十分に改善できるものと考え
ます。

貴裁判所におかれては、短時間で行われた先の判断にこだわらずに、
ここで、学問の自由の崩壊を防ぎ、法治国家を実現するために、法
理論を再検討され、本件の真相を徹底的に解明されて、井上教授の
学問的断絶を早急に回復すべく、公正な御判断を下されますよう、
切にお願い申し上げます。