「横浜市立大学の新たな大学像について」に関する大学人の声明 (概要)

−「官僚統制大学」化をおそれる−

 

本年2月末横浜市長宛に出された横浜市立大学の「あり方懇答申」に対して、私達は「声明」(415日付)を発表し、その問題点を指摘しました。それから半年後の10月末、この答申を受けた横浜市立大学学長から「横浜市立大学の新たな大学像について」(以下、「大学像」)が市長宛に提出されました。この「大学像」は、「あり方懇答申」の方針をほぼ全面的に受け入れ、日本で初めて「全教員の任期制」「年俸制」を導入するほか、「研究費ゼロ」「教授会からのカリキュラム編成権、人事権の剥奪」等、大学のあり方にとって見過ごすことの出来ない重大な問題点を含んでいます。私達は、これらの問題点を広く市民の方々に知っていただき、「大学改革案」を再検討するよう、横浜市立大学学長並びに市長に働きかけてくださることを訴えます。

 

(1)市民に貢献できる大学の条件は、大学の自治と学問の自由:教員人事の自主性の存在である

 多くの国では、「学問や科学が政府や行政の直接的な統制を受けず自由に発展することが、最も国民に貢献する道である」ということが広く政府や国民によって理解され、大学の研究・教育の内容に関しては、大学人の自主的な決定にゆだねる「大学の自治」が確立してきた。

 そのために第一に重要なことは、教員集団が教員人事を実質的に決定することである。憲法における「学問の自由」の規定に基づき、学校教育法は「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かねばならない」と規定しており、公立大学協会も「教員人事は教授会など教学部門の審議機関が実質的に審議して行なわれるべきである」ことを明確にしている。これに反して、今回提出された「大学像」は、教員人事を教育研究審議機関の審議事項から除外し、教員ではない経営審議機関の構成員を含む「人事委員会」の審議決定事項としており、大学の自主性の最も重要な原則を踏みにじっている。

 

2)教員の身分保障を損なう「教員全員の任期制」では優秀な人材は確保できない

 大学における学問の自由を保障するもう一つの制度は、教員の雇用上の身分保障である。そのために、アメリカでは任期のない終身在職権を教員に与える制度(テニュア制度)が確立してきた。わが国の「大学の教員等の任期に関する法律」は、現行制度を前提とした上で先端的学際的総合的な研究教育や特定計画に基づく期限付きの教育研究を行なう場合や助手の職にのみ、任期を付して教員を雇用できるとしている。国会の付帯決議も「任期制の導入によって、学問の自由及び大学の自治の尊重を担保している教員の身分保障の精神が損なわれることがないよう十分配慮する」ことを求めきた。しかし、市大「大学像」は「大学教員の任期に関する法律」の目的に反し、国会付帯決議を無視して市大教員全員の任期制を提案し、教員の身分保障を剥奪しようとしている。さらに、優秀な教員を確保する上からも、雇用の保障は重要である。市大教員全員に任期制を導入した場合、適任と思われる人材が応募をためらい、注目される教員は任期制ではない他大学に移るなど、研究・教育水準の低下が懸念される。

 

 (3)短期的評価に基づく「年俸制」は革新的な研究への意欲を阻害する

 短期間での業績評価による年俸制は、将来評価されるかもしれない革新的な研究を躊躇させる。さらに、広範で多種・異質な学問領域をもつ市大の場合、被評価者が納得できる統一的な評価基準を作ることは特に困難で、年俸制が教員の意欲の減退をもたらす可能性は高い。

 

(4)評価制度は真の地域貢献と学問・研究の自由を脅かす可能性がある

 任期制と年俸制の基礎となる教員評価基準には、「地域貢献、横浜市行政への貢献」があげられている。地域貢献は市立大学の重要な仕事の一つではあろうが、同時に「真の地域貢献、横浜市行政への貢献とは何か」を省察することも大切である。地域貢献になると信じて進められたことが、予期に反して地域住民にかえって苦難をもたらした例は少なくない。もしかりに、横浜市の時々の行政に直接的に貢献することが市立大学の目的の一つであると解釈され、それへの協力が全教員におしつけられたり、非協力が排除の理由とされたりするなら、それは学問の自由と思想の自由を侵すだけでなく真の地域貢献を困難にするものである

 

(5)「研究費ゼロ」では研究水準は低下する

 「大学像」は、大学からの一律の研究費支給を行なわず、基本的に各個人が外部資金を獲得して研究を行なうよう提案している。アメリカなどと比べて外部資金が貧弱な日本では、大学支給の研究費なしには、研究が不可能な構造となっている。市大が強い基礎研究の分野は、企業からの研究費獲得は困難であるから、「校費の研究費ゼロ」では研究はほとんどできなくなる。研究をしなくなった場合、教員は学問の最先端について行けなくなって、学生は、陳腐化した知識に基づく教育を受けることになるであろう。

 

(6)「学長と理事長の分離」は官僚支配につながる危険性がある

「学長が兼務する理事長を中心として自主的・自律的に運営することがとりわけ重要である」という公立大学協会の方針に反して、市大「大学像」の提案は設置者によって任命される理事長を法人の長とすることにしている。これでは、官僚による大学統制になりかねない

 

(7)性急で秘密主義に貫かれた「改革案」作成過程

 今回の市大「大学像」は、僅か半年という短期間に急遽作成されたもので、余りにも性急すぎる。市立大学の中でも、多くの学部から異論や根本的疑問が提出されたが国際文化学部教授会声明が指摘するように、改革案を承認したという評議会においても採決を行うことを拒否して評議会を終了させるという、非民主的な手続きの上で出された大学案のように思われる。市民や教員、学生の声を無視し、設置者や官僚の意向にしたがって急遽作成した案であるなら、市民にとって魅力ある大学になるとはとても思えない。

 

 以上、1029日に提出された「大学像」は、横浜市立大学から研究・教育機関としての自主性を奪い、設置者による官僚的支配・統制が教学の深部にまで及ぶ、官僚統制大学化へ導く危険性をはらんだものであることを指摘した。これらの多様な意見を参考にし、大学が情報を公開し時間をかけ広く市民や学生、教員と教授会の意見を聞いて再検討することを要望する。

 

2003(平成15)年1125

 

 

「横浜市立大学問題を考える大学人の会」(印・呼びかけ人)

 

賛同者:浅井基文(明治学院大学教授)、浅野 洋(横浜市立大学名誉教授)、伊豆利彦(横浜市立大学名誉教授)、石島紀之(フェリス女学院大学教授)、板垣文夫(横浜商科大学教授)、伊藤成彦(中央大学名誉教授)、今井清一(横浜市立大学名誉教授)、久保新一(関東学院大学教授)、清水嘉治(神奈川大学名誉教授)、田中正司(横浜市立大学名誉教授)、田畑光永(神奈川大学教授)、田村 明(法政大学名誉教授)、玉野研一(横浜国立大学教授)、土井日出夫(横浜国立大学教授)、中川淑郎(横浜市立大学名誉教授)、中村政則(一橋大学名誉教授)、鳴海正泰(関東学院大学名誉教授)、本間龍雄(東京工業大学名誉教授)、宮伸光(法政大学教授)、毛里和子(早稲田大学教授)、安田八十五(関東学院大学教授)、柳沢 悠(東京大学教授)、山極 晃(横浜市立大学名誉教授)、山田弘康(横浜国立大学名誉教授)、横山桂次(中央大学名誉教授)、吉川智教(早稲田大学大学院教授)