東京新聞2月16日朝刊報道に関する中田横浜市長の「誤報」発言について:
市長に発言の撤回を求める
中田横浜市長は、平成16年2月19日記者会見において、横浜市立大学の改革に関わる2月16日東京新聞特報について、次の3点に関し、事実関係を間違って報道したという意味での誤報であり、誤報の主たる原因は情報提供者による不適切な情報提供にあるかのように発言しています。3点は、(1)市長は横浜市大の「負債ということを理由に改革を持ち出したことはない」、(2)市大が報告書を出してきたこと、及び平成の早い時期から今まで改革を論議してきたのであるから、「トップダウンではない」、(3)「密室で決めたことは一度もない」、という主張です。
この特集記事は、取材が一面的であった他、情報提供者の発言が週刊誌風にやや誇張されたり歪曲されたりしている箇所もあり、必ずしもすべてが正確に書かれておらず、情報提供者としても多少の当惑を覚えないわけではありません。また、中田市長が指摘するように、大学が「改革案」を作って提出したという点で東京都の場合とは違っており、「トップダウンではない」「密室協議ではない」といえばいえるかもしれません。しかし、それは全くの表層的な形式論であり、実質的には以下に示すように東京新聞の特集記事は大筋で間違ってはいないと考えます。
私たちは、東京新聞の記事が明確な事実を誤って記述したという意味での「誤報」では決してなく、横浜市大の改革の経緯に関する情報提供者および東京新聞記者の評価・判断であること、かつその内容は事実の経緯の評価・判断として十分な根拠をもつことを以下申しのべ、市長がこの会見における「誤報」発言を取り消すことを要求します。
(1)「横浜市大の負債ということを理由に改革を持ち出したことはない」といえるか?
市の設置した「あり方懇談会」の答申は、「もしも横浜市の財政が健全であり、市民がこれまでのように横浜市立大学の経費を負担していけるなら、この大学が存続していくことにおそらく大きな問題はないであろう。けれども、現在、状況は大変に厳しく、横浜市立大学がこれまでどおり存続していくことは、市の財政の大きな負担となる。」と書いて、そのすぐあとに、横浜市立大学の「累積債務は、...」と累積債務の問題を論じています。「あり方懇談会」の答申では、累積債務の存在が、市大改革の最大の理由として挙げられていることは、文面を見る限り自明です。市長は、この「答申」を了承し、「あり方懇談会の答申を踏まえて」改革を進めるべきこと(市長声明「市立大学改革に向けて」、2003年5月7日)を市大に指示しているわけですから、「横浜市大の負債ということを理由に改革を持ち出したことはない」という市長の主張は、どのように考えても検証に耐えないものです。
(2)「トップダウンではなかった」といえるか?
まず、「あり方懇談会答申」は設置者が市大を廃校あるいは売却する選択肢もあることを明示し、市長は「あり方懇談会答申」を踏まえた改革案の作成を市大に指示し、かつ市大が作成した改革案が市長の合意できない内容の場合は「別の選択肢も考える」と決意表明をしています(定例記者会見15年5月7日)。つまり、市長は、市大が市長の合意できない改革案を作成した場合には、廃校あるいは売却することを考えると明示していました。横浜市立大学が市立の大学として存続する条件は、市長が合意できる改革案が作成された場合のみであるという制約を、市大は改革案作成の出発点からもっていたのです。従って、市長の政策(5月の時点では、「あり方懇談会答申」)に従うこと以外に市立大学として存続する道はないという制約のもとで改革案を作成したのであって、トップである市長の意向が上位下達する制度の下での改革案作りであったことは否定できません。市長は、そもそも大学が自ら内容を判断できるという意味での自主性を制度的に奪った上で、市大に改革案を作成させたのです。
この点が、トップダウンを保障する制度的な枠組みとすれば、実態的にもトップダウンを示す事実は複数あります。大学の「改革案」作成上最重要の機能をもった委員会では、市長の意思を体現して一体的に行動する横浜市吏員が半数を占めて、委員会の決定を市の吏員が事実上決定できる制度をつくり、この委員会は「あり方懇談会答申」の内容を100%実現した案を作成しました。この案は、それ以前に市大内で検討されてきた改革のあり方に関する合意点とは、大きく乖離しており、これもまた、トップダウン的な変更が加えられたことを示唆するものです。
この案は、2月15日付けの市大教員組合の「意見広告」にもあるように、大学自身が出した改革案に対し、学部教授会等が20件近くの反対決議、遺憾表明、要望等を出していることが示すように、基本的な異論が学内の多数の部局から表出されたにもかかわらず、大学内のこれらの意見を取り入れることなく、市長の意向にそった案が大学案となったにすぎません。文字通りトップダウンで内容が決定された、といえるのではないでしょうか。
以上のように、設置者による「廃校」の脅しを背景に、大学の「重要事項の審議機関である教授会」(学校教育法59条1項)の意向を無視して、「改革案」作りが進められた経緯からみて、その結論に同意するか否かは別にして「トップダウンであった」という東京新聞の評価・判断には根拠に足る事実があり、かつそれらの事実を根拠にして得られた判断(結論)は実態の適切な評価だといわざるをえません。
(3)「密室審議ではなかった」といえるか?
改革案を作ったプラン策定委員会では議論内容に関する緘口令をしいて学内への情報流出を阻止した上、8月18日に出した『大学改革案の大枠の整理について』では、「全員の任期制」など重要な論点はまだ示されておらず、議論の重要な論点(「全員任期制」「教授会からの人事権・カリキュラム編成権の剥奪」等)が明らかとなったのは9月26日の「大枠整理(追加)について」が初めてでした。最終案が提出されたのが10月17日で、僅か5日後の10月22日には評議会で「決定」されるという、実質的審議を欠いた超・スピード決定ではありませんか。5月の案策定委員会設立以降9月末までの数ヶ月間、最も重要な論点に関する議論の内容を大学の構成員に知らせないように工夫をこらし、公表後25日間程度で大学としての最終決定をせまるというやり方は、教授会をはじめとする大学構成員の意向をいかに無視し改革案作りに反映させないようにするかという操作の見本のように思います。これを「密室審議ではない」というのは、困難ではないでしょうか。
前述のように、私たちは東京新聞の当該記事の取り扱い方のすべてに同意しているわけではありません。しかし、結論に同意するかどうかは別にして、結論を引き出す根拠となる事実が存在することは、以上申し述べましたように明白です。市長が上記の3点に関して主張していることは、事実の解釈(見解)の違いの問題に過ぎません。一般的にいって誤報というのは誤った事実を伝えることをさしていう用語ですが、今回のように過去1年間にわたり、改革案の策定に関して、繰り返し市大の内外から「行政による押し付けだ」「密室審議だ」という批判が行われてきた事柄に関する報道を誤報というのは、それこそ語法の誤りです。東京新聞記事を明白な事実を間違って伝えたという意味で「誤報」だと発言された市長の発言の撤回を求めます。
東京新聞の特集記事の一部が市長に不快感を与えるような表現になっていたことに関しては、情報提供者としての私たちも遺憾に思っております。しかし、見解の違いを「誤報」といい、「誤報した記者の質問には答えない」という趣旨の発言をして口封じをするのは、報道の自由に対する侵害であり、言論の自由への抑圧行為です。また情報提供者たる私たちへの誹謗とも受け取れます。私たちは、中田市長が東京新聞の当該記者に対しては質問に答えないという趣旨の発言をしたことを撤回することを求めます。また、今後、権力を行使しうる立場にいる市長の立場をわきまえてご発言いただくことを強く要望します。
なお、市長は同記者会見において、横浜市立大学への年々の市会計からの繰り入れを、240億円、これと別途に病院に対する繰り入れが240億円ある、と発言しています。これは、それぞれが120億円で両者あわせて240億円、ではないでしょうか。おそらく市長の勘違いに基づく、文字通り「誤報」的発言であり、いずれ自発的に訂正されるものと期待しております。
2004年3月8日
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