当局提示の勤務条件等案にたいする見解と要求(第1次)
横浜市立大学学長 小川惠一殿
昨年12月28日に大学当局が当組合に対して示した勤務条件等の案について、当組合は下記のような見解と要求を示す。当組合の見解を理解し、疑問に答え、要求を容れるよう求める。
なお、今回の本文書は当局提示の案の一部に関するものであり、次回以降、「就業規則の概要」等の残りの部分について、またここで扱う問題についてもあらためて追加的に見解と要求を示す予定である。
2005年1月14日
横浜市立大学教員組合
1 根本的な前提
昨年12月28日、大学当局が教員組合に示した勤務条件等案(以下、当局案と総称)は、大学が憲法上の責務としても社会的責任としても遵守すべき学問の自由を侵害する内容がふくまれていること、労働条件の重大な不利益変更をもたらす恐れのあることから、教員組合としてこれを容認することはできない。大学当局は、「大学の責務と大学教員職務の特性にてらした勤務条件等の設定を行う」「労働条件の不利益変更を行わない」という考え方に立って、教員組合との協議・交渉を誠実にすすめるべきである。
2 労働条件を具体的に検討するうえで不可欠な諸規定について
当局案は労働条件を具体的に検討するうえで不可欠な諸規程がふくまれておらず、とりわけ、労働条件のうちでも最も重要な雇用期間、賃金について本来明確に規定されるべき諸事項に触れていない。組合および教員の提起する疑問に回答するとともに、組合との協議を踏まえ、明確な提示を行うべきである。
3 教員説明会
昨年6月の中間案説明にさいし、当局は教員説明会の開催を約束している。今回提案にかんし教員説明会を開催し、教員の質疑・疑問・要求に誠実に回答すべきである。
4 教員組合との協議・交渉及び必要な手続を踏まえずに個々の教員に勤務条件に関する個別同意を迫らないこと
教員組合との協議・交渉及び必要な手続を踏まえることなく個々の教員に勤務条件に関する個別同意を迫ることは不当・不法な圧力であり、許されない。労使双方の協議と納得にもとづく適正な合意形成手続を進めるよう求める。
5 原則全教員への任期制適用について
@ 全教員を対象とする任期制が大学の教育・研究のあり方に真にふさわしい制度であるという論拠はまったく示されていない。
全教員を対象とする任期制の導入が「優れた人材を確保する」といえる根拠は何か?
「大学の教員等の任期に関する法律」(以下、「教員任期法」)が大学における任期制の適用を限定的に扱っていることとの関係で、今回提示された任期制案が大学における「教育研究を進展させる」といえる根拠は何か?
以上の疑問に答え、十分な論拠を示すことを求める。
A 重大な不利益変更をもたらす任期付き教員への移行を正当化する根拠、理由は存在しない。
任期の定めのない職員としての身分承継を否定し有期雇用契約に切り換えることは、教員にとってあきらかかつ重大な不利益変更をもたらす。それは、テニュア資格が大学教員にとって有利で高位のキャリアとされていることからもあきらかである。独立行政法人化にさいしそれほど根本的で重大な不利益変更を行う合理的でやむをえざる理由は、存在しない。また、当局案には、全教員の有期雇用契約への切り替えが不利益変更には当たらないとする論拠、制度根拠は示されていない。
B 仮に任期制を導入する場合、法理から言って「教員任期法」に拠らなければならず、労働基準法(以下「労基法」)14条にもとづくことはできないはずである。労基法14条にもとづいて任期制を導入する当局案は、どのようにして合法性を主張しうるのか?
しかも、労基法14条にもとづいての任期制導入を主張する当局案は、同14条の趣旨をも歪め、脱法的に利用しようとしている。
当局案が依拠する労基法14条の有期労働契約における期間上限延長は、「有期労働契約が労使双方から良好な雇用形態の一つとして活用されるようにすることを目的としている」。(労働基準局長通達「労働基準法の一部を改正する法律の施行について」)今回当局の示した任期制案が労使双方にとって「良好な雇用形態」とはまったく言い難い。
教員にとって従来の「期間の定めのない雇用」と比し、今回当局提案のどこが「良好な雇用形態」であるのか?
これらの問題について説明を求める。
C 有期労働契約が合意にいたらず、「期間の定めのない雇用」が継続する場合の勤務条件は「公立大学法人横浜市立大学職員の勤務条件(教員)」文書における「任期」の項を「期間の定めのない雇用」に変更すると解しうるが、それ以外に変更がある場合にはその内容と理由とを説明せよ。
「使用者が労働者との間に期間の定めのない労働契約を締結している場合において、当該労働者との間の合意なく当該契約を有期労働契約に変更することはできない」(同上「労働基準法の一部を改正する法律の施行について」)とあるように、労基法14条にもとづく有期労働契約への切り換えにおいても個々の教員との合意が前提であり、合意をみぬ場合の勤務条件についても確認しておくのは当然である。
D 当局案(「教員の任期制について」)に示された任期制の制度設計は、雇用形態の変更という最も重大な労働条件の変更を提案しているにもかかわらず、以下に指摘するように、あまりに曖昧で具体性を欠く。以下の指摘は細部にわたるものではなく、制度設計の基本にかかわるものであり、それぞれについて具体的回答を求めるものである。
○ 「教員任期法の精神にのっとる」とは具体的にどういうことか?
教育・研究評価プロジェクト「中間案」に比して、教員任期法の精神にのっとる旨が示されたことは一つの変化であるが、具体的にどのような制度内容について教員任期法の精神にのっとっているのか?
○ 概要における「再任の考え方」は具体的な再任要件になっていない。
「最低限クリアしてほしいこと」を要件とするというが、「最低限」とは具体的にどのような水準として規定しているのか?
再任要件の内容として「取組姿勢、能力、実績など」としているが、「取組姿勢」の主観的で恣意的でない基準としてどのような指標を規定しているのか? また「取組」の具体的内容は何か? 複数の要素にわたる場合、それらの相互関係はどのように規定されているのか?
さらに、「能力」の具体的内容は何か? 「実績」として判定されない「能力」として何を想定しているのか?
なお、「再任の考え方」にある「新たな市立大学の教員として」の「新たな」とは、現在の学部、短期大学部等は想定していないという意味か?
○ 助手、準教授、教授の職位にあることの可否と教員身分にあることの可否が同一視されている。
再任審査において当該職位にあることの審査基準・内容と、教員身分にあることの審査基準・内容とにちがいはないと考えるのか?
あるとすればどのようなちがいを想定しているのか?
市立大学教員として「最低限クリアしてほしいこと」と助手、準教授、教授それぞれの果たすべき職務が同じでないとする以上、再任の可否は直接にはそれぞれの職位にあることへの可否を意味するはずである。
大学教員としての責務、市立大学教員としての責務、職位に応じた職務それぞれの内容についてあきらかにしたうえで、それらの相互関係を踏まえた再任要件規定が示されなければ説明としての一貫性を欠く。
○ 再任審査にかんする厳密で透明性のある手続規程が明示されていない。
「教員評価制度の評価結果など」を用いるとしているが、教員評価制度を再任審査に用いることの理由、根拠はまったくあきらかでない。どのような理由・根拠から教員評価制度を再任審査に利用するのか?
「教員評価制度の評価結果など」の「など」とは何か?
教員評価制度の評価結果を具体的にどのように用いるのか?
単年度評価である教員評価制度をどのようにして3年ないし5年任期の任期制における評価と連動させるのか?
「人事委員会で審査し」とされているが、審査内容と結果について透明性を確保する具体的保障が存在するのか?
再任拒否にたいする異議申し立て制度を必要なしと考えているのか?
再任審査の結果について、「学長から理事長に申し出る」とあるが、「就業規則の概要」では、「理事長は、任期付教員の労働契約期間満了の際、当該教員を同一の職位で再任することができる」としている。「学長の申し出」が尊重される保障は、この文言によるかぎり、定かではない。
○ テニュア制度の導入を謳っているが、その具体的制度内容があきらかにされていない。テニュアの資格要件、テニュアへの移行条件をどのように想定しているのか?
○ 助手、準教授における再任回数制限の根拠が示されていない。この基準を仮に現行の助手、助教授に適用してみると、限度年限を越えるケースが存在する。特に、助手について3年任期の1回の更新しか認めない場合には、きわめて深刻な事態が予想される。このことを承知しているか?
承知しているならば、予想される明白で重大な不利益を承知しながら当局案のような再任回数制限を設けているのはなぜか?
○ 3年任期の有期雇用契約は大学教員の職務にふさわしくない。
大学教育にそくして教員の職務を評価する場合であれ、中期計画にもとづいて評価する場合であれ、3年任期の設定が大学にふさわしくないことはあきらかである。大学教育のあり方を無視している。大学における評価の整合性という観点から3年任期がふさわしいと考える根拠は何か?
また、準教授について「簡易な審査」によりさらに2年の契約を行うとしているが、この場合、「簡易な審査」の内容は何か?
○ 昇任に関する制度内容は具体的にどのようなものか?
「任期途中の昇任も可能」「当該者の経験年数等の条件によっては、…昇任審査を行い」といった記述からみられるように、任期制の再任審査と昇任制度との関連が指摘されているにもかかわらず昇任制度の説明が欠けている。
○ 再任と年俸との関係について曖昧な説明が行われている。
再任にあたって年俸が同額、増額、減額の場合があるとしているが、年俸設定はその年度にかんして行われるものであり、3年ないし5年の任期最終年度における年俸増減をなぜ行うのか合理的説明がない。年俸設定が当該年度の教員評価にもとづくとするならば、「夏頃まで」の再任判断において年俸の増減を云々することは年俸制の趣旨に外れている。
○ ローン設定を困難にするなど、「期間の定めのない雇用」から期限付き雇用への移行によって生じると予測されるさまざまな不利益について当局はどのような検討を行ったのか?
また、どのように対処するのか?
6 教員の給与制度にかんする当局提案について
@ 年俸制の導入を柱とする新賃金制度の検討にあたっては賃金制度の不利益変更をもたらさないことを前提に組合との協議・交渉をすすめてゆくべきである。
A 当局提案の年俸制が教員のインセンティヴを高める制度たりうる前提として、民間企業と異なる教育機関である大学が、教員各人の業績に応じた処遇に必要とする原資を確保し保障できうることが必要である。一定の賃金原資枠内で年俸の増額と減額を均衡させざるをえない制約がある以上、成果主義賃金制度としての年俸制はインセンティヴを高めるどころか、モラールの荒廃を招くだけである。
当局案は年俸制導入の前提となるそうした根本的制約について納得できる説明を行っていない。このことについて納得できる説明を行うことを要求する。
B 当局案は、年俸制度の検討にあたって、「現行の給与制度を踏まえ、国立大学法人や私立大学などとの均衡に配慮するとともに」、「個々の教員に対するインセンティヴのある制度とする」としているが、示された制度概要は図示されたモデルのみであり、制度提案に必要な説明が尽くされていない。賃金規程で明確にされるべき点を念頭において当局案にたいする疑問点の概要を示す。
○ 年俸における固定部分と解しうる給料相当部分が「基本的構成」とされているが、その給与体系はどのような考え方にもとづいてどのように構成されているのか?
○ 現行給与体系と年俸制との照応関係の根拠が不明確である。
現行給与制度における「調整手当、扶養手当、住居手当、初任給調整手当」相当分が「職務給」に当たるよう図示されているが、これらを職務給として扱うことはその性格からして適切ではない。業績評価の対象として想定された職務給としての扱いに調整手当や扶養手当等が組み入れられるのは、「現行の給与制度を踏まえ」たとはとうてい言い得ない変更である。これらの手当ては「給料相当部分」に組み入れるか、その性格にそくしたカテゴリーとすべきである。
○ 職務給と業績給との区分が曖昧である。
職務給は業績給と同じ評価制度を用いた業績評価による支給とされており、上記諸手当相当分に当たる職務給の性格が評価制度のうえで否定され、実質上業績給体系に吸収されている。職務給と業績給とは、現行制度に由来する「出自」のちがいにかかわらず、業績評価にもとづく「変動部分」として扱われることになる。
当局案に言う職務給は、業績給と明確に区別した制度設計を行うべきである。
○ 年俸のうち業績評価に連動させられる賃金比率があきらかでない。
年俸における変動部分の比率は、たとえ個別合意があったとしても適切とみなされる減額幅を越えることは許されない。モデル図における変動部分は見通しのある生活維持を危うくするほどの幅になっており、懲戒処分における減給の限度を越える。適正とみなす減額幅をどう想定しているのか?
○ 業績給における業績評価の基準、手続が曖昧である。
年俸の変動部分については、「教員評価制度による評価結果を活用する」としているが、評価結果が具体的にどのように用いられるかを明示的に規定されていない。
業績に応じた支給額算定において、支給段階はどのように想定されているか? またそのさいの基準は何か?
「目標達成度や職務業績に応じて支給」とされているが、これは「教員評価制度」における目標達成度評価および職務実績評価それぞれに応じて支給額を算定すると解してよいか? その場合、両者の関係をどう考えているのか?
提案された教員評価制度において評価にたいする異議申し立てが認められた場合、また、使用者が公正・適正評価義務を怠った場合に生じる損害の補正・補償についてどのように措置するのか?
C 再任時、昇任時の年俸改定について
再任審査にともなう増減額の基準が審査時年俸にもとづく理由は何か?
また、増減額を給料相当分と変動部分に「一定の割合」で配分するとあるが、どのような根拠からどのような割合で配分するのか?
D 退職手当算定基礎額の考え方について
現行制度においては退職日における給料月額となっているが年俸制において退職年度年俸の月額への割戻額を基礎額とする合理的根拠は何か?
E 仮に年俸制を導入する場合に必要な移行過程をどのように考えているのか? この問題に関連して、以下の疑問を示す。
○ 年俸制の導入にあたっては、通常、年俸査定に携わる評価者の十分な習熟・訓練が必要とされるが、どのような試行期間を想定しているか?
○ 現行学部、短大等が並存して存続する期間における当該部門は年俸の査定にかかる評価対象となるのか?
その場合、だれがどのように査定に携わるのか?
F 「平成17年度年俸の考え方」について
平成17年度賃金については、給与制度全般にわたる制度内容への協議と切り離して定めるべきである。
そのさい、現行水準からの不利益変更が生じないことが必要である。
7 その他の勤務条件案について
以下の見解、疑問、要求を示す。
@ 現行勤務条件からの不利益変更とならない事項については同意する。
A 病院及び医学部の臨床系を除く教員について、就業時間を、8時45分から18時15分の内の7時間45分としているが、労基法の休憩時間規定の趣旨に反する長時間拘束を設定する根拠は何か?
B 現行時間管理との異同について説明を求める。
8 教員評価制度について
@ 教員評価制度は大学における学問の自由の遵守という原則の上に立って検討されるべきであるが、当局案はこの原則に抵触する内容をふくんでおり、教員の負う責務にてらし座視することはできない。
当局案(「教員評価制度について」)では、「教員各自が自ら目標を設定」するとしているが、「自己申告内容の確認・設定」は評価者との面談をつうじてなされる。参考資料として付された「教員評価実施マニュアル」では、「面談の結果、調整できない場合は二次評価者が大学としての全体最適の立場で目標を指示することもある」としており、研究内容、教育内容について教員の自律性を損なう恐れがある。学問の自由の遵守という当然の原則が確認されるべきである。
A 当局案による教員評価制度を任期制と連動させることは、教員評価制度を再任の可否を最大の目的とする制度に歪めるものであり、「教育・研究の活性化」を促進するのではなく著しく損なう。
「教員評価の目的」として当局案に挙げられている事項と雇用契約打ち切り(雇い止め)の可否を問う再任審査の目的とは整合しない。
とりわけ、役割に応じた目標の達成度を競わせ評価する目標管理制度は、職務を「最低限クリアすること」を再任要件の考え方として謳った任期制案の審査制度とは性格を異にするものである。
B 年俸制における業績評価とのかかわりでも、すでに指摘したように、教員評価制度をどのような制度枠組み、査定基準、査定手続の下で用いるのかが不明確である。
C 教員評価制度を任期制、年俸制に連動させるとしている点に鑑み、教員評価制度の制度設計に関する疑問及び要求を挙げる。
○ 評価の対象とされる「地域貢献」「学内業務」の評価対象領域として性格、範囲が曖昧である。査定項目の選択に客観性、公正性が担保されているか疑問である。
「地域貢献」に関して、一方でピックアップされた評価項目のみによる恣意的査定の可能性が存在するだけでなく、他方では、たとえばNPO支援など、市民社会における自発的で自由な活動でかつそうであるがゆえに意味ある社会・地域貢献を査定対象として統制する危険がある。
「学内業務」に関して、査定対象となる業務への配置が自律的選択によるものでなければ、配置権限者による評価の操作が可能であり、公正と言えない。
○ 人事評価を行う者が当該評価領域・分野について優れた専門的能力を有することは、評価の公正性、客観性、信頼性を保つ上で不可欠の条件である。当局提案の評価者体系ではこの条件はどのように確保されているか?
また、評価者は被評価教員の業績についてよく知悉していることが当然であり、これらの観点に立つならば、「教員評価委員会(仮称)」が評価を行うことは適切でない。評価・査定責任を曖昧にする点でも、「教員評価委員会」に学長が評価を「依頼」し、さらに一次評価者、二次評価者を「委嘱」するという手続は不適切である。
○ 教員評価を年俸等の教員処遇と連動させる場合、査定の公正性、客観性とこれらを検証しうる透明性の確保は教員評価制度導入に不可欠の要件である。
当局案における「評価結果のフィードバック」は、評価・査定の内容とその根拠を誤解なく明瞭につたえる手続上、様式上の要件を満たすものとなっていない。
○ 教員評価の公正性、客観性を保障するためには評価者にたいする評価が必要である。また、そのさい、被評価者による評価者への評価は成果主義人事にあっても有効、必要な手段とみなされているが、当局案にいっさい言及されていないのは不可解である。
評価者にたいする評価制度、評価手続を明確に示すよう求める。
○ 目標管理型評価制度における評価者の役割の重要性から、その導入にさいしては、評価者に対する十分な研修期間を含む試行期間が設けられるのが常識である。当局案はそうした試行期間を置かぬものとしているのか?
以上。