千葉大「公共哲学」CEO関連メーリングリストより

 

 

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河内謙作さんから投稿されたメールを転送します。(ML管理人)

 

 

 

 

河内謙策と申します。
私は、あるMLで、私の友人の萩尾健太氏と、台湾問題をめぐって意見交換を行いまし
た。不十分なものですが、皆様の台湾問題検討の参考になればと思い、投稿させてい
ただきます。やや長くなりましたがお許しください。(重複の失礼、お許しくださ
い。)
萩尾氏の承諾は得ています。[ ]内は、筆者の補足です。転送・転載は自由です。

河内謙策


【萩尾氏のメール】

[台湾独立問題を考える理論的根拠として、自決権を検討する必要があります。]
民族自決権と人民自決権は厳密には別のようです。
『市民のための国際法入門』(松井芳郎)を私なりに解釈して言うと、フランス革命
の人民主権に由来する民主主義と独立を重視するのが人民自決権、中東欧の民族主義
運動に由来する民族主義と独立を重視するのが民族自決権、のようです。
たとえば、アメリカ独立は、民族はイギリスとあまり異ならないので民族自決とは言
えませんが、イギリスの圧政に抵抗して独立したので、人民自決でしょう。
もちろん、両者はその後混在して発展してきたわけですが、
第2次大戦後の植民地解放闘争を経て法的権利として確立したのは、人民自決権だと
言われています。

1970年の友好関係宣言には以下の規定があります。
「(自決権規定は)いずれも、上に規定された人民の同権と自決の原則に従って行動
し、それゆえ人種、信条又は皮膚の色による差別なくその領域に属する全ての人民を
代表する政府を有する主権独立国家の領土保全又は政治的統一を全部又は一部分割し
もしくは毀損するいかなる行動をも、承認し又は奨励するものと解釈されてはならな
い。」
つまり、自決権は、宗主国に対する植民地の独立であり、独立国の一部を構成する少
数者の自決権は、国の領土的保全を損なうとして拒否されてきました。
だから、アフリカなどの国境は、植民地時代からのものになっています。あそこで民
族ごとに独立していたら、大変な紛争になったのではないかと思われます。
しかし、人民自決は、民主主義の確立をその内容とするものであり、民主主義が確立
されない国家であれば、少数者(通常は民族)が分離独立する権利がある、との考え
もあるそうです。
松井氏は、これは法的権利として認められていない、としていますが、最近、これを
実現する実例がなされそうになっていると思います。
スーダンの民族紛争に際して、独立するかどうかの住民投票をすることになっていた
と思います。それで独立すれば、国際社会が民族自決を認めた例になるのでは。い
や、一国内の連邦制だったかもしれませんが。
キプロスや、エリトリアも、似たような面があったと思います。
そのような点からすれば、
国民党の中華民国が以前独裁であり、中華人民共和国も非民主的な政権であって台湾
人民の権利が侵害される危険が大であれば、台湾独立は認められる余地があるので
は、と思います。また、歴史的には、台湾が中国と同じ国だったのは、清朝の一時代
だけで、今も同じ国家に属しているとは言えないと思います。
民族とは、かなり主観的な概念なので、歴史的に形成されてきた民族意識という要素
も大きいと思います。上記のように歴史的に本土とは異なり、台湾人意識が強くなっ

きている以上、民族自決を主張できる余地はあると思います。
ただ、今、台湾独立を唱えることは国際情勢に照らして慎重でなければならない、と
いうのはそのとおりだと思います。



【河内のメール】

台湾問題について、いろいろと御教示いただき有難うございました。遅くなりました
が、私の考えを、以下述べさせていただきます。御検討いただけたら、幸いです。

[台湾「独立」を考える理論的基礎が問題になっていたので。]台湾独立と民族自決権
の問題について。民族自決権については、私は、ある本で(その本の名前を思いだせ
ないのですが)、民族自決権は、国際連盟の時代の古い考えなので、現在は、住民自
決権と呼ぶのが正しい、人権規約1条はそのように解釈すべき、という論考を読んだ
記憶があります。このような人権規約の解釈が国際法学の通説的な理解かどうか疑問
がありますが、政治学的には、この見解が正しいことは、コソボ紛争などをみれば明
らかと思います。したがって、台湾独立問題については、住民自決権の観点では、そ
こに住んでいる住民自決(したがって、台湾の少数民族とも当然に関係がある)の問
題と考え、肯定されます。なお、[『市民のための国際法入門』に記載されている]
松井教授の見解は、民族自決権を今日の状況のもとで発展させようとしたものと思い
ますが、その見解では、やはり、コソボ紛争のような事態や、香港が中国から独立す
ると言い出したら(そして沖縄が日本から独立するといいだしたら)、対処する方策
が出てこないと思います。(ちなみに、私は、長崎県が”独立”するといいだした
ら、住民自決権の観点から支持するつもりです。)

独立派の問題については、萩尾様が指摘されるような厄介な問題[アメリカや日本の
反動派が自己のために利用しようとしているという問題]があることは事実です。現
在の台湾独立運動は、中国に対抗する関係上、どうしても日本の反動やアメリカの右
派に対する見方が甘くなっています。そして、その中には、おかしな人もたくさんい
ます。しかし、基本的には、そのめざしているものが正しければ、極端におかしい運
動でない限り支持すべきと思います。日本の運動の中には、”〜に利用されるから言
うことに気をつけなければいけない”と言う議論をする人がたくさんいますが、私に
言わせると、そういう人は、スターリン問題やソ連の問題から何を学んだのか疑問で
す。私自身が過去、そういう人から影響をうけ、また、そういう議論を振りまいてき
ました。たとえば、過去1970年代には、ソ連がおかしいということはたくさんの人が
気づいていましたが、それをいうことは反動を利する、といわれて、多くの議論が抑
圧されたのです。私の教訓は、誰がなんと言っても、正しいものは正しい、その議論
が利用されるかどうかは、2次的な問題だということです。
運動についても私は同じ考えです。たとえば、北朝鮮拉致問題については、救う会は
支持しませんが家族会は支持します(もちろん、すべてのことを支持するという訳で
はありません。)

台湾の問題については、日本に多くの責任があります。過去の植民地支配の問題もあ
りますし、講和条約の問題も有ります。蒋介石の独裁に歴代自民党政府が手を貸して
きた問題もあります。日本の平和運動が過去、台湾の独立運動に冷たかった問題も有
ります(過去に台湾の独立運動の共闘申し入れを拒否したことがあるようです)。私
たちは、この議論を避けて、どこか遠い国の独立問題と同じように論ずることは出来
ないと思います。

台湾の独立に賛成するなら、台湾の自衛に協力する気があるのか、という議論もあり

すが、論理的には、別物だと思います。私は、アメリカで台湾出身の友人が一杯でき

したが、”私は憲法9条論者だから、武力で支持は出来ないよ。”と常に言いまし
た。彼
らは、”それはわかっている”と言っていました。私は、そこから発展して、この問
題については、国家と平和運動が異なってもいいと思っています。私は、日本の平和
運動(および国民)は、台湾の住民が”独立”を選ぶのなら支持すべきと思います
が、日本国家としては、中立を堅持し、あくまでも平和解決に努めることに徹すべき
と思っています。それが21世紀の日本のアジアでの役割から考えて妥当だと思うので
す。

萩尾様の言っておられることにうまく答えることが出来ているか、自信が有りません
が、今日は、これだけにします。私は、日本が防衛大綱で中国を潜在敵国と規定した
以上、台湾問題を曖昧にして、米軍再編や憲法9条改悪に反対することは出来ないと
思っていますので、萩尾様との議論は非常に楽しかったです。今後とも、よろしくお
願い申し上げます。

河内謙策



【萩尾氏のメール】

河内様、ご意見ありがとうございます。

民族自決権と人民自決権については、似ているけど少し違う概念で、どちらが古い、

言うこともないようです。

人権規約1条で規定されているのは、人民自決権です。

ご懸念のような民族紛争の問題があるので、松井教授は民族自決権ではなく、人民自

権の方を支持しており、民族自決権については批判的に紹介しています。

私が台湾の民族構成について述べたのは、高山族なり本省人の自決について台湾独立

して述べるのではなく、そうした大陸とは異なる構成と歴史をもつ台湾人の自決を台

人の自決として述べる、と言うのが私の議論です。
そうすると民族自決というより人民自決という概念になりそうですね。「台湾人意
識」
を民族意識としてとらえられるのではないか、とも思いましたが。

人民自決権は抵抗権ときわめて近い関係にある権利であり、これまでの議論はその辺

収束してきた、と言うことではないでしょうか。


> 日本の運動の中には、”〜に利用されるから言うことに気をつ
> けなければいけない”と言う議論をする人がたくさんいますが、私に言わせると、

> ういう人は、スターリン問題やソ連の問題から何を学んだのか疑問です。


との点ですが、確かに一般的にはその通りですが、中には「気をつけなければいけな
い」問題はあると思います。
たとえば、私は憲法を改正して天皇制は廃止すべきだと思いますが、今それを積極的

主張するのは改憲勢力に利用されるので避けています。

台湾の問題も、現状では、それに近い危険があるのでは。

その点で、日本の国のレベルでは、

「少なくとも、日米安保を廃棄してからでないと、危なくて「独立に賛成」とは言え

い、という選択肢もあろうと。
それが妥当なのでは、と思えてきます。」との意見に
に賛同します。

ただ@個人として、独立を肯定する、

A独立賛成を主張して運動する、

B日本国として独立に賛成すべきだ、と主張する、

で、違いはあると思います。

私は、消極的独立肯定くらいですが、ともかく、独立を反国家分裂法で脅すのはひど
い、と言えるのではないでしょうか。



【河内のメール】

萩尾様

萩尾様が[新たに]書かれていることは、おおむね賛成ですので、もう討論を終わらせ
るべきかもしれません。しかし、ちょっと違う点があります。それは、日米安保を廃
棄してからでないと危なくて「独立に賛成」とはいえない、という意見に賛成してお
られる点です。それほどの危険性があるという趣旨なら、私もそう思います。(ただ
し、日本の平和勢力が日米安保廃棄以前に独立に賛成しなかった場合の危険性も同時
に見る必要があります。日本の平和勢力はエゴイスティックだという批判と、中国の
覇権主義に対し、北朝鮮の拉致問題と同じように闘わなかったと言う批判に直面する
ことになるでしょう。)
しかし、「独立に賛成」するかどうかという問題は、将来の問題でなく、われわれが
現在、心して決断が迫られている問題だと私は思うのです。台北の3.26デモの参
加者は、われわれに決断を迫っていると思います。日本にいると、この感覚が狂うの
で、恐いです。台湾の独立は世界の常識ですし、
http://www.melma.com/mag/06/m00045206/a00000888.html
http://www.emaga.com/bn/bn.cgi?3407
 (3月29日第6239号参照)
仮に常識でないとしても、日本のような、無討論で、独立支持派が特定の色眼鏡で見

れ、常に中立的な意見が尊重される、と言うのは、世界的には考えられないことで
す。
萩尾様は、この点を踏まえたうえで言われたのかどうか、ちょっと気になったので
す。
萩尾様が書いておられるように「独立を反国家分裂法で脅すのはひどい」という点で
は、萩尾様と私は完全に意見が一致しているのですが、念のため。

河内謙策



【河内の最終メールに対する萩尾氏の回答です】

私個人としては、台湾独立は肯定します。ただ、日本国の外交として、台湾独立を支

すべきだ、と言うのは、日本が安保条約を廃棄してからでないと、危ないと思うので
す。


以上






Kensaku Kawauchi
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