ホロコーストの実施に関するたくさんの報告書
そのひとつ・・・(イェーガー報告書・1941年12月1日)
1941年12月までの処刑総括報告:
報告時点までに13万7346人を処刑、と。
7月28日までに3834人処刑。
上の活動記録で、 たとえば、
41年7月7月8日、マリアンポルで14人の男子ユダヤ人、5人のコミュニストの活動家。
41年7月9日、カウエンで、32人のユダヤ人男性、2人のユダヤ人女性、1人のリトアニア人、2人のリトアニア人コミュニスト、1人のロシア人コミュニスト
-----2ページ----短期間に殺戮の数は急増した--------
41年8月22日までに、1万6152人処刑
上の活動記録で、たとえば、
41年8月16日、ロキアキー、3200人のユダヤ人男性、ユダヤ人女性およびユダヤ人の子供J-Kinder, 5人のリトアニア人コミュニスト、一人のポーランド人、一人のパルチザン、と。
---3ページ---41年8月に一挙に数が増える-
8月22日から9月1日までの11日間で3万人ほど。
9月1日までに、4万7814名となる
たくさんの子供(Kinder)が殺されている。
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9月26日までに、6万6159人。
上の記録によれば、処刑の欄の統計は、男子(Juden)、女子(Judinn)、子供(J'Kind.) となっている。
子供の数の多さ!!
いくらなんでも、ユダヤ人の子供をコミュニストと言い張るわけには行かない。幼児がコミュニスト?
「将来のコミュニスト」、その源泉と見なしての処刑、無差別報復措置としての処刑。
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部隊合わせて、41年11月29日までに、9万9804人。
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12月1日報告までの最終結果:
13万7346人。
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「リトアニアにおけるユダヤ人問題は解決したと確認できる」と。
そして、
生存しているのは、労働ユダヤ人(労働に動員されたされたユダヤ人)だけ:
約3万4500人、と。
労働ユダヤ人も片付けたいが、
ドイツ「民政当局および国防軍が、殺害を厳しく禁止している」と。
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文書の最後に、報告者(Einsatzkommando 3の隊長)イェーガー(Jäger)の自筆署名