「トッフル500点」問題
                            2005年11月2日執筆

 大学内部の事情、大学改革の経過について知っているものでも、個別の問題で、いつ、どのような機関が、何を、どのように決めたのか、ということになると、記憶は不明瞭になる。
 それをいいことに、責任逃れをし、あるいは現場の教員に恫喝を加えるなどして萎縮させ、結局のところ、大学の諸問題の建設的で前向きの改革を不可能にする人々がいすとすれば、そうしたことが許されては、健全な大学の発展はありえない。


 トッフル500点問題は、現場の教員の判断を無視し、現場の教員の自由な集団的審議を行わないで「外部から」「上から」決定されたものであり、大学自治の原則を阻害する意思決定システムによるものであることは、これまでいろいろなところで指摘されてきた。

 最近では、教員組合も、改めてその点を指摘している。(「教員組合週報」10月11日付、および、10月28日付

すなわち、
「現場を無視してこの方針を強行した当局こそが責任ある」(10月28日付、ウィークリーにおける委員長発言記録)

10月11日のウィークリーでは、次のように主張されている。
------------
財政負担の議論を根拠に「横浜市立大学が現状のままで存続する道は全くない」との恫喝のもとに教授会や評議会の合意なしに強権的に進められた今回の「改革」は、必然的に教育現場の教員の意向を大幅に規制しながら具体化されました。その典型のひとつがこの「TOEFL500点」でした。繰り返して言います。「TOEFL 500点」構想は、上から押し付けられた「改革」でした。
現場を無視して「外部に市大が変ったように見えること」を目的とした「改革」だったとしか思えません。
------------


こうした主張の妥当性は、文書的証拠によっても確認しておく必要がある。

各種機関の議事録や会議の記録が重要なゆえんである。
文書に基づく透明性のある議論を公開で行うことこそ、大学を真に根底から改革していくことになろう。

外部からの、トップダウンの、どこできまったか不明のやり方は、大学を決してよくしていくものではない。

教授会などの場学校教育法に基づく重要事項の審議機関として、学則上に位置づけなおし、活性化させ、機能させることが必要であろう。


 目下、今回の大学改革のあり方の根本的問題を象徴するものとして議論になっているのは、教員組合の主張のとおり、トッフル問題である。
 これに関する重要文書(秘密文書ではなく、大学の公開文書の中にあるもの・・・ただし公開文書は膨大にあり、時間をかけて探し出さなければ、肝心の箇所が見つからない)を確認しておく必要がある。

 以下に掲げて確認し、若干のコメントを付しておこう。私のコメントの当否、ドキュメントの引用の適不適に関しては、意見を寄せていただけば幸いである。


 1.大学自治の機関としての教授会や評議会がかろうじて機能していた段階での平成14年12月25日付の「将来構想委員会中間報告」(大学の機関であり、学長の諮問委員会の報告)では、正規の授業体系の中におけるトッフル500点などという、「数値目標」などというものはでていない。

 ただし、『平成14年度将来構想委員会中間報告』の「教養学府・横浜アカデミア(案)」のなかに、以下の文言がある。すなわち、 
---------------------
英語のコミュニケーション能力、プレゼンテーション能力の確保:原則的に、教養授業ではないと位置づけ、教養学府の外に講座を設定し(集中講義、資格認定等)、語学担当部門がこれをサポートする(例えば「TOEFL××点コース」「学会発表マスター講座」のようなプログラムを大学院も含めた全学生向けに提供する)。受講学生に単位と無関係にモティヴェーションを与えられる内容とし、例えば就職の際に評価の対象になるような認定を出す。

--------------------
  しかし、これはあくまでも、「教養授業ではない」との位置づけで、したがって、正規のカリキュラム体系(「教養学府」)の「外に講座を設定」するものとしている。現在、強行されているシステム(進級要件、必然的に卒業要件)とはまったく違うものである。



 2.数値目標を掲げるべきことをはじめて打ち出した公式文書は、市長が任命し、大学内部の人間が一人も入っていない「市立大学の今後のあり方懇談会」の答申である。いうまでもなく、『あり方懇」は、大学の自治的機関(評議会、教授会、その下部機関)ではない

  実質五回ほどの会議で「あり方懇」は、恫喝的文言をちりばめた答申をまとめ、その一箇所に「語学教育やIT教育などは、卒業時の達成レベルを、資格取得も含め数値目標化する」としたのである。
 
 予算を握り、事務機構(事務幹部職員の任命権)を握る市長が任命した大学外部の委員会が、このようなことを打ち出しているということの重み、大学に対する圧力は大きいのであり、責任は重大である。

3.大学改革の進め方は、行政機関(市当局)としての「改革推進本部」が掌握し、教員協力者も行政当局の「改革推進本部」が適宜選ぶというシステムであった。教授会や評議会という大学の自治的機関が、委員を選出する、といった自治的システムではなかった。
 そうした組織のひとつとしての検討委員会から出された「コース・カリキュラム案報告書」(平成16年3月25日)において、いよいよ具体的な数値が打ち出されたということである。
  「あり方懇」では、「卒業時の達成レベル」の数値目標化とされたものが、この文書(「コース・カリキュラム案報告書」)では、英語の「具体的な最低達成水準(TOFFL500)を設定し、3年次への進級要件とします」と、2年から3年次の進級条件として位置づけたのである。

 いずれにしろ、行政当局の事務局・委員会(委員に大学の協力教員が入っているとしても、協力する教員を選定したのは行政当局である)が決めたことであることは明確である。


4.さらに、公立大学法人横浜市立大学の開学準備を進めたのも、行政当局である。その下部組織として、行政当局任命の委員(選定された協力教員と事務局責任者)で構成する「教育プログラムプロジェクト」が、「新学部のコース・カリキュラムの具体化」を検討したのである。
 この報告書策定において、大学の教授会や評議会の組織は、まったく排除されたままである。
 英語を担当する現場の教員からは意見聴取はあったであろうが、その専門的研究教育者の意見の取捨選択は、行政機関の任命した「教育プログラムプロジェクト」によって行われたのであり、教授会・評議会といった大学の自治的機関において(あるいはその任命によって)ではない

 そこで、「TOFFL500」が、「TOFFL500相当」に修正され、TOFFLだけではなく、TOEICなどの一定の点数も同等に扱えるようにしたのである。しかしあくまでも、TOFFL500を変更しているわけではない。

 ここで、英語教育のあり方と関連して重要なことは、「英語科目の出席を成績に反映させない」という重大な決定をしていることである。英語のクラスの出席が評価されないことが明確である以上、多くの学生が講義に出席しなくなるのは必然ではないか?

 第二に、医学部(二つの学科があり、医学科と看護学科)の場合は、「別の基準で英語の成績認定を行う」としたことである。それはいつどこで決められ、どこに公表されているか?文書証拠が必要となろう。文書による公明正大な条件変更でなければ、学生にいろいろと疑心暗鬼を増幅させるであろう。

 ともあれ、医学部における変更理由がどうであれ、教育のあり方にかかわる重大決定が、行政当局(大学改革推進本部)支配下の下部組織で決定された、ということである。
 教授会や評議会が自由な議論の末に変更を決定したわけでもない。
 教授会が、「出席点を評価しなくていい」などということを決めたわけでもないのである。


 念のためにいえば、任期制や年俸制などの重大問題も、大学の自治の見地で、大学独自の意思決定機関(教授会・評議会)で、慎重に審議され、法律に基づく妥当な線が打ち出されたものでないことは、これまで教員組合やいろいろな教授会の反対決議からして明らかである。




−−−−−−−−−−−資料--------------

横浜市立大学トップページ/大学改革より。
平成14年12月25日の将来構想委員会中間報告










市長の諮問委員会「あり方懇」の答申7ページ:数値目標化の初出 



横浜市立大学改革推進本部(行政当局の組織)の事務局による報告書
「国際総合科学部(仮称)コース・カリキュラム案等報告書」(平成16年3月25日





行政当局の「改革推進本部」に選ばれた委員会の構成員と
会議開催日・検討事項など、検討経過







改革推進本部が、行政当局そのものであることは、本部長=副市長であることから明確である。
大学の予算や事務機構などを握っている市当局が、新しい改革の中身まで支配できるようになっていたということである。
そうした中身に関して、自治的組織としての教授会や評議会での議論が反映されるようなシステムではなかっ、ということである。




部会設置要領・・・・「大学の教職員がまとめた」ということと、大学の自治的機関である教授会・評議会の審議検討の結果ということとは別である。
「大学像」作成過程におけるたくさんの教授会の反対決議・意見書などを参照すれば、「大学の教職員」が一体何であるのか、問題となることは明らかである。





市長任命の大学経営責任者=「最高経営責任者」(CEO)のもとでの実務作業の推進・・・・教授会・評議会等の審議は欠如。



(各プロジェクトの委員には、諸種の事情・理由で教員が含まれているが、自治的機関としての教授会・評議会といった組織によって選ばれたものではない)





市当局の下に位置づけられた細部の検討組織・・・・教授会・評議会等の大学の自治的機関による審議の機会はどこにも存在しない。

教育プロジェクト委員の構成




教育研究審議会のメンバーは、大学の自治的機関(教授会・評議会)といったものによる選挙を経て任命されたものではなく、「上から」の任命であるが、その教育研究審議会が、「中期計画」を決めた(了承した)。そのなかに、「最低達成水準TOFFL500点相当}をいれてしまっている。
 現場の英語教員をはじめとする教授会メンバーの意見などは通りようがないということがわかる。

中期計画・・・・教育研究審議会(平成17年4月1、了承)