ゲッベルス日記(41年12月13日)
1941年12月12日のヒトラー発言
(同日、午後、ナチ党大管区指導者ガウライターGauleiterたちに対する演説「現在の情勢に関して非常に包括的できわめてオープンなaußerordentlich
offen像を開陳」)
これについて日記に、翌12月13日に記入。
「ユダヤ人問題に関して、フューラー(総統・ヒトラー)は、
すっかり解決する決断を下した。
彼はユダヤ人について、彼らがもう一度世界戦争を引き起こしたら、絶滅されることになるだろう(ihre Vernichtung erleben würden)と予言した。
それはたんなる空言ではなかった。
いまや世界戦争だ(Der Weltkrieg ist da)。
ユダヤ人(ユダヤ民族Judentum)の絶滅は、
必然的結果(die notwendige Folge)でなければならない。・・・」
「ドイツ民族がいまやふたたび東部戦線で16万人の戦死者という犠牲を払ったとすれば、この血の紛争の張本人(首謀者Urheber)はそれについて命をもってあがなわなければならない。」
「東部において、フューラーはわれわれの来るべきインドを見ている。それは植民地だ。そこにわれわれが植民しようとするところだ。ここにわれわれの農民の息子たちのための大きな農民屋敷がつくられなければならない、・・・」
「この地は、すでにしばしばゲルマン人が征服し植民したところだが、いまや固有の国境地域として、しかし中核地域として、ドイツ帝国に併合されなければならない。三世代か四世代のうちに絶対的にドイツのものと見なしうるようにしなければならない・・・」
「そのような教義は普通にみれば過酷に響く。しかし、事実と現代的知識の光に照らせば、論理的であり合目的であるに過ぎない。ドイツ人がヨーロッパ新秩序のために血を流すとすれば、他の諸民族はすくなくともヨーロッパ新秩序のために労働しなければならない・・・」
ヒトラーの秘密会議演説の結びで、
「フューラーは将来への世界的展望を与えた」。また、
「もういちど、戦争の心理的把握の過酷さを確認した」。
「わが民族の将来は絶対的に確保されたものと、フューラーはみなしている。後々の農民世代(農民種族)が民族生活に奉仕できるような土地の征服のなかにこそ、目下起きているような巨大な血潮の投入が、その歴史的正当性と民族的正当性を見出すのだ、と。
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以上のヒトラーの見地は、現実に、イギリス、アメリカ、フランス、オランダ、ベルギー、そしてイタリア、日本といった列強が広大な植民地を所有し、帝国建設にまい進し、帝国を維持しようとしている現実にてらすとき、一面的一方的に批判できないものであった。
世界からの帝国主義・植民地主義の廃絶。
そのための抑圧された世界の人々の連帯、という見地にたつときのみ、すなわち、民主主義の世界的見地においてのみ、ヒトラー批判・ナチズム批判が有効となる。
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ヒトラーのガウライターに対する演説は、参加者に核心を与え、元気を与えた。ゲッベルス自身、「力であふれる」感じとなった。
(München 1996)
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Gerlachゲルラッハ説
1941年12月12日、大々的なヒトラーの命令
その根拠:ゲッベルス日記など。
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日本のアメリカ攻撃、これに伴う対米宣戦布告について、同じナチ党大管区長(ガウライター)に対する12月12日の演説で、ヒトラーは、
「もし日本が戦争に突入しなかったとしても、遅かれ早かれアメリカに戦線布告しなければならなかっただろう」と、対米宣戦布告の必要性・正当性を強調。
「いまや東アジアの紛争が贈りもののように転がり込んできたのだ」と。
「アメリカに対するわれわれの宣戦布告は、東アジアの紛争という重しGegengewichtがなければ、ドイツ民族にとって受け入れるのが非常に困難だったであろう。ところが今日では誰でもこの展開がほぼ自明fast
selbstverständlichとなっている。」
ヒトラーは言う。
日本(黄色人種・非白人)との同盟は、目下の戦争で勝つため。ドイツ民族の現在の勝利のため、と。
第一次大戦の時だって、英米はドイツに対する戦いで日本と組んだではないか、と。
日本が東アジアでアメリカとの戦争に突入したので、西ヨーロッパでの英米の上陸は、当面、排除されたではないか、と。
(第二戦線勃発を回避する効果)
ヒトラーは、東部戦線に関して詳しく説明
東部戦線の全体状況について、「総統はまったく楽観的positiv・・・現在戦わなければならない諸困難は、自然条件による」と。
「フューラーは、来年にはソヴィエト・ロシアを少なくともウラルまで片付けてしまうとの固い決意」