ハイドリヒの思想構造

(以下は、配布資料の論文「総力戦とプロテクトラートの『ユダヤ人問題』」、2節からの抜粋)

 

 

1936: ハイドリヒの著書『我々の闘争の変遷』・・・・人種主義的帝国主義(膨張的他民族抑圧的ナショナリズム)の闘争の論理。

 

「自然の生命と同じように、諸民族の生命Lebenも、強いもの、高貴なもの、人種的に高価値のものと低いもの、下等人種との間の永遠の戦いからなっている。この闘争が遂行される方法のみが不断の変化に晒される」(社会ダーウィン主義・・・動植物界の自然淘汰の原理を人間社会に適用する)

 

 

「ユダヤ人はこれまでずっと、北方人種が指導する人種的に健全なあらゆる民族の不倶戴天の敵であった。ユダヤ人の目標は、多かれ少なかれ目に付くユダヤ人上層による世界の支配であったし、現在もそうである」。

 

 

「ボルシェヴィズムはユダヤ民族の最も重要な目的達成のための創造物のひとつ」。

 

そして、ユダヤ人が不断に追求している目標は、「いつもつぎのこと、世界の支配と北方諸民族の絶滅」。

 

 

「アーリア立法でもってドイツにとってのユダヤ民族の危険が除去されはしなかった」。

 

 

194110 総督代理ハイドリヒのプロテクトラート高官たちに対する演説

 

  a)親衛隊の使命・任務

親衛隊は「総統と帝国の使命、大ドイツ帝国から大ゲルマン帝国への道を歩む使命を自覚して」執行機関として行動。

 

親衛隊の任務を全体として述べれば、第一には「すべての敵に対して敵、すべてのドイツ人に対して保護者」。第二の任務は「ドイツ民族の強化」

 

二つの柱、すなわち「すべての敵を鎮圧すること」と「ドイツ民族に良いことで将来のために不可欠なことすべての将来計画」が基本。

 

    プロテクトラートの問題と全体の問題の相互連関・・・戦争のための前提条件、戦争遂行のための前提条件、必要な諸地域の占領のための前提条件、大ドイツと大ゲルマンの帝国の創造と構築のための前提条件は「帝国本土の内政的安定」

 

ヨーロッパ圏の政治的展開にしたがって、ドイツ人を、とくに「今日、東部でわが軍が占領している諸地域の民族ドイツ人」を帰還させる必要性と課題が発生

 

  b)帝国建設の敵(の指導者)としてのユダヤ人

帝国の敵はユダヤ人とフリーメイソンによって指導されている。

ユダヤ人は、ナチズムの内面的な指導によって上昇しようとするドイツを絶滅しようとし、ドイツをユダヤ民族の世界計画にとっての危険とみなしている。ユダヤ人は、ドイツ圏内部から匕首の一突きがあればこのドイツの発展をかく乱し阻止できることを知っている、

 

  c)東方、スラヴ地域支配の正当化・・・ヨーロッパの東方地域を「アジアの高波」から守る

スラヴ人は同等に取り扱われることをまったく欲しない。軍事的展開にしたがってロシアにいたるまで、そのウラルにいたるまでドイツ人が上層部を形成し、この地域を原料基盤とし、住民を労働者、いや露骨に言えば奴隷(へロット)としてわれわれのために投入することになる、

 

  d)ポーランド地域のドイツ化

東部全体に屯田兵による防壁地帯を構築。その地域にドイツ人を植民させ、ドイツ人防壁を拡大していく。

 

ドイツ人防壁の最初のものは、ダンツィヒ・ヴェストプロイセンとヴァルテガウである。これらの地域にはオストプロイセンやシュレージエンの部分とあわせて1年前までは800万人ものポーランド人が住んでいた。これらの地域こそは、一歩一歩着実にポーランド分子を追放するために、完全に体系的にドイツ人を入植させなければならない。それから東方に向けて、バルト諸国をドイツ化していかなければならない。ラトビア人やエストニア人、リトアニア人は再ドイツ化やドイツ化が可能であり、中でもエストニア人が人種的にはもっとも良好な分子である

    ・・・東方全体計画(ゲネラールプラン・オスト)

 

  e)プロテクトラート・ベーメン・メーレンの位置・意味・意義・現状 

 

ベーメン・メーレンがドイツ史において帝国の中心であったことだという。良好な時代にはつねにドイツ民族の防塞であり、植民の時代には東方への守衛の詰め所であった。文化領域でも発達を遂げ、よき時代には防塞であり、ビスマルクが言ったように「ヨーロッパの砦」であった。

 

この地がドイツとドイツ史にとって「運命的なダイナミズム」を持っていた・・・「帝国の没落の背後の匕首は、ほとんどの場合がこの地域からやってきた」と。・・・・

現在の抵抗運動も、ボルシェヴィズムに対する決定的な宿命の対決で帝国を背後から崩壊させようとしているのだ、と。

 

そこで現在の情勢に立ち戻る。「今日われわれは新しい背後の匕首の展開をまさに経験している」と。

最近数週間、サボタージュ・グループやテロ・グループによって、収穫の徹底的な破壊によって、緩慢労働によって、背後から匕首が突きつけられている。これらはロンドンの宣伝で操作され、プロテクトラート政府が我慢し、あるいは促進してしまったものである。それらはまったくはっきりとした大きな路線で組織されている。この抵抗組織は非常に体系的に準備され、チェコ人とロンドンの政府がこの地を危険な不穏状態に陥れ帝国を危険に陥れる時節が到来したと思えば立ち上がれるようにあらゆることしている・・・。

 

敵はチェコ人住民を大混乱に陥れ、あるいは陥れようとしている。そうすれば、「軍需生産における労働成績」がはっきりと損失をこうむることになる。それがひいてはほかの占領地域の「手本」となってしまう。つまり、最近数週間の事態は、帝国の統一が「はっきりと危険にさらされている」といえるような状況になっている。

 

すべてのドイツ人は「総統の兵士」としての自覚を持ち、この地域に関する基本路線を完全に把握していなければならない。

基本路線とは、この地域の治安平定であり、あらゆるチェコ人の自立性との戦いである。チェコ人はスラヴ人であり、チェコ人もすべての恩恵を弱さから出たものとみなす。そして、次々の要求を大きくする。だから、ドイツ人とは違うのであり、ドイツの行政方法と同じものは適用できない。この地域の行政区分は、ドイツ側から見て、この地域を最終的に支配し指導するための手段であり方法であるに過ぎない。

プロテクトラート統治の基本目標は隠してチェコ人大衆のドイツ軍需経済への効率的統合であった。 

 

  当地におけるドイツ人のすべての行動は同じ方向を向いていなければならない。われわれは現在、戦争遂行上重要で戦術的な諸理由から、チェコ人を一定の問題でかんかんに怒らせたり、燃え上がらせてはならない。目下、特定の戦術的理由から過酷にしなければならないが、しかしチェコ人がなんらの逃げ道がなくなったと思い込んで、いまや最終的な蜂起のときだなどと信じこまざるをえなくさせるような事態はさけなければならない。すべての行動の背後にある基本的な考え方、すなわち当地をいずれドイツのものにしてしまうことに関しては沈黙しなければならない。

 

私の当地での任務ははっきりとした大きな二つの段階と課題領域に分かれている。すなわち、第一は戦時特有の当面の課題であり、第二は長期的な最終課題のための導入である。

 

第一の当面の課題は、戦争指導の必要性によって決定されている。当地の平穏が必要であり、それによってチェコ人労働者がドイツの戦争遂行のために完全に有効に労働力を投入することである。同時に、軍需産業が大規模にあるので当地で補給や軍需生産の発展を押しとどめさせないことである。この課題のためにはもちろんチェコ人の労働者にも餌を与えなければならない。ただ気をつけなければならないのは、チェコ人がその癖のままにみずからの私的なとんでもない特殊目的に活用するために「帝国の危機状態」に乗じることはさせてはならない。この当面の課題実現の前提となるのは、われわれがチェコ人にまずは当地の主人が誰かを示すことであり、ここではドイツの利益が物事を決定すること、ここでは結局、帝国こそが決定的なものであることをチェコ人が知ることである。帝国はここでは当地の指導部によって、したがって諸君によって代表されている。帝国は冗談半分は許さない。このチェコ人は礼儀正しい、例外扱いにしよにしようなどということは許されない。もしもわれわれみんなが全体の態度で見えるように外側に向けてチェコ人に対して一つの戦線を形成していなければ、チェコ人は抜け道を見出し、それを通じていかさまをすることになろう、と。

 

 

19426 ハイドリヒの国葬に際してヒムラーが行った追悼の辞

 

ハイドリヒがプロテクトラートに送り込まれたとき(19419)、ドイツの多くの人が、しかしとりわけチェコ人の多くの人が、当時、「この恐るべきハイドリヒがやってきた、血とテロルでだけ支配することになろう」と信じられたと。

 

    総督代理に任命されたハイドリヒは「はじめて大きな、全世界が見ることができる、積極的な、創造的な任務を受け取り、彼の天才的な能力を十二分に示した」

    「彼は、厳格に着手し、罪人を捕まえ、ドイツの権力と帝国(ライヒ)の武力装置に対する無条件の敬意を作り出し、他方で、よき意思を持つすべての人には協働のチャンスを与えた」