「民情報告」第7巻  1941年4月22日−1941年8月14日



ロシア(ソ連)との戦争が近づいているとの噂が繰り返しあったので、6月22日のドイツの攻撃は、「顕著なショッキングな作用」は確認できなかった。むしろ、それまでよりも勝利の確信が確認できる。
それは、その後何ヶ月かの戦勝報道で強められた。
食糧や消費財の供給に関するここ的な困難は、民衆の空気に大きな影響を与えなかった。






第196号 1941年6月23日

ロシアとの関係がいいという報道を頭においていた人々は、奇襲攻撃・開戦に驚く




ヒトラーの演説で民衆は驚く・・・1940年にドイツが西部で勝利できなかったのは、ロシア(ソ連)のせいだ、ロシアに妨げられたからだ、と。


イタリアの参戦・・・当然だ。
日本はどうして沈黙を守るのか?アメリカとの関係か?