岸信介 きしのぶすけ 18961987 昭和期の政治家。

 

山口県に生まれ、父方の実家をついで岸姓となる。佐藤栄作は実弟。東京帝国大学を卒業して農商務省(のち農林省と商工省に分離)にはいり、商工省工務局長をつとめる。1936(昭和11)満州国実業部次長に就任、東条英機、松岡洋右(ようすけ)らとともに満州国産業開発五カ年計画を推進した。帰国後は東条内閣の商工相をつとめた。

 

2次世界大戦後はA級戦犯容疑で逮捕されたが、不起訴となって釈放され、1953年自由党から衆議院議員に当選して政界復帰した。5411月鳩山一郎らと日本民主党を結成して幹事長となり、翌年保守合同を推進して結成された自由民主党幹事長となった。病気のため辞任した石橋湛山内閣のあとをうけて首相となり、12(19572月〜607)にわたって政権を担当。60年には反対派が国会を包囲する中、日米安保条約改定を強行して総辞職した。その後も6回連続当選し、タカ派の長老として影響力をたもちつづけた。

 

Microsoft(R) Encarta(R) Reference Library 2003. (C) 1993-2002 Microsoft Corporation. All rights reserved.