レジュメ:
独ソ戦・世界大戦の展開とホロコースト
横浜市立大学 永岑三千輝
はじめに
ヒトラーがヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅命令をいつ出したか?
1941年夏(7月末から8月前半)・・・栗原優説
1941年12月中旬の一連の証拠・・・永岑説:真珠湾攻撃後の文字通りの世界戦争段階とする説
41年7月31日のゲーリングのハイドリヒに対する命令書(「準備命令」)
41年8月初旬から中旬にかけての独ソ戦の現場・後方地域におけるユダヤ人殺戮の過激化・無差別化
しかし、絶滅収容所への移送、したがって絶滅そのものが基本方針になるのは、1941年12月中旬以降
42年1月20日 ヴァンゼー会議
1.膨張的ドイツ民族至上主義の領土拡大・戦争政策と反ユダヤ主義
―迫害・追放から「疎開」・殺戮へ―
ヒトラー(ナチ党)の基本戦略・・・東方大帝国の建設による世界強国の建設
人種主義的反ユダヤ主義のイデオロギー、人種階層的支配秩序
ポーランド侵攻・・・ゲットーへの集中(過渡的措置)
ルブリン地区ユダヤ人居留地構想等
西部侵攻・・・マダガスカル構想
2.画期としてのバルバロッサ作戦・激戦下の占領地急拡大とソ連の抵抗・反撃の漸次的強大化
ソ連侵攻・・・「解放軍」、現地の反ソ・反ユダヤ主義を活用
41年7月3日・・・スターリンのパルチザン戦争の呼びかけ
ソ連の基本的占領方針を示した7月16日の重要な会議・・・ヒトラー発言
1941年7月31日、「戦勝の熱狂」のなかで、「ヨーロッパ・ユダヤ人問題の最終解決」の準備命令(ゲーリング)
3.ドイツ占領下・西ヨーロッパ全域における反ドイツ機運・ユダヤ人追放圧力と暫定的措置
電撃的勝利の見込み・・・消失
民政統治下チェコ・ポーランド総督府における統治の困難、
41年8月14日の大西洋憲章・・・イギリスとアメリカのドイツ包囲網も強化
41年9月、ハイドリヒをプロテクトーア代理に。
41年9月中旬、ヒトラーは、ヒムラーに、過渡的臨時措置的移送命令
4.過渡的移住政策の困難・挫折と臨時的移送(絶滅)政策の選択
象徴的事例・・・ウーチ(リッツマンシュタット)の問題
41年10月25日夜のヒトラーのヒムラー、ハイドリヒに対する卓上談話
一方で、早い冬の到来、厳冬で、ドイツ大軍の危機
他方で、ユダヤ人追放圧力の飛躍的累積
5.ヒトラーの対米宣戦布告・世界大戦への突入とユダヤ人絶滅命令
「移送」の選抜基準等の全体的調整が必要・・・ハイドリヒ召集:41年12月9日にベルリン郊外ヴァンゼーで(11月29日、中央官庁次官クラスへ招待状)
ドイツ時間12月7日(日本時間12月8日)・・・真珠湾攻撃。
ヒトラーの12月11日の対米宣戦布告の国会演説。
翌12日のナチ党最高幹部(大管区長)の会議の発言
42年1月8日、ハイドリヒ・・・延期された会議を、1月20日に招集(ヴァンゼー会議)
おわりに
―労働不能者は即絶滅、労働能力あるユダヤ人は「労働を通じての絶滅」―
------報告関連・史料文献リスト----
@
Bundesarchiv,
NS19; R58
A
Max Domarus,
Hitler. Reden 1932- bis 1945, Bd.4, Leonberg 1973(1987).
B
Europa
unterm Hakenkreuz, Sowjetunion, hrsg. v. Einem Kollegium unter Leitung von Wolfgang Schumann und Ludwig
Nestler, Berlin 1991.
C
Haus der
Wannsee-Konferenz(Hrsg.), Die Wannsee-Konferenz und der Völkermord an den
europäischen Juden. Katalog der ständigen Ausstellung, Berlin 2006.
D
Adolf
Hitler, Monologe im Führerhauptquartier 1941-1944. Die Aufzeichnungen
Heinrich Heims, hrsg. v. Werner Jochmann, Hamburg 1980.
E
Der Prozeß
gegen die Hauptkriegsverbrecher vor dem Internationalen Militärgerichtshof, Nürnberg 14. November 1945 – 1. Oktober
1946(IMG), Nürnberg 1947, Bd.38.
F
Peter
Longerich, Die Wannsee-Konferenz vom 20. Januar 1942: Planung und Beginn des
Genozids an den europäischen Juden, Hamburg 1998. Ders., Politik der
Vernichtung. Eine Gesamtdarstellung der nationalsozialistischen Judenverfolgung,
München 1998.
G
Die
Tagebücher von Joseph Goebbels, hrsg. v. Elke Fröhlich, Teil II Diktate 1941-1945, Bd.2, Oktober-Dezember
1941, München 1996.
H ゲッツ・アリー著・山本尤・三島憲一『最終解決』(法政大学出版局、一九九八年)
I ロベルト・S・ヴィストリヒ著・大山晶訳・相馬保夫監訳『ヒトラーとホロコースト』(講談社、二〇〇六年)
J 栗原優『ナチズムとユダヤ人絶滅政策―ホロコーストの起源と実態』(ミネルヴァ書房、一九九七年)
K 永岑三千輝『ドイツ第三帝国のソ連占領政策と民衆 一九四一‐一九四二』(同文舘、一九九四年)
L 永岑三千輝『独ソ戦とホロコースト』(日本経済評論社、二〇〇一年)
M 永岑三千輝『ホロコーストの力学―独ソ戦・世界大戦・総力戦の弁証法―』(青木書店、二〇〇三年)
N 永岑三千輝「ホロコーストの論理と力学―総力戦敗退過程の弁証法―」『横浜市立大学論叢』第五五巻、社会科学系列、第三号(二〇〇四年三月)
O 永岑三千輝「総力戦とプロテクトラートの『ユダヤ人問題』」『横浜市立大学論叢』第五六巻、人文科学系列、第三号(二〇〇六年二月)
P 永岑三千輝「東ガリツィアにおけるホロコーストの展開」関東学院大学『経済系』第二二七集(二〇〇六年四月)
Q
永岑三千輝「特殊自動車とは何か-移動型ガス室に関する史料紹介-」『横浜市立大学論叢』第五六巻、社会科学系列、第三号(二〇〇五年三月、実際には二〇〇七年三月)
R 大野英二『ナチ親衛隊知識人の肖像』(未来社、二〇〇一年)