ヒトラー暗殺事件(1944年7月20日事件)で、
爆弾を仕掛けた(ヒトラーは奇跡的に助かる・「悪運強し」か)ことで有名なクラウス・グラーフ・
シュタウフェンベルクは、
シュツットガルトの出身
(父親がヴュルテンベルク王の宮廷高級官吏Oberhofmarschall、家族が宮廷内に1909-1919生活)


王宮前広場(シュタウフェンベルクの名前の広場)に記念碑があり


旧王宮(歴史博物館)の一郭の地下に記念の展示場がある


入場者が受け取る案内書の写真の一枚。元は王室文書室だったようである。


          Berthold    und    Claus
   

 ヒトラー側近にまでなった忠実・勇敢無比(片腕を失っている)の人物だからこそ、

総統大本営の会議場にかばんに隠した時限爆弾を仕掛けることができた。



           シュタウフェンベルク              シュタウフェンベルク署名のクーデター命令(1944年7月20日)

 Das durch Rundfunk bekanntgegebene Comunique 
 trifft nicht zu. Der Führer ist tot. Die angeordneten 
    Maßnahmen sind mit höchster Beschleunigung durchzu-
 führen.
           Der Befehlshaber des Ersatzheeres
                  und
           Oberbefehlshaber im Heimatkriegsg-
            gebie
t.
                  St(署名)

              ラジオで報じられている公式発表(コミュニケ)は当たっていない。
総統は死んだ。命じられた措置を可及的速やかに遂行しなければならない。
                    補充軍司令官・本土戦闘地域最高司令官

                     シュ(署名)






    旧王宮が歴史博物館↓。たくさんの古代遺物(石器、陶器など発掘物)が展示されている。
                                                  ↓ドイツ初のテレビ塔

 (シュトットガルトが低い山々に囲まれた盆地のようなところなので、
電波を受けるためにはテレビ塔が必要だったのであろう)





 歴史博物館(旧王宮)の中庭・陳列の部屋