盗作盗用の確定

                            2020年5月14日、記(その後若干の添削をつづけ、10月14日現在)


 確定にあたっては、下記のように、早稲田大学の規程に基づく実に慎重な手続きを経て、結論を導き出している。


【調査報告書決定までの日程】

 早稲田大学は通報(2019年7月4日着)にもとづき、大学の規程「研究活動に係る不正防止および不正行為への対応に関する規程に基づき、調査対象者と最も関連する国際学術院・大学院アジア太平洋研究科に対して、予備調査の実施を指示」した。

 証拠資料堀和生「起源」論文とその付属資料一式)として提出された朝鮮語論文和訳の「客観性に懸念」があるので、調査を託された学術研究倫理委員会が「翻訳業者に和訳を手配」した。
 そして、2019年7月30日翻訳業者による朝鮮語論文の和訳が完成。
 8月6日に予備調査に回した。

 約一か月後、9月4日、上記学術院・研究科から予備調査結果報告書が提出された。

 9月24日の学術研究倫理委員会における審議で、調査対象の論文において 「朝鮮語論文の和訳と適切な表示なく類似する箇所が複数確認された」

 
そこで、「研究活動に係る不正行為(盗用:研究者等が、他の研究者のアイデア、分析・解析方法、データ、研究成果、論文または用語を当該研究者の了解または適切な表示なく流用すること)の有無」を確認するため、倫理委員会のもとに調査委員会を設置し、本調査を実施した。 
 倫理委員会から調査対象者および通報者に調査委員会の所属・氏名を知らせ、異論の有無を確認し、調査対象者からも通報者からも異論は出されなかった。

 そこで、12月2日、調査委員会第一回が開催され、9日から11日かけて持ち回り審議を行い、調査の中間報告書を確定した。
 
 2020年2月7日の第三回委員会を経て、2月22日〜24日の第4回委員会(持ち回り審議)で、最終報告書を確定した。



以上の情報に関して、調査報告書を引用しておけば、つぎのように書かれている。

 調査報告書、1‐2ページより。

I1.調査対象

当事案の調査対象者は、アジア太平洋研究科の元教授である小林英夫名誉教授(以下「調査対象者」という。)であり、調査内容は、調査対象者がアジア太平洋研究科在職中の著書である『論戦「満州国」・満鉄調査部事件一学問的論争の深まりを期して』(彩流社、2011 )のうち、373頁から394頁に掲載されている「抄録小林英夫「元山ゼネスト」(『労働運動史研究』第四四号、一九六六年七月掲載)」において、尹亨彬(ュン・ヒョンビン) 1929年元山労働者のゼネストとその教訓」(『歴史科学』1964年第2号掲載)の内容を盗用しているとする事案を調査するものである。

I2.調査委員会設置までの経緯

201974日、通報者から、本学副総長(研究推進担当)およびアジア太平洋研究科長宛の文書が本学法人課に郵送で届いた。文書の内容が、調査対象者が著書において盗用を行っているという通報であったことから、同文書は学術研究倫理委員会(以下「倫理委員会」という。)の事務を所管する研究マネジメント課に回送され、2019711日に倫理委員会に通知された。

倫理委員会は、研究活動に係る不正行為(盗用)の疑いがあることについて通報を受け、通報資料を確認のうえ協議した結果、調査対象者は201433i日付けで本学を定年退職しているが、通報の対象である著書の刊行時(2011)は本学の教員であったことから、「研究活動に係る不正防止および不正行為への対応に関する規程」(以下「規程」という。) 23条第1項に基づき本件を本学で対応することとし、規程第11条第1項第3号に基づき予備調査を実施することとした。また、規程第11条第1項ただし書に基づき調査対象者と最も関連する箇所である国際学術院・大学院アジア太平洋研究科に対して予備調査の実施を指示すること、証拠資料として通報者から提出された朝鮮語論文(盗用元とされる論文)の和訳の客観性に懸念があることから、倫理委員会として翻訳業者による当該朝鮮語論文の和訳を手配し、国際学術院・大学院アジア太平洋研究科に予備調査のための資料として提供することを決定した。

2019730日、翻訳業者による朝鮮語論文の和訳が完成し、201986日に倫理委員会から国際学術院・大学院アジア太平洋研究科に対して予備調査の実施を指示し、指示を受けた同学術院・同研究科において予備調査が実施された。

201994日、同学術院・同研究科から倫理委員会に予備調査結果報告書の提出があり、その報告書の内容を踏まえ、2019年度第5回学術研究倫理委員会(2019924日開催)において審議した結果、調査対象の著書において朝鮮語論文の和訳(翻訳業者による和訳)と適切な表示なく類似する箇所が複数確認され、研究活動に係る不正行為(盗用. 研究者等が、他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文または用語を当該研究者の了解または適切な表示なく流用すること)の有無を確認する必要があることが認められたため、規程第12条第1項に基づき、倫理委員会の下に調査委員会を設置し、本調査を実施することが決定された。

その後、規程第12条第9項に基づき、倫理委員会において調査委員会を構成する5名の委員が決定された。また、規程12条第4項に基づき、倫理委員会から調査対象者および通報者に対して2019117日付で同5名の所属と氏名が通知された。同5名の委員に関して、規程12条第5項に基づく、調査対象者および通報者からの倫理委員会に対する不服申立てはなかった。



【調査手順・結論に至る道筋】

調査委員会は次のような調査を手順を踏んで行っている。

 (1)著書・論文の比較調査、
 (2)調査対象者からの聞き取り調査前に提出された反論資料の調査、
 (3)調査対象者への聞き取り調査の実施。


(1)において、尹論文(朝鮮語論文)を「和訳した内容が適切な表示なく流用されて記述されている疑い、すなわち盗用が疑われる点」を全部摘出し、調査対象論文と尹論文との類似部分(盗用部分)の対象を作成した。
  (この対照表は、堀論文が付属資料で行っているものと同じである。また、対象者論文に対して、堀論文付属資料と同じように、類似部分(盗用部分)が赤字傍線を付して列記されている。)

(2)において、調査対象者から提出された「盗用の疑いに対する反論」文書(本文16ページ、資料一覧、別紙一覧表)について、「精査、検証」を行っている。

そのうえで、「調査対象者のみが知りうる新事実や正当性を裏付ける証拠があるかどうかを確認するため」、
(3)の聞き取り調査を行っている。主として、7つのポイントにつき、調査対象者に確認を行っている。

いずれ、調査報告書自体が公開されることになると思われるが、
 調査対象者の「反論」は、原朗氏側の立証に対する「反論」と同じ論法であることがわかる。

たとえば、
 尹論文を「参照したことは事実だが」、「煩雑を避けるため個別の箇所においていちいち注記しなかった」と弁明、と。(学術論文の作法の無視・・・ルール違反を自ら認めていることになる。)
 尹論文を「無視したわけではなく、参考文献として冒頭で提示している」と。

 「無産者新聞」や「新興科学の旗の下に」など、日本語で確認検証できる史料に関しては、論文のなかで「括弧書で引用を行って」史料的証拠を提示しているが、
尹論文についてはそうした引用を明示する箇所が「1箇所も確認できないと、尹論文の史料・論述を流用していながら、一切それを明示しないことについて問われると、

 「扱っている部分に共通性があり、それがあまりにも多すぎるので、個々の点についてではなく、最初に参考文献として示すことで引用の全体をカバーするとの意図を持っていた」と弁明。


 これらの手法は、原朗氏の諸業績対する盗用手法と全く同じと言わなければならない。
   Cf. 原朗『創作か盗作か――「大東亜共栄圏」論をめぐって――』(同時代社、2020年2月)



念のため、調査報告書のうちから、次の個所を、そのままで引用しておこう。

報告書6ページから7ページ

3.調査対象者への聞き取り調査の概要

著書・論文の比較調査( Ⅱ1 )を行い、調査対象者から提出された反論資料( Ⅱ2 )について精査、検証した。その上で、調査対象者のみが知りうる新事実や正当性を裏付  ける証拠があるかどうかを確認するために、調査対象者への聞き取り調査を2020123日に実施した。

調査委員会からは主に以下の7件の質問を行った。調査委員会の質問および質問の趣旨と調査対象者からの回答の要旨は次のとおりである。

(質問①)

資料Bの著者である尹亨彬氏から資料Bの自由な使用の了解を得ている可能性を考え、尹亨彬氏と面識があるか聞いた。

(回答①)

面識はない

(質問②)

反論資料3頁第2段落において、資料Bについて「李丞玉氏と2人でこれを翻訳する作業を開始した」とあるが、その翻訳文は残っていないのか聞いた。

(回答②)

残っていない(持っていない)

(質問③)

反論資料16頁第1段落において、「尹論文と小林論文の類似性は、同様の歴史的資料を参照し、同じ歴史的事象を扱うことからきたものであり、剽窃というには当たらない。」とあるが、資料Aと資料Cの両者を確認する限り、文章の内容が極めて酷似している箇所が多く確認できる。この点について何か説明はあるか。

(回答③)

資料Aと資料Bは同一のテーマを同一の資料(新聞記事、法院の資料、警察の資料他) を使用して執筆したので、似てくるのが当然のことと理解している。1966年論文執筆の際に資料Bを参照しているが、資料Bについては論文の冒頭で提示している。

(質問④)

反論資料16頁第2段落において、「小林論文は、その表示のとおり尹論文を参照しているが、煩雑を避けるために個別の箇所においていちいち注記しなかったことは、元山ゼネストの全体像を描き出し、その歴史的意味を考察するという小林論文及びその再録の性格上、許されるものである。」とあるが、初めに資料Bを提示(3755行目~ 7行目) することで「適切な表示」がなされているという前提のもと、資料Bからそのまま流用した部分もあるということか。

(回答④)

資料Bを参照したことは事実だが、資料Aに抄録した1966年論文では、その他に自身で調べた内容や資料に基づいて(新たに)執筆した内容を付加している。資料Bを無視したわけではなく、参考文献として冒頭で提示している。

(質問⑤)

「無産者新聞」や「新興科学の旗の下に」に関しては、括弧書で引用を行っている箇所が多数確認できるが、資料Bに関してはそれが1箇所も確認できない。この点について何か説明はあるか。

(回答⑤)

資料A1966年論文と資料Bでは、扱っている部分に共通性があり、それがあまりにも多すぎるので、個々の点についてではなく、最初に参考文献として示すことで引用の全体をカバーするとの意図を持っていた。

(質問⑥)

資料A1966年論文を掲載する際に、1966年論文の見直しは行ったか。

(回答⑥)

見直しは行った。一方、1966年論文を再録することに意義があると考えて、同論文の最後にある教訓という部分を除いてそのまま再録した。(付随して、委員から、1966年当時と2011年当時では研究倫理の意識が大きく変化しているので、資料Aには補注を打つようなかたちで記述することは考えなかったのか、との質問があった。回答は以下のとおり。)現時点では入手しにくい資料を提供したいとの趣旨もあり、1966年論文をそのまま再録した

(質問⑦)

資料Aを刊行する費用として、科研費等の公的研究費または学内研究費を使用していないカ、。

(回答⑦)

使用せず自身で負担した。」

 以上のように慎重な調査、丁寧な審議を踏まえて、結論として、「研究活動における不正行為の認定」がおこなわれている。

 「研究活動に係る不正行為」、「盗用:研究者等が、他の研究者のアイデア、分析・解析方法、データ、研究成果、論文または用語を当該研究者の了解または適切な表示なく流用すること」が行われたものと認定する、と。


 ここでも、念のため、報告書のオリジナル文章を、引用しておこう。

【結論】


調査報告書、8ページ

調査対象者への聞き取り調査に関する結論

調査対象者からの聞き取り調査を終えて、「1.著書・論文の比較調査」で記述した資料Aに資料Bの内容を盗用した疑いが払拭されるような新事実は見いだされなかった。また、聞き取り調査の内容から、改めて「2.調査対象者から提出された反論資料の概要」の中には、盗用した疑いが払拭されるような資料あるいは反証の根拠となる資料が存在しないことを確認した。

結論

以上の調査から『論戦「満州国」・満鉄調査部事件一学問的論争の深まりを期して』(彩流社、2011)のうち373頁から394頁に掲載されている「抄録小林英夫「元山ゼネスト」(『労働運動史研究』第四四号、一九六六年七月掲載)」において、「研究活動に係る不正行為への対応に関する規程」第2条第2項第4号が規定する「盗用(研究者等が、他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文または用語を当該研究者の了解または適切な表示なく流用すること)」が行われたものと認定する。」



この結論は、堀和生「小林英夫氏盗作行為の起源」(乙83証拠資料)の結論と全く同じである。

 最高裁の裁判官が、この早稲田大学学術研究倫理委員会・その調査委員会の調査報告をきちんと読めば、調査対象者の論文作成の仕方、史料の扱い方における問題性、盗用の仕方、その弁明の仕方について明確にわかると同時に、原朗氏側の「陳述書」、「意見書」等の精密な論証が、極めてすっきりと理解できるはずである。

 

  なお、調査報告書には、尹論文(その邦訳)と小林論文との比較対照箇所とそのリストが掲載され、付属資料には、70項目近く、詳細な比較対照表がつけられている。
  これら具体的な比較対照箇所・リストは、基本的に堀和生論文(付属資料)と同一である。


  ここでは、調査報告書本文に掲載された対照表のみを、一次資料として、引用しておこう。以下で示されているのは、63〜65の項目箇所だけを例示としてである。


  調査報告書、3ページより引用。

1.著書・論文の比較調査

こで、論文の比較調査において使用した資料を以下のとおり分類しておく。

資料記号

資料名

備考

A

『論戦「満州国」・満鉄調査部事件一学問的論争の深まりを期して』(彩流社、2011)のうち373頁から394頁に掲載されている「抄録小林英夫「元山ゼネスト」(『労働運動史研究』第四四号、一九六六年七月掲載)

 

B

尹亨彬「1929年元山労働者のゼネストとその教訓」(『歴史科学』 1964年第2号掲載)

朝鮮語論文

C

尹亨彬「1929年元山労働者のゼネストとその教訓」(『歴史科学』 1964年第2号掲載)の和訳

翻訳業者によるBの和訳

( ※ ) ABおよびCについて、類似する部分に下線を付した。


  調査報告書、7ページより引用。

   

 

資料C :尹亨彬論文( 1964)の翻訳 (翻訳業者による和訳)

資料A :小林英夫著書(2011 )

番号

本文

本文

63

第一に、 ストライキ指導部の改良主義的多数は、 合法的闘争にのみ没頭しながら、日 帝の弾圧に反対して積極的に闘争しなかっただけでな く 、 彼らのいわゆる 「不干渉」 の酷い政策を暴露しなかった。 その結果、 かなりの活動者や労イ動者は、 官憲の 「調停」 に対する幻想を捨てることができず 法曲界の 「手腕の優れた活動家」 に一縷の期待を抱いていた。

第一に指導部の多数を占める改良主義者は、 合法的闘争のみにたよ り 、 日本官憲の弾圧に対したたかわなかったのみでなく、 官憲のいわゆる不干渉の正体を暴露しなかった。 その結果、 多くの活動家および労イ動者は、 官憲の調停への幻想を捨てきれず、 法曹界の 「手腕ある活動家 ーに期待をかけていた。

64

第二に、 これまで一連の部分的ストライキにおける成果からストライキの威力を過信していたかなりの活動者や労仍者は、 ゼネストを継続すれば、 日帝資本家らも結局は妥協せざるを得ないだろうと考えたあまり、 キム ・ テ ョ ンのストライキ資金提供の話にたやすく誘惑されたの

. -

第二に、 これまでの一連の部分的ストライキでおさめた成呆から、 ストの威力を過大評価してきた多く の活動家と労働者は、 ゼネストをつづければ、 日本人資本家も結局は支援してくれるであろう と 考え、 金泰栄のスト資金提供の申入れに容易に乗ってしまったことである。

65

第三に、 当時わが国の労イ動者らにはインテリ指導者に対する幻想があった。 それにより、 労働者出身の意志の強い幹部に対する大衆の信任が厚かったにもかかわらず、 「学識ある」 弁護士に指導を委託したのである

第三には、 当時の朝鮮人労イ動者はインテリ労働者に対する幻想をもっており、 その階級的性格を見落して、 学識ある弁護士に期待を委託したことであった

また、この部分を含む全ての類似箇所に関して、資料Aにおける類似部分の出現順序と資料Bにおける類似部分の出現順序を比較すると、一箇所も入れ替わることなく全く同一の順序となっていることも確認された。その上、資料Aにおいては、出典の明示や引用部分の明示といった適切な表示も見受けられなかった。

以上の著書・論文の比較調査によって、資料Aには資料Bの内容を盗用した箇所があると判断した。