2008年7月の日誌

 

 

7月31日(3) 医学部・医学研究科の教授会声明が昨日付けででていること(大学HPトップに)を知った。教授会が開催され、審議された上での声明か?

あるいは、管理職が集まって急遽纏め上げたもので、教授会メンバー全員の議論を踏まえていないものか?参加した教員の数は?

大学のこの種の声明は?その審議は? どこで誰が?

いつかの理事長・学長声明だけか? あれは、確か学内向けだったが。対外的にはどのような声明を?

大学の教職員は、新聞記者会見の断片的な情報だけを受け取る一般社会の人と同じか?

 

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7月31日(2) 久しぶりに教員組合ウィークリーが届いた。

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横浜市立大学教員組合週報
 組合ウィークリー
2008.7.31

もくじ
●執行委員選挙結果(略)
●全大教アンケートにおける市大教員の回答の内容と未回答者への呼びかけ

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●全大教アンケートにおける市大教員の回答の内容と未回答者への呼びかけ
 全国大学高専教職員組合(全大教)の「国公立大学教員の研究・教育・勤務条件改善に関するアンケート」に、現在までのところ、54名の組合員の方々から回答をいただきました。
 全大教では、当初回答期限を7月中旬までとしていましたが、法人化以降の国公立大学の窮状について新聞記者からしばしば尋ねられるので、返答の際の貴重な実証的データとして、さらに多くの組合員の参加を求めるため回答期限を延長しました。
 そこで、未だアンケートに答えていない方にはぜひ回答頂くようお願い致します。教員組合あてにメールをいただければ、先生のメールボックスにアンケートを入れます(夏休み中、教員組合の書記は原則として木曜のみの勤務ですので、少し時間がかかる場合があります)。
 これまでに提出頂いたアンケートから、とくに身分保障、メンタルヘルス、教育研究条件に関する事項について、本学教員の回答状況を紹介します。以下に質問文と回答者数、回答者数の多かった項目についてはその割合を示しました(重要箇所を赤字で記しました)。
 多くの教員が任期制に不安と不満を持ち、教員不補充のため多忙になり、約半数がメンタルヘルス状の不安をかかえていることがここにも示されています。また、学内の自治が奪われ、危うくなっている中、教員組合の役割がますます重要となっています。

本学教員の回答状況抜粋
 以下の中でご自身に関わる問題でもっとも切実な問題をあげてください。
@     昇任が困難または見通しが不透明である                   9
A     現在のポストに任期制が導入されるかもしれないという不安がある。     14
B     任期付きのポストなので、再任できるか、次のポストが見つかるか、などの不安がある。  
18 (33%)
C     身分保障上、特に不安なことはない。  15

メンタルヘルスについて伺います。次のうち、該当するものを挙げてください(複数回答可)。(複数選択可)
@        多忙・研究環境・人間関係などについてストレスを感じていて、不眠・イライラ・食欲不振(もしくは過多)などのメンタルヘルス上の不安をかかえている   
20(36%)
A 過去に、睡眠導入剤、精神安定剤などを服用したことがある(もしくは現在も服用している)   6
B高血圧、脳梗塞、心筋梗塞などの不安がある(もしくは過去にこうした症状で入院や通院したことがある) 5
Dうつ病になるのではないかという不安がある(もしくは「うつ」と診断されたことがある)           7
A     とくに不安はない

法人化以降、特に問題と感じておられることについてお尋ねします(3項目まで選んで下さい)。(3つまで選択可)
@        基礎的基盤的経費の削減           14
A         評価作業、会議等による「多忙化」・ゆとりがない              
28(51%)
B 給与水準が低い                 17
C 「心身」の健康不安」           10
D「パワハラ」「セクハラ」      1
B         恣意的評価                     10
C         任期制による身分の不安定化            
22(41%)
D         人件費削減による教員不補充              
20(37%) 
E         研究教育条件や地域手当等による給与格差等の大学間格差及び任期制導入などを要因として人材確保が困難    10
F         過度の競争的経費導入や「多忙化」による教員間の連帯意識の希薄化  8
G         学長選考など自治をめぐる問題            
24(44%)
K その他   

 ・すべての問題が同時に起きていると思います
 ・上意下達の権力強化のもとでの教員の意思表示の不自由
 ・Top down決定方式は非効率を生み出している
 ・教授会をつぶされ、大学が市の幹部職員と彼らにこびる一部教員のためのものとなり、最早まともな教育機関ではなくなった

  組合員の方におたずねします。組合に加入されている理由は何ですか。(複数選択可)
@研究費など研究教育条件を充実する必要から             16(30%)
A「多忙化」の改善が必要だから                             2

B  給与・待遇の改善が必要だから                          23(43%)
C情報が必要だから                                       13
Dよりよい大学等をつくるために必要だと思うから           23(43%)
E今の職場に不満が多いから                                 6
F仕事と育児の両立に関心があるから                         1
G他の職場の人と交流を持ちたいから                         1
H組合に入るように人から勧められたから                     3
I教職員共済,労金等のメリットがあるから                    0
J任期制など自分の将来に対する不安                        14(26%)
K女性差別是正のため                                        0
L その他                                                    2

・教員の意見を民主的に代弁している大学唯一の組織である
・大学が大学であり続けるため
・教授会も事実上なく組合が唯一の代表機関であり、その意義はきわめて大きいです
・教員組合だけが、大学内の唯一の教員の意見が言える組織だから

 自由記述
 ・身分の不安定さを感じる。特に学位を取得しなければ、任期再任できないようなので、プレッシャーを感じる。できれば大学のいわゆる評判がおちたとしても、他の私大に移職したいと考えている。
 ・「改革」以降、毎年、大学が崩壊への歩みを進めているように感じられます。また、身分保障、研究条件はどんどん劣化しています。任期制、給与、教員評価の導入で圧力を感じます。また、大学自治がなく、カリキュラムも崩壊しておりストレスを感じます。
  ・法人化し、大学が市や市の幹部職員の思うままになり、研究教育機関としてまともに機能していない。そんな中、教員組合だけが唯一大学のことを真に考えている組織となった。もっと組合の力を強化し、大学を市からと取り返すように頑張って欲しい。                                                                                  
                                  以上

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7月31日(1) 本学医学部問題に関する東京新聞の報道(「全国国公私立大学の事件情報」本日付より)によれば、副学長・学部長という管理職にあった教授の処分に関して、重い理由を

管理者責任を重視した」ため、

     としている。

 

       「金銭要求などしていない」ということに対して、「教育者として失格」などという厳しい言葉を発表していたはずだが・・・

 

「管理者責任」ということなら、昨日も疑問点として書いたが、そのような「管理者を任命した責任の所在は?」ということが問題になろう。

任命に当たっての手続きはどうだったのか?

誰が選んだのか?

どのような方法で「管理者」としての能力が評価されたのか?

適正な選抜が行われたのか?

 

どこから体勢を立て直すのかの出発点は、こうした問題にもメスを入れない限り、見えてこず、その場しのぎの表面的なものにならざるを得ないのではないか? 

 

「大学自治」が改めて問い直される。

 

「教員らの意識を変える」というが、何を、どのようにか。誰が、どのようにして?

 

SDシートという自己啓発・自己発展の手段を、「上から」、「外から」任命した管理職の手による評価手段とすることが、そのような「意識改革」において、果たして有効か、という重大問題もある。

「強いものに巻かれろ」、「管理職に従順たれ」、といった精神風土が蔓延すれば(あきらめの雰囲気を醸成する処遇差別などの予告-学長名文書-も含め)、大学内部からの自浄などありえないのではないか?

ピアレヴュー原則の広く深い構築こそが求められるが、・・・・

 

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7月30日 昨日、記者会見で、法人による処分が発表されたようである。理事長が中心で語っている写真が朝日新聞に掲載されていた。処分の決定は、法人責任ということだろう。

 

記事の中でとくに問題に感じたのは、「医学部からこうした問題を起こさないような改善が出てこなかった」と、医学部の側、大学の側に問題があるかのような一節だった。(正確な文章は、法人当局・大学当局が全学に対して示すべきだろうし、それを見てからきちんと対処することが必要だが・・・)

 

今回の処分は、過去三年間、すなわち、法人化後の「謝礼」「学位審査」にかかわる問題を処分対象にしたはずである。

 

だが、この三年間、法人化後の定款・学則において、上は理事長・副理事長(学長も副理事長)、学部長、研究科長、コース長など管理職のすべては、教授会メンバーの民主的選挙(秘密自由の民主的意向調査の一形態)なしに、選ばれている(例外は妥協的な形態を採用したひとつのコースのみである)。その運営の責任は、当該組織の運営の責任者を任命した当局にあるのではないか?

今回、重い処分を受けた二人の教授(辞表提出にまで追い込まれた)を管理職に任命したのは誰か?

今から任命する新しい管理職は、誰が、いかなる手続きで任命するか?

つまり、この3年間の問題は、ひとえに、法人が、そして、その責任者を任命した市当局にあるのではないか?

 

法人の責任、市当局の責任は?

 

学部に対して自浄努力を促すなら、あるいはその責任を問うのならば、自主的自立的に問題解決ができるシステムでなければならない。責任能力がないものに責任を問うのは、法的関係においては許されないのではないか?(例えば、最近の『刑法入門』、参照)責任は、能力=権限との相互関係で見るべきではないか?

 

本学の現実は?

この間、何をなすべきかの責任は、すくなくともこの3年間に限っていえば、現行学則を制定し、管理職を上からの任命制(下からの、あるいは構成メンバーの自由秘密の民主的意向調査抜きの任命制)をとり続けている市当局にあるのではないか?

今後発生するであろう諸問題の責任の所在を問う場合、これが決定的な意味を持つことになる。

 

本学では現在唯一の自治的自律的組織となってしまった教員組合の諸文書は、就業規則、学則、その他の諸規則とその運用に関して、繰り返し、「大学自治」破壊として、問題を提起してきた。そのことが、まさに、現在のシステムの問題を明らかにしているのである。

大学ではなくて、普通の行政機関のようになってしまっているのが現実ではないのか。ここに、責任の所在を問題にする枢要点がある。

自治の主体的担い手(たるべきもの)が、「外から」、「上から」任命されたものにあり、つまりは、真の意味での大学自治ではないということ、ここの本質的問題があるのではないか?

少なくとも現在のシステムが、教員組合の指摘する幾多の重大問題をかかえていることを踏まえて、責任の所在を考えていく必要があろう。

 

 

---------「全国国公私立大学の事件情報」より関連記事リスト-------

20080730

横浜市立大の謝礼問題、前副学長ら20人を処分

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080729-OYT1T00642.htm

 横浜市立大医学部(横浜市金沢区)の学位取得を巡る謝礼授受問題で、同大は29日、大学院生に謝礼を要求したとされる前副学長の奥田研爾教授(62)を停職4か月、12人から計300万円を受け取った前医学部長の嶋田紘教授(64)を停職2か月とするなど20人の処分を発表した。

 両教授は同日付で退職願を提出、受理された。…

 

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7月28日 下記の件で、釈然としない思いがずっとあったが、寄せられた情報によると、問題の教授は辞職することになったとか

「受け取っていない」と主張し、それが認められず、ウェブ版新聞報道が示すように、委員会で厳しい言葉を投げつけられた。

その結果、もう一方の停職3ヶ月ではなく、その倍の停職6ヶ月を言い渡されていたという事実を、この記事ではじめて知った。

それを不服として、結局は、辞職に追い込まれた形のようである。

 

この新聞報道によれば、いまでも、「受け取っていない」と主張している、と。

それが事実とすれば、冤罪となる。

学位審査にかかわる別の件と一緒になって、厳しい風があたった、ということのようだが・・・

真実はどこにあるか?

 

看護系大学院の新設も、延期とか。

臨床医師の関係では、別の深刻な問題も発生しているようである。

 

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7月14日 「意見広告の会」で紹介された本学・学位審査に関する新聞報道。

     「委員会」の認定と教授の証言とが食い違っている。

「委員会」の断定と処分要求に、「大学」は、どのように対応するのであろう?

一方的な断罪と一方的な処分はありえないであろう。「委員会」は、断罪・断定しているので、再度の事実調査はなさそうである。

別の委員会(?)による「再審」が行われるか?

このままでは、すっきりしない。

 

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2 横浜市大学位審査謝礼問題
2−1 市大がプレスリリース
      7/9
http://www.yokohama-cu.ac.jp/univ/pr/press/gakui.html

2−2 横浜市大:医学部長謝礼問題  「毎日新聞」7/10
    博士号現金受け取り新たに6教授−−最終報告 /神奈川 
 ◇現職18人ら処分へ
 横浜市立大(同市金沢区)の大学院医学研究科の博士号取得を巡る現金授受問題で同
大の「学位審査対策委員会」(宗像紀夫委員長)は9日、新たに教授6人が金銭を受け
取っていたことが分かったとする最終報告書を公表した。中間報告で明らかになった1
6人に加え、金銭受領が認定された教授・准教授はこれで計22人となり、金額は約5
78万円に上る。同大は今月中にも22人のうち現職の18人と関係者を処分する方針


 委員会は5月、前医学部長の嶋田紘(ひろし)教授(64)を含めた16教員が計5
73万円前後を受け取ったとした中間報告を公表。学位取得者が調査に対して「金銭を
渡した」と回答
したにもかかわらず、受領を否定していた教員9人を対象に再調査して
いた。

 最終報告書によると、6人のうち3人は受領を認めた。そのうち1人は5万円を受け
取ったと答えたが、2人は「金額は不明」とした。また、学位取得者2人から「金銭要
求を受けた
」と名指しされた教授ら3人は、再調査でも一貫して金銭の要求と受領を否
したという。

 これに対して委員会は最終報告書で「学位取得者の回答、証言は明確、かつ具体的で
信用性が高い」と指摘して受領を認定。金銭要求を指摘されながら否定した教授につい
ては「教育者として資質を疑う」などと厳しい言葉で大学側に厳正な処分を求めた

 これで調査対象になった教員61人のうち3分の1にあたる22人が金銭を受領して
いたことが判明した。会見に同席した同大の本多常高理事長は「驚きだ。悪しき慣習
して行われていたということを示している」と述べた。

 委員会は▽学位審査プロセスの見直し▽職員倫理規定の制定▽医局運営のあり方▽コ
ンプライアンス推進体制の見直し−−の四つの柱からなる再発防止策を提言した。学位
申請書に「謝礼の授受を行わない」と明記することや、「不正があった場合は学位認定
を取り消す」と規定に明記することなどを求めた。

 一方、委員会は国際総合科学研究科に対する調査結果も公表。教員81人と学位取得
者47人が対象になったが、1人も金銭の授受を認めなかったという。【野口由紀】

 

 

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7月11日 昨日は、油井大三郎教授(明治大学→一橋大学教授→東京大学教授を経て、現在、東京女子大教授)の「戦争の記憶と占領改革」の特別講演(国際文化専攻・博士課程多文化演習Tの最終総括-指導教員・上杉忍教授)の研究会で、すばらしい報告を聞き、その後の議論に参加して、久しぶりに精神を洗われるような快感を味わった。歴史の真実を探求していく過程、その最新の成果のエッセンスを直接拝聴できることは、すばらしい癒しとなると感じた。

 

学位審査問題に関する対策委員会の調査結果が、7月9日付で発表され、新聞記事を通じて知ったが、不正確な理解もあった。正式文書が大学HPにも掲載されていることを知ったので、ダウンロードし、必要な場合に検討することができるようにしておこう。最終報告なども、新聞報道を通じてはじめて知ることになったが、本来、こうした文書を出したことを、関係教職員全体に、直接知らせるべきではないかと思うが、「大学HPを全員が見る」事を前提としているようである。ただ、本日、全教員が所属する研究院を経由して、「教職員のみなさまへ」と題した文書が、メールで送られてきた。

 

「信頼関係の回復」を図るためには、今後、原因・背景その他の徹底的な追及が必要であろう。

業績とその評価のあり方(学位論文とその学位審査・認定も、業績・学問的達成とその評価の対応関係の一形態にすぎない、ここでこそピアレヴュー原則が確立されなければならない、その点に関する不信を引き起こした点に今回の事件の基本的問題がある)、そこにおけるピアレヴュー原則の確立は必須条件であり、その原則を歪曲する諸制度、あるいは歪曲を連想させる事態は、改めていく必要があろう。そうした誠実な努力の中でこそ、相互信頼が生まれ、信頼回復が軌道に乗るであろう。

 

その点からすれば、現在のSD(SelfDevelopment)シートを、教員評価の素材にし、処遇にまで反映させるという方針-当局回答-では、教員組合が問題にしている点をクリアできておらず、信頼関係は生まれてこないように思われる。制度とそれに対する信頼関係も、合理的な説明と理解・合意なしには、生まれてこないであろう。

その点は、どうなっているか?

 

 

---------------「教職員のみなさまへ」--------------

 

 

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学位審査等に係る本学の対応について

·  「横浜市立大学学位審査等に係る対策委員会」の最終報告について(PDF)(7/9)

·  横浜市立大学の学位審査等に係る調査について最終報告書 (PDF)(7/9)

·  「横浜市立大学学位審査等に係る対策委員会」の中間とりまとめ報告について(PDF)(5/2

·  横浜市立大学の学位審査等に係る調査について 中間取りまとめ報告書(PDF)(5/2

·  「横浜市立大学学位審査等に係る対策委員会」設置について(PDF)(4/4

·  横浜市立大学コンプライアンス推進委員会の報告について(PDF)(3/25

·  「横浜市立大学学位審査等に係る対策委員会」設置について(PDF)(3/25

·  「横浜市立大学における博士号取得の謝礼授受の報道について(PDF)(3/12

 

 

 

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7月10日 今日の朝刊には、学位審査後に謝礼を受け取ったとされる教員の人数19名(調査対象61名のうち19名、したがって約3分の一)、さらに、新聞報道された一名を除く残り18名の処分がなされる予定という記者会見内容が報じられていた。

 

その際、「謝礼」受け取りを否定している「主任教授」に関して、同じ人物の学位審査にかかわったほかの二人の教員は、「謝礼」受け取りを認めているという事実を踏まえて、「主任教授」の証言の虚偽性を問題にしている。常識的な感覚、普通の感覚ならばそうであろう。とりわけ、教員の3分の1が謝礼を受け取っているという全体的状況(受け取っていない教員のかなり多くも「申し出はあったが受け取らなかったとしていること」からして、とりわけ問題の「主任教授」が日ごろ、清廉潔白・厳格きわまる人物としての立証済みのたくさんの証拠・確定した評判を持っている場合には別であろうが、そうでない場合には、常識・普通の感覚からして、「受け取っている」と想定するのは自然であろう。

 

だが、真実は、どのようにして検証するか?

問題化している教授のこれまでの全行動が、洗いなおされることになるか?

受け取ったかどうかの事実認定は、どのように行われるか?

差し出したという人の証言、受け取ったという教員の証言、それらを裏付ける証拠は?

 

歴史の多くの事件が示すように、「証言」は、それを裏付ける確実な証拠類によって補強され検証されないと、冤罪を作り出すことになる。悲劇的事件は、数多くある。

 

仮に、「受け取っている」ことが、相当の高い確率で真実であるとすれば、問題はつぎに、学位審査に「謝礼がなければ、学位を出さないこともできる」と強要(それなら謝礼ではなくなる)したかどうか(その真実度・意味合いなど)、それが大問題となろう[1]。学位取得の謝礼がかなり一般化していたとすれば、すなわち、全教員の3分の1(その上、申し出を受けた人がかなりの数)に上る教員が学位取得後の「慣例化した謝礼」を受け取ってたとすれば、そのこととの違いは、どのようにして検証できるか? 「前」であることの証明は? 厄介な問題ではある。

「慣例化していた謝礼」が、大学院生のなかで当然のごとく語られ言い伝えられていたとすれば、慣例の「説明」「伝達」と「強要」との微妙な違いも問題となろう。ある人は、「慣例を伝えられること」が「強要」と感じられ、ある人は、「慣例なら従っておこう」くらいの気軽な気持ちで出していたこともありうる。

 

しかし、いずれにしろ、「慣例化していた」という厳然たる事実(大量現象)だけは明確になった。そして、この「慣例」のもと一番多くを受けとったとされる(ただし医局に対して提供されたとされ、個人に対するものではないとされる)学部責任者が、「停職処分」にあたるとされた。この「罪」に対する「罰」の対応関係を、今回の調査委員会が「判決」として示した。異議申し立ては? それが最終審となるのか、一審にすぎなくなるのかどうかは別として、現段階では、「謝礼」という「慣例」のなかに、学位審査の公正さを疑わせる要素(処罰に値する要素)があったということが、当局の選んだ調査委員会および当局によって「認定」されたということであろう。理事長の任命は市長であり、市当局の態度、ということになろう。

 

この「謝礼」という「慣例」(大量現象)は、医学部特有の問題として、実は、全国の多くの医学部にも見られるという。さて、今後どうなるか?

罪刑法定主義、というのが近代諸国家・近代的諸組織のとるべき原則であるとすれば、今回の場合、いかなる「法」に基づく「刑」の確定になったのか。職員倫理規定に新たに盛り込まれるという規定の件が報道されていたが、だとすれば、今回は、明確に規定されていなかった「法」によって、「刑」が下されたということになる。さらにまた、罰の軽重・妥当性は、問題になりうる。

 

 

一般的なことはさておき、われわれ全教員に係わる教員評価問題も、以上の問題と深く関係する。

SDシートを提出しないと処遇で差別する」というやり方の中には、問題はないか?

SDシートという各人のSelf Developmentのための資料を、「上から」「外から」任命された管理職が評価判定する、ということの中に、学問の自由(その制度的保障としての大学の自治)との関係で、本質的な問題はないか?[2] しかも、処遇(給与)にまで反映させる、ということになると、どうなるか?

 

そこには、大学教員の仕事のピアレヴュー(管理・被管理関係や支配・従属関係にない学界・社会等の多元的重層的な「同僚」評価)ではなく、管理職による評価という問題がある。これは、学問の自由という問題との関連で、根本的に問題をはらんではいないか?

そのように問題をはらんでいると考え、あくまでもSDシートを提出しようとしない教員に、処遇差別の文言を文書で示しているという強制状態には、問題はないか?

昨年度と同じ強制の文言が、今年度の学長文書にもあることの意味はどう評価するか?

 

 

 

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7月9日 今日の朝刊には、医学部における学位審査後の慣例化した謝礼を受け取っていた教授の「3ヶ月停職」処分の報道が大きく出ていた。この処分は、「罪と罰」との照応関係からして、妥当なのだろうか? 罪の程度の認定と罰の重さとは、説得的でなければならないが、どのような基準に基づいて行われたのか? 処分が適切であり、これ以上問題が紛糾しないことを期待するが・・・。適切さを欠くと、揉め事がさらに長引くことになろう。

 

 「罪に対する罰」の対応関係も、「労働に対する賃金」の対応関係、「業績に対する評価・処遇」の対応関係、「功績に対する顕彰」、逆に「損害に対する賠償」、「加害に対する補償」などの対応関係と同じように、それぞれに幾多の事例を踏まえた検討と公正・透明・適切な適用(全体的な発展的プロセス)が必要だが、その点、どうなっているのか? ものごとの処理の原則の点では、教員評価問題と連動する問題でもある。これらが、大学構成員にわかるように説明がなされるべきだが・・・

 

審議機関は?

処分とその軽重を検討する法廷(委員会?)の正当性は?

処分において依拠すべき「法」は?

大学自治との関係は?

 

また、新聞報道では、別の「役職経験の教授」に関する「懲戒通告」が予定されているとの文章もあった。当該教授は否認しているという。裁判において事実認定の正確さ、判決の公正さ・透明性が求められるが、その点、「否認」している教員はどのような対応を取るのであろう。

 

また、「違法」ではないかと、コンプライアンス委員会に訴えた女性医師は、上記のような「罪と罰」の関係からすれば、その罪を告発したのであって、差別されたり左遷されたりするのはおかしいことになる。その点はどうなるか?

刑事事件における検察の仕事を行った人間が、差別され左遷されるというのでは、コンプライアンス(法令順守)の理念・精神はどうなるか?

「臭いものには蓋」、内部からの、自治的な浄化は難しい、という一般的なことになりはしないか? 大学自治とは、立法・行政・司法の全側面で、自立的自治的に、法律体系に基づいて、確立されるべきものではないか?

 

 

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7月7日 教員組合ウィークリーが届いた。すでに(アクセスしたのは午後1時50分過ぎ)、「全国国公私立大学の事件情報」本日付にも掲載されており、その迅速さに驚いた。

 

教員評価制度に関する組合の質問に対する当局の態度は、「定款」その他の事項をそのまま前提として、「規程にそっており」、「何も問題ない」とする官僚的形式主義の回答である。およそ内容を具体的に検討するものとなっていない。その結果、たとえば、教育研究の現場においてどんな問題が発生しているか、これはあずかり知らない、ということである。役人とはこのようなものなのだろう。それはしかし、大学の自治を担う主体としての態度ではないであろう。

教員組合が問題にしているのは「規程」の内容、その妥当性、その制定過程の問題性なのだが、それらについては、自分たちは知らない、関係ない。自分たちは、「規程にしたがっているだけ」と。大学における自由な教育研究はこうして圧殺され、息苦しくされるのであろう。SDシートの問題性など、何もないかのようである。

規程の制定・改変は誰が行うのか?

「規程」の自治的自立的制定こそは、大学自治の根本に属する。その規程の改正、規程の妥当なあり方の検討、これがまったく無視されている。つまりは、「決められたこと」をただそのまま繰り返すだけであり、回答は、当局が「規程」の新たな創造の主体ではないことを示している。当局は自治の主体ではないのである。単に、どこかで「決められたこと」を執行するだけの役割しかもっていないことを示す[3]。教員組合が求めていることは、内容的には、まさにその規程の改正である。

 

全国の大学の中で、「学長」、「学部長」など管理職の任命を実質的に行政的な意味での「上から」、「外から」自由に行えるようなシステムは、いまのところ例外でしかないし、基本的には憲法に違反するであろう。回答が示す「定款」「規程」は、「大学の自治」がない現状を肯定している。「定款」、「規程」の運用における問題も見ようとしない。現在の大学で唯一自治的自立的である教員組合の質問に真正面から取り組もうという姿勢でないことだけは、今回の紋切り型の回答が示す。

 

「大学自治」における問題の一番具体的な事例は、PE問題であろう。

カリキュラム内容の審議決定権をどこが握るのか?審議決定の段階的プロセスは?学校教育法が決めている教授会重要審議事項の一つがカリキュラム内容では?

 

2年次にPEだけを理由とする留年生をかなり大量に生み出すことが、どのようにして正当化できるのか?

しかも、2年次に4年間もとどめておくことは、どのようにして合理化できるのか?

PE一科目のために、3年間、4年間留年させるのか?

むしろ、3年目の留年は認めず、退学させるのか?(しかし、2年以上の留年は退学と前もって示してはいない。)

 

PEだけの画一基準で2年次から3年次に進級させないことに、どのような教育上の合理的な根拠があるのか?

PE一科目だけのために、2年間も留年させるだけの意義が、PEにあることの説明は十分になされているのか?

PE・TOEFL500)TOEIC600) を2年次までにクリアしないと、なぜ3年次の科目、たとえば文科系では3年ゼミを取ることが許されない(ゼミ履修登録不可)のか?

3年次のゼミは、PE・TOEFL500点(TOEIC600点)を前提としたカリキュラム体系・実際の内容となっているのか?

 

学問分野を問わず、2年次から3年次への進級の必須の条件とすることの合理的説明は?

なぜ、医学部は、国際総合科学部とちがって、PEが卒業要件やその他の基準となっているのか?

なぜ、どのようなカリキュラムの合理性によって、国際総合科学部はPEの進級基準を2年次から3年次の段階に設けるのか?

なぜ卒業要件であってはいけないのか?

なぜ、普通の科目と同じように、各学生の到達度により、各人の専門・進路に対応して、「秀、優、良、可、不可」の段階的能力判定ではいけないのか?

 

国際化が進展している中で発生している深刻な問題としては、アジア諸国からの留学生に対しても、同じ基準を当てはめることから来る問題もある。中国や韓国その他からわざわざ日本に留学してきて、なぜPEのハードルをクリアしなければならないのか?本学のカリキュラム体系との整合性は?PEというハードルを設けて、留学生の数を増やしたくないための方策か?

 

これらに関して、多くの教員、そして多くの学生は問題にしてきたが、今だ、合理的な説明は一切ないと考える。

逆に、医学部との違いひとつとっても、実際に行われていることが、この専門・進路・学生諸個人による段階的能力判定というごく普通の成績認定の妥当性を示している。

制度導入・決定段階の異常さが、そしてこの間の審議否定の異常さが、きちんと検証されていないのである[4]

 

現在のシステムでは、この制度を決めた過程の検討を含め教育研究審議会(その長としての学長)から、明確な説明が必要だと思われるが、・・・

3月で本学を去った前学長はなんら十分な説明をしなかった。今回の当局回答と同じように、「決められたこと」、「決まっていること」だからと、仮進級制度も初年度入学者に対してだけ認めるという態度を貫徹した。その結果が、累積する留年生ということになる。

 

コース会議・代議委員会などでこれらに関する議論がでても、審議対象となってこなかった。

こうした事態は、「定款」「規程」を根拠とすれば、許されることか?

学校教育法上許されることか?

「定款」、「規程」は、国家の定める法律に優先するか?国家の諸法律を規制する憲法に優先するか?

企業内の私的制裁を、企業の「規程」だからといって行うことは許されるか?

企業の「規程」は、法律の範囲内でなければならないのでは?

そうした問題には一切応えようとしない態度が、今回の当局回答にも示されているといえよう。

すなわち、根本問題は、回答の背後、当局の意思決定とその過程の根幹、にある。

 

PEに関するアンケートを行うという。アンケートを入念に行うことは重要。しかし、アンケートへの回答において、いくらいい結果が出ていても、それを制度改正に結びつける柔軟な意思決定システム・意思決定過程がないならば、何も問題は解決しないであろう。「アンケート」なるものが、適当につまみ食いされた苦い経験も、想起される。

その点、教員評価問題と同じであろう。「聞き置く」。「承っておく」・・・だけ?。

 

 

 

-------横浜市立大学教員組合週報-------

 

横浜市立大学教員組合週報

 

 組合ウィークリー

2008.7.7

 

もくじ

 

●教員評価制度に関する組合の要求声明(2008.6.9)と当局回答(7.1)

●7月10日(木)開催の教員組合上期定期総会に参加ください。

 

 

教員評価制度に関する組合の要求声明(2008.6.9)と当局回答(7.1)

 

 教員組合の拡大執行委員会での審議に基づいて、6月9日付で教員評価制度に関する組合の要求声明を作成し、当局に手渡しました。その回答が7月1日にありましたので、お知らせ致します。組合の要求声明の項目ごとに回答の内容を赤字で記しました。

 

教員評価制度に関する組合の要求声明(2008.6.9)と当局回答(7.1

 

 

1.         1.         平成19年度の教員評価結果について、領域ごとに1次評価者の評価結果および2次評価者の評価結果を各教員に文書で示せ。

 

A平成19年度の教員評価結果については、521日に各教員あてに2次評価結果である「領域別評価」および最終評価結果である「総合評価」を文書で通知しております。

 

2.         2.         平成19年度の評価基準を示せ。教育評価者研修においてA〜Cそれぞれの評価基準について、いかなる方針が示されたのか、説明を求める。

 

A平成19年度の評価基準は実施要綱第9条に記載されているとおりです。評価者研修も実施要綱に沿った内容となっております。

 

3.         3.         評価者の修正意見は助言にとどまり、指揮・命令は許されるべきでない。ウエイト変更も指示は許されない。教員間には、管理職の選任方法、その教育研究能力および評価能力について大きな疑問がある。多くの教員が、管理職から修正要求を受けることに、大きな疑問・不満を抱いている。現行の管理職(評価者)の選任方法、それによって選任された管理職(評価者)の教育研究能力および評価能力が、教員評価を客観的かつ公平におこなうに十分なものであるということは何によって保証されるのか、その根拠を説明せよ。

 

Aご意見としては承りました。

  評価段階においては、一次評価者と面談を実施し、さらに二次評価者や部会等を通じて評価を行うため、評価の公平性は担保されると考えております。また、評価者研修を定期的に実施するとともに、不服申立制度を整備し、評価の公平性の確保に努めていきます。

  なお、現在の教員管理職の選出方法等に問題があるとは認識しておりません。

 

4.         4.         コース長・共通教養長の選出方法をコース所属教員・担当教員の互選に改めよ。管理職に各教員の研究内容等に関して判断できる能力があるのか疑問の声が強い。上からの管理職任命というシステムのもとでは、パワーハラスメントの温床を一つ増やすこととになり危険である。

 

A 現在の教員管理職の選出は規程に沿って行っており、選出方法に問題があるとは認識しておりません。

 

5.         5.         「平成19年度教員評価不服申立の手続きに関する取扱」は不適当な内容を多く含む。平成19年度教員評価結果に対する不服申立制度について事前に教員組合に協議しなかったことに強く抗議する。平成19年度の教員評価不服申立の手続きおよび平成20年度以降の教員評価不服申立の手続きについて組合と直ちに協議せよ。

 

A 必要に応じて協議してまいります。

 

6.         6.         「平成20年度教員評価の実施について」(平成20年5月21日付)において、「法人としては、諸課題を整理したうえで、20年度の評価結果については21年度の給与等の処遇に反映していく予定です」等と記しているが、20061130日の団交時に当局が回答しているように、「処遇への反映は教員組合との協議事項」であり、「処遇への反映は、教員の理解が得られてから」(以上、「団交の記録」(平成181130日))であったはずである。当局は団交において回答した自らの発言内容を堅守せよ。

 

A 平成20521日付の通知において、「法人としては、諸課題を整理したうえで、20年度の評価結果については21年度の給与等の処遇に反映していく予定」としています。また、平成20326日の団交時においても「教員評価制度の処遇への反映方法については協議を行う」としております。

 

7.         7.         「平成20年度教員評価の実施について」において、「SDシート未提出者は、今後設定する評価の中で最低の評価となります」旨記しているが、本学の評価制度が様々の重大問題を抱えていて修正の必要性があるにもかかわらず、このようにSDシート提出を強制するのは不当である。本学の評価制度についてこれまで教員から出された意見が具体的にどのように反映されたのか、明らかにせよ。

 

A 昨年度に教員からいただいた意見を反映し、改善した点としては、組織目標を早めに提示してもらいたいというご意見に対し、評価開始時にほとんどの組織目標をお知らせすることができました。また、教員評価システムにおいて印刷機能を充実してほしいというご意見に対して印刷機能を追加したことなどが挙げられます。今後もいただいた意見を参考に、必要な見直しを行ってまいります。

 

8.         8.         昨年度秋、SDシートに記載するほかに、別の事項についても記載するよう求める文書が送られてきた。平成20年度に教員評価に関してSDシートの他に教員が記載するものがあるのか回答を求める。

 

A 教員評価で教員が記載(入力)するものはSDシートのみです。被評価者が評価面談等で評価内容を深める意味でSDシート以外の資料を活用することは差し支えないと考えております。

 なお、昨年秋と今年の5月にお送りしたものは、自己評価の際に参考等としていただくために部会ごとに例示した評価項目であり、SDシート以外に記載を求めるものではありません。

 

9.         9.         学校教育法に基づいて本来教授会が審議事項として決めるべきことが教育実績の評価を行う前提となる。カリキュラムの編成を全面的に教授会・コース会議の権限とせよ。

 

A 地方独立行政法人法第七十七条第3項では、公立大学法人は定款で定めるところにより教育研究に関する重要事項を審議する機関を置くものとされており、公立大学法人横浜市立大学定款では「教育研究審議会」を置いております。定款第21条(5)では、「教育課程の編成に関する事項」は教育研究審議会で審議することとなっているため、本学ではカリキュラムの編成を全面的に教授会・コース会議の権限とすることはできません。

 

10.    10.    上記に掲げた事項が明らかにならなければ、本年度のSDシートを適切に記載できない。SDシート提出期限を延期せよ。


A 個人目標設定(SDシート提出)期限は613日で、一次評価者による個人目標了承期限は630日としています。業務等の都合で期限までに提出できない場合を除き、SDシート提出期限の延期は考えておりません。

 

●7月10日(木)開催の教員組合上期定期総会に参加ください。(午後6時より。シーガル・スタッフルーム)

 

 2008年度上期定期総会が7月10日(木)午後6時からシーガル・スタッフルームで開催されます。この定期総会では、2008年度下期の活動方針等の審議を行います。教員評価制度に関する方針が最も重要な議題となります。総会に先立って6月26日に行われた代議員会でも、この問題について様々な意見が出され、例年になく長時間の代議員会となりました。

 教員評価制度は任期制、給与だけでなく、教員の職務のあり方に悪しき変革をもたらす危険性をはらむものです。多くの組合員が率直な意見を交わし、それにもとづいて方針を決めることが今とくに必要です。組合総会の後にはささやかな懇親会(立食パーティー)を予定しています。ぜひご参加下さい。

 

 

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73日 PEに関しては問題は根本的な意味では解決していないため、今後、アンケート調査などを行うようである。この間に明らかになった諸問題を直視して、制度設計に大胆で適切な修正を施すことができるかどうか。データの極秘化などという態度は、問題を直視する態度ではないであろう。

 

 

 

 

 

 



[1] 学位が取れるまで指導してくれたことに対する感謝の気持ちは、十分ありうる自然な感情であろう。

その感謝の自然な気持ちを、どのように表現すればいいか?

 

 学位取得後、さらに立派な研究業績などそれぞれの専門で業績を積み上げ、学位取得が偽者ではなかったこと、学位取得が本物であったことを立証すること、そして、いい研究者を育てたことが精神的充実感を指導教官にもたらすこと、こうしたことが考えられる。

 

 他方、問題の所在としては、学位審査の仕事にどのように報いるべきかというシステムの問題がある。

 

学位審査における審査料の「微量さ」、学位審査の指導に当たる苦労に見合ったしかるべき指導料(大学院手当て)の少なさなども、組合としては問題にしていかざるを得ないだろう。

 

明確にかなりの多大の労苦が、経営サイド・法人サイドからきちんと評価され処遇に反映されていれば、学生からの謝礼を受け取るということもなかったかもしれない。

 

本学の教員に対して経営サイド・法人サイドから支払われる学位認定料は、妥当か?

 

大学院手当ては、働くものも働かないものも同じになっているとすれば、それによる問題はないか?

 

大学院を維持するための大学院手当ては、均一化されるとしても、学位取得の指導の結果としての学位認定に当たっては、しかるべき審査料をこそ出すべきでは?

 

現状は、「すずめの涙」ほど。学位審査などやらないほうが得、などという風潮をもたらしてはいないか?それは、「謝礼」慣例化とも関連してはいないか?

 

[2] 私は、今回は提出してみた。どのような介入やどのようは評価を、管理職や教員評価委員会が行ってくるか、実際を見てみようというわけである。

 

[3] ただし、昇任規定などでは、かなり強引な改正が行われてきていることは、この間、いろいろと明らかにされている。

 規程類の改定も、一部、必要に応じてやってはいるのである。

 

[4] 制度導入・決定段階の組織と責任者は?

その運用段階における組織とその責任者は?

前学長など一連の人々がその責任者であったことは間違いないところだが・・・

だが、彼らが去った後、累積した眼前の問題を解決できないとすれば、現在のしかるべき人々に責任が・・・・