国会放火事件Reichstagbrand


1.単独犯説・・・・現場にいたルッベ・・・・ルッベは単独の反抗と自供



2.ナチの主張・・・「コミュニストの陰謀・クーデター計画」・・・「4人のコミュニスト逮捕」、裁判
 ・・・・・しかし証拠なく、また、アリバイ証明もあり、立証できず、無罪釈放。

  コミンテルン活動家ディミトロフの裁判記録・主張


3.ナチ陰謀説(ナチスが選挙で勝つためにやった)・・・ニュルンベルク裁判での内務省官吏証言・・・突撃隊10人ほどの放火工作
 ・・・・ 一般にはこれが受け入れられていた。

4.モムゼンなどの説・・・単独犯でも十分実行できた。

     ヒトラー、ゲーリングなどは、これを即興的に利用し、ワイマール憲法停止の大統領令を発布…徹底的にコミュニストを弾圧したのだ。




1972大月(ディミトロフ生誕90周年記念、   1933-1941noの著作・・・ブルガリアで1951-1955発行のディミトロフ選集





1972年




国際ヴァンデアルッベ委員会(オランダ)1933、      Hamburg 1983



Rastatt/Baden 1962




Berlin-Brandenburg 2008




München 2010





Köln 2013



2014amerika,     Reinbek bei Hamburg 2016