「付加価値」概念の検討
はじめに
国民経済計算の基礎概念として「付加価値」がある。日常的なビジネスの会話などでも「付加価値の高い商品を生産する努力などと言われる。それでは、いったい付加価値とは何なのか?
付加価値という以上、価値がいったい何なのか、これも確定しなければならない。
労働価値説の体系、その完成形態としてのマルクスの諸範疇とどのように関係するのか、これを確認しておきたい。
1.有斐閣『経済辞典(第4版)』の定義
有斐閣『経済辞典(第4版)』によれば、次のように定義される。まず商品に関して。
「生産において新たに付け加えられた価値。国民経済計算の基礎概念。産出額から原材料使用額などの中間投入分を差し引いたもの。たとえば,
x 円の小麦粉を使って y 円の価値をもつパンを製造したとすれば,
y-x 円がこの生産過程の付加価値である。すべての付加価値を国全体で加えれば国内総生産になる。機械設備などの減価償却(資本減耗)分を差し引いた純付加価値を考えることもできる」と[1]。
付加価値をこのように定義する以上、まず確認しておくべきは、小麦粉の価値=x円、パンの価値=y円という規定が前提にあるということである。
また、商品としての小麦粉がその使用価値(効用・有用性・自然的性質)をもつと同時に、一定量の価値(交換価値)をもっているということが、「ある一定量の小麦の価値=x円」という定式の中に表現されている。(商品の二つの要因・・・使用価値と価値)(商品の二つの要因に関するリカード『経済学および課税の原理』の説明)
付加価値は、二つの価値の差(プラス分)として定義されている。これは重要な定義なので、まず確認しておこう。すなわち、価値ということばがあって、二つのものの価値の差として付加価値が規定されている。価値ということばが、その商品が他のものと交換されるときの価値を意味していることは、価値=x円という表現から明らかである。
さて、当該生産過程において「新たに付け加えられた価値」が「付加価値」である。具体的には、「産出額マイナス原材料使用額など中間投入分を差し引いたもの」(額)と規定される。ここで価値は、商品(財貨)の貨幣額で示され、その貨幣額と等置されている。別々の商品が、共通の価値尺度である貨幣(通貨)額で価値を表示され、相互の関係が量的な関係におかれている。
具体例で示されるのは何か。
パンという製品y円に関して、その原料x円を引いたものが、「付加価値」であるという。この説明は、不十分・不正確である。なぜか?
パンという製品を製造するためには、原料である小麦粉の他、水道光熱費などの流動資本、人件費(v)などの流動資本、機械設備・工場など固定資本(減価償却分、仮に)が必要である。「中間投入」の内容が正確に規定されていない上記の説明では、これらがカウントされていないからである。
ただし、あとのほうの説明で、「機械設備などの減価償却(資本減耗)分を差し引いた純付加価値を考えることもできる」とある。ということは、通常の付加価値の中には、機械設備などの減価償却(資本減耗)分が算入されている、ということである。
しかし、「付加価値」とは、当該生産過程で「新たに付け加えられた価値」だとはじめに定義している。この規定に厳密に合う内容は何か。
機械設備など固定資本部分(商品の価値=価格にはいるものは、固定資本の場合は減耗部分だけ、製造への利用は全機械設備だが、商品への価値移転は一部分、すなわち減耗部分=減価償却費部分だけ)はパン製造会社においては、他の企業から購入したものであり、自分のパン造工場であらたに生産したものではない。
パンの価格(y)(価値)のなかには、その製造のために使用した機械設備等のコスト(減耗分)も含めなければならないが、しかし、算入される固定資本の減耗分(減価償却費額の価値)は、パン製造過程で新たに付け加えられたものではない。小麦粉など同じく、商品価格(価値)から差し引かれるべきものである。
はじめの定義と対応するのは、この「純付加価値」であろう。
いま、小麦粉のような原材料費(製品にそのまま全部算入されるコスト部分cr)と機械設備のような一部分(減耗部分)のみがコストに算入される償却費(ck)とを合わせてcとする。C=cr+ck
生産において投じられた人件費をvと置く。当然、商品を販売して、人件費をまかなうことができなければならない。企業が、支払う人件費は、企業以外の従業員に対する給料とうである。労働者は、このパン製造の過程で労働する。労働を提供して、原材料と機械設備を使ってパンを製造する。人件費に相当する労働を新しくこの生産・製造過程でつけ加える。
もしも、商品の価格が、原材料費+機械設備+新しくつけ加えた労働(人件費部分)だけの額であれば、パン製造企業は、なにも儲けを手にしない。他の企業への支払い額cと労働者に支払った賃金額vだけの価格なら、いっさい儲けがないことになる。すなわち、儲けの部分の価値も、パン製造過程で付け加えなければならない。これをmと置く。
つまり、パンの価格(価値)は、c+v+mでなければならず、cとvは支払ってしまう部分、このパン製造会社に残るのはm部分の儲けだけ、ということになる。と同時に、パン製造過程で、支払った(支払うべき)賃金部分に相当する新しい価値と儲けの部分に相当する新しい価値をつけ加えなければならない。すなわち、付加価値とは、マルクスにおけるv+mである。
有斐閣『経済辞典(第4版)』では、次に、企業レヴェルでの「付加価値」をつぎのように定義している。個々の商品に関する定義ではなく企業全体の生産に関して定義された「付加価値」の定義である。
「企業が生産・サービス活動によって新たに生みだした価値。企業の生産額からその生産のためにほかの企業から購入して消費した財貨・サービスを控除した額が付加価値額となる。」
当該企業(ここではパン製造会社)が、一定期間(たとえば会計期間としての一年)に製造した生産額y=その間に消費したc+人件費v+儲けmとなり、他の企業に支払ったc部分を除けば、このパン製造企業で生産活動により新しくつけ加えた価値(付加価値)は、v+mとなる。
Vが人件費相当部分の額であり、人件費は、働く人の提供する労働に対する対価である。それでは、m部分は何か。m部分は何によって生まれるか。
マルクスは、企業に働く人々は自分たちが受け取る人件費部分(必要生活費相当部分)に対応する仕事(労働時間)だけではなく、余分(の労働時間)に働くとする。それを剰余労働と定義する。
これが、現在の支配的な経済学では説明されていない。しかし、人件費が労働の対価として全労働時間にたいおうするものであるとすれば、剰余部分を生産する労働は存在しないことになる。
現代企業(所有と経営が分離している企業)においては、会社で働く全体の人間(トップから末端まで)が生産・営業活動をおこない、v+mを作り出し、多かれ少なかれ、その付加価値を実現する。
その付加価値のうち、一部が人件費(財務省法人企業統計によれば70パーセント程度)、それ以外が、さまざまの資本所有者(銀行に集められ貸し出された資本、社債に投じられた資本、企業自身の内部留保など)・不動産所有者(土地建物の所有者など)と経営トップに配分される。
2.都留重人編『岩波小辞典 経済学』(2002年)
「近代的な企業は、典型的には、機械を使い、原料や燃料をよそから買い、労働者をやとってなんらかの商品を生産して、それを市場で売ることにより利潤をあげる。機械の減耗をおぎなう経費と、よそから買った原料や燃料の費用を差し引いた残りの部分は、その企業が労働者の協力をえて新しくつりだした価値に相当し、これを付加価値とよぶ。個々の企業の付加価値を一国全体について合計すれば(生産国民所得)に等しくなる。・・・・企業経営分析の慣行では、減価償却費をも付加価値のなかに含めて計算するのが常である。総売上高を分母とし、それに対応する付加価値を分子とした比率を所得率とよぶ。」
「機械の減耗をおぎなう経費と、よそから買った原料や燃料の費用」は、上に述べたcに相当し、付加価値=v+mとなっている。このmのことを上の定義では、利潤と呼んでいる。付加価値とは人件費に相当する部分と利潤とからなるわけである。
この定義でも、付加価値を生みだすものが何か、付加価値の実体が何かについては説明がない。すなわち貨幣額(日本銀行券等中央銀行券の表示額)で表現されているものの実体は何か、ということは明らかにされていない。しかし、新たな効用(使用価値)を生み出し、一定の新たな価値を創造するのは、人間の働き(仕事)以外にない。すなわち、労働以外にない。当該企業に働く人間総体がその労働(仕事)によってつけくわえるものでしかありえず、価値の実体は労働(一定時間の抽象的人間労働の対象化されたもの)である。これが労働価値説である。
労働価値説の体系、マルクスが完成したこの体系、労働価値説の主張は説得的である。
とくに、一国全体の付加価値の総計は、企業間の付加価値の販売過程におけるプラス・マイナスを総計として相殺するもので、一定国民(掌握されたかぎりでの企業総体)の労働の生み出した付加価値の社会的確認という点で、重要な意味を持つ。
当該企業で働く人間総体は、生産手段(資本で手に入れたもの・・・他人資本と企業の自己資本とからなる)を所有せず、資本の提供者に自分たちが生産した付加価値の一部を利子、不動産賃貸料、配当金などとして差し出し、さらに法人内部に留保する。
付加価値の構成と利益処分(財務省法人企業統計)とがそれを示す。
企業の中でも、役員は特別に役員賞与を企業業績に合わせて取得する。
3. 伊東光晴編『岩波 現代経済学事典』
ここでは次のように定義される。
「企業が生産活動の結果、新しく創出した価値。その価値を総計すると、企業部門が国民経済に付加した価値。経済学的には国内総生産(GDP)となる。
付加価値の計算方法には、控除法と加算法の2つがある。
控除法は、生産高(または売上げ高)から、原材料費や外注工賃など企業が外部市場から購入した価値(全給付費用)を控除して付加価値を計算する方法である。控除法は減算法とも呼ばれる。
他方、加算法は、人件費や支払利息など企業がみずから生産した付加価値要素を加算して付加価値額を計算する方法である。」
減価償却費の取り扱いで二つに分かれる。
「減価償却費は理論的には前給付費用に含まれる」とする。すなわち、新しく当該企業が生産した価値には含まれない。
しかし、「減価償却法の選択は各企業の判断にゆだねられているために、その金額は各企業の裁量を反映したものとなる。そうした裁量の影響を除去するために、減価償却費を含めて付加価値を計算する場合がある。このような付加価値を租付加価値という。これに対して減価償却費を含まない付加価値を純付加価値という。」
理論的には純付加価値を付加価値と定義するのが妥当である。減価償却費を含めるとどうして「裁量の影響を除去する」ことになるのか、理解に苦しむ。企業によって減価償却法において裁量があるのならば、その結果としてでてきた減価償却費も企業による裁量が含まれていると見るのが普通ではないのか。 すなわち、この場合も、「裁量の影響」については除去できないのではないか。
「どの方法によって付加価値を計算するべきかについて、定説はない」とされる。
「たとえば、生産性本部統計では、[付加価値=純売上高−{(原材料費+支払い経費+減価償却費)+期首棚卸高−期末棚卸高±付加価値調整額}]という計算式(控除法による純付加価値計算方式)・・・・
日本銀行統計では、[付加価値=経常利益+人件費+金融費用+賃借料+租税公課+減価償却費]という計算式(加算法による粗付加価値計算方式)・・・・」[2]
「付加価値は主として、生産と分配の2つの側面から分析される。たとえば、企業の労働生産性は、[労働生産性=付加価値/平均従業員数[3]]として計算される。
労働生産性はさらに、[労働生産性=(売上高/平均従業員数)×(付加価値/売上高)=一人当たり売上高×付加価値率]のように分解される。
他方、付加価値は、企業に生産要素を提供した利害関係者に所得(報酬[4])として分配される。もっとも重視されるのは労働分配率であり、[労働分配率=人件費/付加価値]として計算される。労働分配率はさらに、(人件費/平均従業員数)÷(付加価値/平均従業員数)=従業員一人当たり人件費/労働生産性]のように分解される。この労働分配率の分解式は、賃上げが労働生産性向上の範囲内であれば、労働分配率の上昇は生じず、賃上げが経営の圧迫要因とはならないこと、換言すれば、その賃上げは、付加価値の従業員に対する正当な分配であることを示している。
4.価格と価値の関係
以上、現代支配的な経済学における付加価値を見てきたが、ここでは価値は価格と同じものとされている。価値は、価格、すなわち価値の貨幣による表現と一致するものとして表現されている。
管理通貨制度のもとで発行される通貨が、諸商品の価値の相互関係を適切に反映している、という傾向(インフレやデフレの大きな変動期ではない通常の緩慢な変化の場合)を前提にしている。
諸商品の交換価値=交換比率が、通貨によって適切に反映されているというとき、価値の通貨表現と価値との関係が一体化する。
5.
[1] ここで注意しておくべきことは、円(貨幣額・通貨額)で、付加価値が表示されていることである。
管理通貨制度の下では、かつてのような貴金属貨幣のような通貨とは違って、通貨(貨幣)それ自体には、価値はない。通貨は日本銀行券であり、紙で印刷されたものであり、その素材としての紙自体には、それが表示するだけの金額の価値はない。中央銀行券が表示する金額は、商品世界の膨大な商品群の価値(その相対的な交換比率)を表示するための物差しであるに過ぎない。個々の商品は、通過の金額で自らの価値を表現し、流通過程でそれを多かれ少なかれ(つけた価格どおりかそれ以下か、場合によってはそれ以上か)実現する。
引用した定義が表していることは、実現された価値である。「売れた商品の金額=価値」から「原材料など購入した商品の金額=価値」を差し引いたものとして、実現された付加価値が、定義されている。
現実の市場は、商品につけられた価格(価値をあらわすものとして売り手によってつけられた価格)がそのまま実現できるわけではない。
商品の価格と実現された金額(価値)とは別物である。安売りなど日常の現状がそれを示している。
管理通貨制度の下で、通貨(中央銀行券)が、諸商品の交換比率のみを諸商品に対して中立的に表現する手段となることで、諸商品相互の価値の比較を明確にし、競争条件を明確化する。
しかし、日常的な為替変動が示すように、通貨の価値は日々多かれ少なかれ変動している。諸商品の生産条件、諸商品の流通条件が、日々、無数の参加者(売り手と買い手)の競争の中で変動しているからである。
[2] 財務省の法人企業統計では、減価償却は取り除かれており、純付加価値となっている。
年次別法人企業統計調査(平成14年)について
|
第4表 利益処分の推移
|
(単位:億円、%) |
|
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
|||||||
|
構成比 |
|
構成比 |
|
構成比 |
|
構成比 |
|
構成比 |
|||
当 期 純 利 益 |
△5,333 |
* |
21,678 |
100.0 |
84,173 |
100.0 |
△4,656 |
* |
62,230 |
100.0 |
||
役員賞与 |
7,693 |
* |
6,274 |
28.9 |
8,064 |
9.6 |
5,650 |
* |
8,967 |
14.4 |
||
配当金 |
43,810 |
* |
42,206 |
194.7 |
48,316 |
57.4 |
44,956 |
* |
65,093 |
104.6 |
||
内部留保 |
△56,836 |
* |
△26,802 |
△123.6 |
27,793 |
33.0 |
△55,262 |
* |
△11,830 |
△19.0 |
(注) 当期純利益=経常利益+特別利益−特別損失−法人税・住民税 |
第5表 付加価値の構成
|
(単位:億円、%) |
|
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
|||||||
|
構成比 |
|
構成比 |
|
構成比 |
|
構成比 |
|
構成比 |
|||
付加価値 |
2,704,127 |
100.0 |
2,675,469 |
100.0 |
2,766,294 |
100.0 |
2,568,917 |
100.0 |
2,578,691 |
100.0 |
||
人件費 |
2,033,555 |
75.2 |
2,019,617 |
75.5 |
2,025,373 |
73.2 |
1,928,607 |
75.1 |
1,899,189 |
73.7 |
||
支払利息・割引料 |
182,101 |
6.7 |
144,427 |
5.4 |
135,564 |
4.9 |
116,524 |
4.5 |
109,119 |
4.2 |
||
動産・不動産賃借料 |
273,979 |
10.2 |
249,560 |
9.3 |
256,993 |
9.3 |
247,182 |
9.6 |
258,664 |
10.0 |
||
租税公課 |
143,363 |
5.3 |
113,593 |
4.3 |
107,279 |
3.9 |
97,515 |
3.8 |
100,415 |
3.9 |
||
営業純益 |
71,129 |
2.6 |
148,272 |
5.5 |
241,085 |
8.7 |
179,089 |
7.0 |
211,304 |
8.2 |
||
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
||
付加価値率 |
19.6 |
19.4 |
19.3 |
19.2 |
19.4 |
|||||||
労働生産性(万円) |
712 |
694 |
702 |
695 |
712 |
|
[3] この意味は、一人当たりの付加価値生産額。少ない人間でたくさんの付加価値を生産すれば、労働生産性が高くなるということ。
少ない労働量(v)でたくさんの付加価値(v+m) を生産すれば、剰余価値率(m/v)が高くなるということ。
労働の生産性が高くなり、一労働日のなかでvが相対的に小さくなり、mが相対的に高くなれば、剰余価値率(m/v)も高くなる。
労働の生産力が高くなるということは、しかし、少ない数の労働者で生産を行うということであり、生産性の高まりと同時に就業する労働者の数は減少することになる。相対的過剰人口を生み出すことになる。
[4] 賃金と利潤(利潤は、利子と役員報酬=企業者利得に分離)、地代
労働に対しては賃金、貸付資本(銀行からの借入れ、社債)に対しては利子、土地の貸し手(地主)には地代、その他の不動産の貸し手に対して賃貸料、法人に対しては準備金等、資本(株主)に対しては配当といったところ。