西洋経済史 レポート
EU統合と通貨統合
はじめに
EU統合による多くの政策のうち、通貨の統合、ユーロが導入された。
はじめそれを聞いた時、それは出来るのだろうか、と思った。メリットも多いだろうし、ヨーロッパをそれこそ1つの共同体にするために大きな前進だとは思ったが、富裕層はまだしも、貧困層の人々にとって、果たしてやっていけるのだろうか、と。
考えようによっては、1つの通貨で貧富の差があるのは当然だとも思った。たとえば、アメリカ。あの国も、自治権を持った州の集まりで、同じドルを使っていても、州ごとに貧富の差がある。そのように考えることも出来るのかもしれない。
しかし、今まで違う通貨でやってきた多くの欧州の国々が、さあ、この日から通貨を1つにしよう、といって出来るものなのだろうか。それを疑問に思ったため、調べてみることにした。
ユーロの導入
ユーロの導入に至っては、長い年月を掛けて練られていた。そして、ユーロを強い通貨にするために、各国の中央・地方政府と社会保障会計を合わせた財政赤字をGNPの3%以下に抑えることを義務づけたのだ。ある国が財政赤字を増加させると、ユーロの金利が上昇してしまい、通貨統合のメリットがなくなってしまう。それではユーロが強くならないためである。
1992年の時点で条件を満たしていたのは現在のユーロ圏12カ国のうち四カ国にしかすぎなかった。財政赤字比率が12.3%のギリシャ、9.5%だったイタリアなどはユーロ導入は不可能だと思われていた。しかし、97年にはイタリアを含む11カ国、99年にはギリシャもこの条件を達成した。
ユーロ導入時、理論的支柱としたのは「最適通貨圏の理論」だった。経済が開放的で貿易依存度が高く、資本や労働力の流動性も高い国々は、それぞれ独自の通貨を持つよりも単一通貨を導入する方が合理的だというのが主な内容だ。労働力の流動性が高ければ、不況で失業者が増えても好況の国に移住してもらえばよい。
だが、ユーロ圏は単一通貨を導入するには最適環境でなかったと指摘する専門家が多い。それは、たしかに国家間のヒトの移動は制度的には自由だが、実際には言語の違いなどが障壁となり、労働力の流動性が高いとは言えなかったからだ。その点がアメリカとの違いであると言えるであろう。
それでも欧州各国がユーロ導入に踏み切り、厳しい構造改革を推し進めたのは、次のような経済的利益が不利益を大きく上回ると判断したためである。
・物価と金利の安定。多くのEU諸国は70年代から90年代前半まで、物価と金利の上昇に苦しんだ。その中でドイツは旧西ドイツ時代から物価の上昇率と金利を比較的低めに抑えてきた。中央銀行のドイツ連邦銀行が金融政策を厳格に運営したからだ。周辺国は、単一通貨を導入して金融政策をドイツ連銀のような力のある中銀に一任すれば、物価と金利を安定できると考えた。
・外国為替相場の変動リスクや両替のコストの消滅によるユーロ圏内での投資や輸出入の促進。圏内12カ国を含む15ヶ国が加盟するEUはユーロ登場前、欧州為替相場メカニズム(ERM)という仕組みを採用していた。あらかじめ決めた変動幅の中で相場を調整する管理変動為替制度だ。しかし、投資家が一部通貨を集中的に売り、相場が幅を外れることもあった。
・価格の透明性の向上。単一通貨を使えば異なる国の商品やサービスの価格を容易に比較できる。消費者は企業に商品やサービスの価格を域内の最も低い水準にあわせることを求めるはずだ。資源の適正配分にもつながる。
・圏内各国の資本市場を単一通貨ユーロの元に統合し、規模を拡大できる。資本市場は規模が大きくなればなるほど、より適切な株式相場や金利水準で資金の調達や運用が可能になる。ユーロ導入前の各国の資本市場は小規模で、多額の社債などの発行は難しかった。
EU域内の経済格差
国際的な価格差が生まれる要因として、いくつかの理由がある。
@貿易障壁
これは、関税、輸入制限、非関税障壁といったものに、各国での輸送費、流通コストが含まれたものである。さらに、各国の税制、政府調達等の経済制度の相違もあげられる。このような競争下におかれると、独占、寡占が生じやすい。
A各国の経済発展段階の差
高所得国は物価が高く、低所得国は物価が安い、といったことである。
B技術的要因
統計上は同じ財でも、国際的な価格差が生じるものだ。例えば、ブランド米と輸入米とでは、消費者が別の財と認識し、価格差が生じる、といったものだ。
そもそも経済格差を収斂させるため、というのはユーロという統一通貨を導入するうえでのメリットの1つである。その考えは僕には無かったので、興味深かった。
それはこういう理由からだ。ユ−ロ導入前は、それぞれの国が自国通貨建てで商品価格を表示していたため、それが他の国と比較して高いのか安いのか、消費者は為替換算をしないと分からなかった。しかし、統一通貨が導入されれば、商品の国際的な高低は消費者にとって一目瞭然で、商品価格は同一価格に向かって収斂するとされた。これは、経済学的に見れば通貨の持つ表示機能、もしくは計算単位としての機能といわれるものであり、ユーロの導入によってEU域内でこの機能が強化されることが期待されたからである。
実際はどうなのか。確かに価格差は縮まってはきている。がしかし、だからといってこのまま収斂が続くと考えるのはいささか難しい。
なぜか。一般に規制が緩和され、生産要素移動が自由化することは、所得格差を縮小させる効果と拡大させる効果との二つの側面がある。例えば、国際間で労働力の移動が自由化されれば、低所得地域や高失業国から高所得地域や経済活動が活発な国に労働力が移るため、国家間での所得格差を縮小させる効果を持つ。
しかし、その一方で、資本や技術が国境をまたいで自由に移動するようになると、域内での産業特化と集中化が生じ易くなる。この場合、資本は必ずしも低所得地域に向かうとは限らない。低賃金であってもそれに見合うだけの生産性が伴わなければ、投資は高所得地域で集中的に行われる可能性もある。
例えばイタリア国内をとってみても、南部と工業が集中する北部とでは2 倍近い所得格差が存在する。まして政治的・文化的・言語的に均一でないヨーロッパ域内では、人の移動は容易ではない。人の移動の円滑化が伴わない状況で非関税障壁の除去、規制緩和、統一通貨の導入などによる投資活動の自由化を進めても、かえって国家間での生産性格差を助長して、所得格差を生み出す結果になることも十分に考えられる。
確かにアイルランドのように外部から投資を受け入れて、かつての低所得から大きく所得を伸ばした国もあるが、その反面、デンマークのように相対的な高所得を維持して平均値への収斂傾向の見られない国もある。このように、国家間の所得格差が縮小しなければ、域内価格差が収斂することも容易ではないであろう。
今まで国同士の価格差について考えてきたわけだが、次に、視点を変えて、財、サービスについての価格差について考えてみようと思う。
賃貸料・光熱費、医療サービス、教育などの非貿易財は、域内価格差が大きい。これに対して、食物、衣類などの貿易財では、域内価格差が比較的小さい。
これは非貿易財が貿易財に比較して、国際的な価格競争に曝されにくいことから生じる一般的傾向である。こうした一般的な傾向から大きく離れているものとしては、アルコール飲料・タバコ等がある。これらは貿易財ではあっても北欧等では高い物品税を課されているため、域内価格差が大きくなる。
と、貿易が絡まない財、サービスはついては、各国の経済発展段階の差が顕著に現れるといえるだろう。その点から見ても、ユーロを導入したからといって、価格差の収斂が進むかというわけではないと言えるのだ。
おわりに
今後もEU 域内の所得格差を縮小させていくためには、EU 税の徴収や開発投資、EU 全体での雇用保険や福祉制度が実施できるような強力な政治力を持ったEU 連邦政府が必要になるだろう。しかし、直接税に関して、EUの干渉を嫌う国も多い。よって為替リスクはなくなっても、税制が旧来のままであるので、合法的な脱税など、起こる問題は多くなってくる。さらに、そうしたEU の政治統合には時間がかかるため、所得格差の是正も急には進まないといえる。EU 域内価格差の現在以上の収斂には、今後まだ多くの時間が必要と考えられるのである。
このように、問題は山積している。ユーロが導入され、経済統合が完成されたように見えるが、まだスタートラインにたっただけである。本当の意味でのEU統合は、まだまだ時間がかかるであろう。
参考文献
田中 素香 『ユーロ―その衝撃とゆくえ』 岩波新書、2002年
坂田 豊光 『欧州通貨統合のゆくえ―ユーロは生き残れるか』中公新書、2005年
参考ホームページ
財団法人 国際貿易投資研究所 http://www.iti.or.jp/index.htm
独学ノート http://learning.xrea.jp