シュティグリッツの最近の共著は、大変興味深い。ブッシュ政権が不正義の戦争を引き起こし、アメリカと世界中に不幸を撒き散らし続けていることがよく分かる。この本によって、ノーベル経済学者のなかにも、アマルティア・センと並んでまともな研究者がいるということがわかる。衝撃的な事実が次々と明らかにされている。
第1章 ブッシュは3兆ドルをどぶに捨てた
「開戦5年めが終わりに近づき、2008年の運用費(戦争自体に費やしたいわゆる”経常費“)は、イラクだけでひと月125億ドルを超えると推定される。2003年に比べて44億ドル増え、アフガニスタンと合わせるとひと月160億ドルになる。160億ドルという金額は、国連の年間予算、あるいはアメリカの13州分の年間予算に等しい。しかも、この金額は国防総省が通常の支出として一年間に費やした5000億ドルを含んでいない。また、機密情報収集費や他部門の予算と組み合わされた隠された支出も含んでいない。
しかも、以下で論じるように、これらの莫大な財政的コストは、戦争にかかった総コストのほんの一部でしかない。」(26ページ)
「10万人以上の請負兵を採用」・・・・「2007年、<ブラックウオーター>や<ダインコープ>などの民間会社で働く警備員は一日に1222ドル、年間44万5000ドルを稼いでいた。それに対して、陸軍軍曹の稼ぎは給与と手当てを合わせて1日に140ドル〜190ドル、年間で5万1100〜6万9350ドルだった。」
「ハリーバートン社(ディック・チェイニー副大統領がかつて最高経営責任者だった軍事会社)の独占入札」・・・業者選定における不正。
「原価加算契約」・・・請負業者は費やした金すべての払い戻しを受け、さらに利ざやも稼ぐことができる(コストをかけるほど利益が増えるというねじれたインセンティブ)(p.31)
「最悪の例は、184億ドルという巨額の復興援助金のゆくえ・・・(p.32)
「アメリカでは、汚職がどこの国よりも巧妙な手口で行われる。報酬は通常、直接の賄賂という形をとらず、二大政党への政治献金という形をとるからだ。1998年から2003年までの間に、<ハリバートン>社の共和党に対する献金は114万6248ドル、民主党に対する献金は5万5650ドルに達した。<ハリバートン>は実入りのよい独占契約によって、少なくとも193億ドルを受け取った。
政府にかかる過剰なコストは民間軍事業者の過剰な利益に反映され、彼らは(石油会社と並んで)この戦争の数少ない真の勝者となっている。・・・」」(p.33)
「”金には換えられない命”の値段」・・・・「戦争の総コストは、政府が用いる公式の数字よりも大きい。勘定に入っていないコストがあまりにもたくさんあるからだ。たとえば官僚たちはよく、兵士の命を金には換えられないものと称える。しかしコストの点から見れば、この”金には換えられない”命は、国防総省の台帳にただ50万ドルとして載っている。遺族に支払われた死亡給付金と生命保険の金額だ。
開戦後、死亡給付金は1万2240ドルから10万ドルに、生命保険は25万ドルから40万ドルに上昇した。その増えた金額ですら、同じ人が例えば無分別な自動車事故で死亡した場合に通常受け取る金額よりずっと少ない。安全衛生規制などの分野では、政府は、将来の所得能力を最大に見積もった場合、若者の命の価値は700万ドル以上としている。軍の死亡給付金の場合よりもずっと高い。この数字を使えば、イラクで死亡した約4000人のアメリカ兵のコストはおよそ280億ドルとなる。社会にかかるコストは、政府予算に表れる数字よりもずっと大きいのだ。」(p.35)
「政府の巧妙な経費隠し」(p.37)
「議会が手を出せない『緊急予算』」・・・・5年間も戦争を行っていながら、いまだに同じ方法(「議会による監視とあらゆる支出の承認」というやり方を回避する「緊急予算」での支出)(p.40)
第2章
第2章 二つのシナリオで予測するアメリカの暗い未来
―国家予算にかかる戦争のコスト―
「イラクとアフガニスタンにおける戦争の前払いコスト、すなわち議会が承認して軍が使った、あるいはつかう予定の金額は、いまや8000億ドルを超えている。ニュース番組でもっとも頻繁に論じられるこの数字は、2008年にも戦争を続けるため大統領が現在要求している約2000億ドルと、2001年以後イラクとアフガニスタンのために議会がすでに承認した6450億ドルを超える資金を足し合わせたものだ。
6450億ドルは莫大な金額だ。そして8450億ドルはさらに大きい。そのうちの4分の3、つまり6340億ドルはイラクに費やされる。この金額はブッシュ政権のイラク戦争にたいする初期の見積もりの10倍に相当し、毎年メディケア(高齢者医療保険制度)とメディケイド(低所得者医療扶助制度)に費やされる合計額よりも多い。
しかしそれは、わたしたちが予測する戦争のコストよりもかなり少ない金額だ。現実的に判断すれば、連邦政府にかかる利息を除いた財政的コストだけでも、2兆7000億ドルに達する可能性が高い。・・・」(p.53-54)
「戦争の回転資金は毎月160億ドル」・・・2003年当初は44億ドル。以後、80億ドル、そして120億ドルへと着実に上昇。2008年には160億ドルに達すると予測される。「言い換えれば。アメリカのほぼ全所帯が,両戦争の現在の運用費に毎月138ドルを費やし、そのうち100ドルあまりはイラクのみに使っていることになる。」(p.56)
「撤退までの駐留コストは最低5000億ドル」
「退役軍人にかかる膨大な医療費」(p.61)
「疲弊した軍隊を再建するコスト」(p.64)
「通常予算に隠された戦争資金」(p.68)・・・「アメリカの歳出承認法では、戦争への資金供給は、通常の国防予算から切り離さなければならない。戦争は割り増しコストなのだ。イラクとアフガニスタンに使われた金は、通常の国防予算と別立てになっている。アメリカの国防支出の総額は、二つの戦争に費やしてきた金額をはるかに上回る。例えば2007年、アメリカはイラクとアフガニスタンでの戦争に費やした1730億ドルに加えて、国防関連に5260億ドルを費やした。しかし実際には、重複部分がたくさんある。イラクにいるアメリカ兵の固定給は、通常の国防予算から支払われている。危険特別手当や任地手当てなどの臨時給与は、追加の戦争予算から支払われている。
国防支出は対GDP日で急上昇しており、2001年度の3パーセントから2008年度には4.2パーセントとなった。・・・より厄介なのは、国防支出の増大が、機密資金(社会保障のような受給資格に基づく支払いを必要としない金)の割合が増大―2000年の48パーセントから今日の51パーセントに上昇―と連動していることだ。つまり裏表合わせた国防の需要が、これまでになく大きな割合で税金を食いつぶしているのである。
政府がイラクとアフガニスタンにかかる真のコストを隠す方法のひとつが、拡大を続ける”通常の“国防予算内に戦争の支出を隠すことだ。国防総省の予算は、イラク侵攻以来、累積的に6000億ドル以上増加した。」(p.68)
「再入隊者に15万ドルのボーナス」(p.70)・・・「新兵徴募活動を見れば、全般的な国防支出率に対するイラク戦争の影響をうかがい知ることができる。国防総省は新兵の補充と確保に、いっそうの大金を費やさなければならなくなった。通常の軍事給与を28パーセント引き上げ、特別手当を二倍にし、傷害補償給付金と退役軍人給付金の”同時”受け取りを追加した。その資金の大半は、通常の予算から供給されている。そして訓練された兵士が死傷すると、かわりに新たな兵士を訓練しなければならない。驚くまでもないが、戦争反対の声や死傷者数の多さから、軍は兵士および将校の補充と確保に苦労している。
2005年には、アメリカ陸軍は、ほぼ年間を通して新兵補充目標に届かず、結局目標を下げて達成させることにした。補充を増やす努力のなかで、国防総省は入隊年齢の上限を35歳から42歳に引き上げ、外見や態度などの基準を徐々にゆるめた。2006年には、以前より多くの重罪犯の元受刑者を陸軍に入隊させはじめた。2007年には補充目標を満たしたが、高校を卒業した入隊者は73パーセントのみだ。90パーセントという国防総省の目標には遠くおよばない。黒人と女性の補充は急速に減少した。”カテゴリー4“の新兵―適性検査の最低得点者たち―が増えている。基準の崩壊は、士気の低下や軍の実働兵力を下げることにもつながり、長期的な軍の再建はこれまで以上に困難で費用のかかる仕事になるだろう。」(p.70-71)
読めば読むほど、アメリカのイラク戦争の負担の巨大化、その長期化が分かる。
それは、同盟諸国へも、さまざまの経路で負担増加の圧力となってくることを予測させる。
「民間の請負業者に委託する費用」(p.74ff)・・・10万人の請負業者・・・その保険料支払い、その他。
「この世に無料の昼食はない」(77ff)・・・「イラク戦争が始まった当初から、アメリカ政府はすでに赤字におちいっていた。新たな税金は導入されておらず(それどころか、開戦直後、高所得者層の税金が引き下げられた)、国防以外の支出が増えつづけていることを考えれば、予算編成の観点から、今日までに戦争に費やした資金はすべて借金であり、すでに存在する政府の負債に加算されていると考えても不合理ではないだろう。”現実よりの保守的“シナリオでは、すでにある9兆ドルの国家債務に、これまでのイラク戦費約1兆ドルが上乗せされた・・・」
第3章
第3章
兵士たちの犠牲と医療にかかる真のコスト
「脳損傷の生存者が増えている」・・・「アメリカ国民は、イラクとアフガニスタンからの帰還兵が払わされる未曾有の犠牲を目のあたりにしている。これまでに26万3000人以上が、さまざまな症状を訴えて退役軍人医療施設で治療を受けた。10万人以上が精神衛生上の問題で治療を受け、5万2000人が心的外傷後ストレス障害(PSTD)と診断された。さらに18万5000人が、予約の要らない”退役軍人センター“でのカウンセリングや再適応のサービスをもとめている。2007年12月までに、22万4000人の帰還兵が障害手当てを申請した。
これらの退役軍人のほとんどは、複数の健康問題の徴候を示す。一件の請求で、平均5種類の異なる障害の症状が列挙されている(例えば、聴力障害、皮膚病、視覚障害、腰痛、精神的外傷など)。もっとも不運な退役軍人たちは、脳損傷、手足の切断、やけど、失明、脊髄損傷など、想像を絶する過酷な障害に苦しめられている。医者が”ポリトラウマ”と呼ぶ複数の外傷をかかえる人もいる。帰還兵の4人に一人は、8種類以上の障害について補償を請求している。」(p.90)
「陸軍病院の悲惨な実態」
「悪夢のような役所手続き」・・・アメリカには存命中の退役軍人が2400万人いて、そのうち約350万人(とその遺族)が障害手当てを受けとっている。総合すると、アメリカは2005年、過去の戦争の退役軍人に年間の障害給付金として345億ドルを支払っている。そこには、湾岸戦争の退役軍人21万1729人、ベトナム戦争の91万6220人、朝鮮戦争の16万1512人、第二次大戦の35万6190人、第一次大戦の3人が含まれる。それに加えて、アメリカ軍は障害退役手当てに年間10億ドルを支払う。
アフガニスタンとイラクに配置された90万人以上の兵士(そして戦争終結前に任務につくと予想される数十万人)のそれぞれが、退役軍人給付金局(VBA)からの傷害補償を請求する資格を持つ可能性がある。障害補償とは、”軍関連の障害“を負った退役軍人に支払われる金のことだ。・・・
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例えば、ベトナム戦争の退役軍人には、平均1万1670ドルが給付されている。・・・」(p.98)
「劣化ウランの大きな影響」
「慢性的な職員不足」・・・「イラクとアフガニスタンからの帰還兵は、異常なほど複雑な請求過程を経なければならない。現在の戦争の退役軍人が提出した未決請求の滞積は4万件にもなるが、大多数の兵士たちはこれから請求を行う。・・・」(p.105)
「急増するPTSD患者」・・・「イラク戦争では、さまざまな身体的外傷、特に外傷性脳損傷が目立つとはいえ、対応が遅れている最大の需要は精神医療にある。配置延長の重圧、ストップロス制度、緊張を強いられる地上戦、除隊や撤退をめぐる不確かさなど、すべてが負担を与えている。
これまでに治療を受けた退役軍人の約38パーセント―前代未聞の数字だ―が、精神衛生上の問題があると診断された。これには、PSTD、急性うつ病、薬物乱用などが含まれる。」(p.109)
「毎年のように財源不足」