リベリア(共和国)に関して。
19世紀初頭 |
アメリカより解放された奴隷の移住地として発展 |
アフリカ最初の独立国家。それを帝国主義の時代も維持。
1364〜1413年フランス人が沿岸部に交易所を建設。
1461年、ポルトガル人、
1663年イギリス人、
1664年オランダ人が、到来。
「楽園の穀物」と呼ばれるマラゲータ胡椒を州とする貿易。・・・「穀物海岸」
19世紀、解放奴隷の入植地に選らばれ、
1821年アメリカ植民協会が、アフリカ人族長からモンロビア近くのメスラド岬を譲り受け、
1822年最初のアメリカの解放奴隷が、プロビデンス等に到着。
続いて、白人のアメリカ人総督が着任して、次第に入植地を拡大。
1847年入植者が共和国として独立を宣言。
1945年発足の国際連合の現加盟国の一つ。
自給農業
鉄鉱石、ゴム、ダイヤモンドを輸出。
他に、カカオ、コーヒー、パーム油、木材などを産する。
住民は多様で、アメリコ=リベリア人と呼ばれるかつての解放奴隷の子孫(約3%)と約30種のアフリカ人部族が居住。
部族間の主導権争いで、1989〜91年、内戦。
75万人がコートジボアールなどに流出、難民。
大多数が部族固有の伝統宗教を持ち、他はキリスト教とイスラム教。
外国資本進出に有利な税制・・・便宜的に船籍を置く船舶の登録数は世界有数(便宜置籍船)。
公用語は英語。
部族固有の言語も広く用いられる。
面積9万7754平方キロ。
リベリア難民を含み人口328万8000人(2002年推計)