テキスト『歴史から今を知る―大学生のための世界史講義―』:

第一章 もうひとつの「世界史」―「近代世界システム」以前の「世界」――

・「近代世界システム」論

  近代以前からある世界の交流の歴史・・・ローマと中国、『後漢書』、「大秦王安敦」からの使節到着・・・マルクス=アウレリウス帝・・・しかし、使節が定期的に往来するような政治的ネットワークはなかったし、また経済面においても、両地域を結ぶ恒常的流通ネットワークと呼びうるものが存在した形跡はない

「世界史」は16世紀に始まった、とする理解がこれまで一般的・・・ウォーラーステインの「近代世界システム」論・・・16世紀にスペイン・ポルトガル、西ヨーロッパの対外進出。以後、地球規模の経済的なネットワークの編成=「近代世界システム」構築

17世紀にはオランダが覇権(ヘゲモニー)国家として台頭し、18世紀にはこれに代わってイギリスが、そして20世紀にはアメリカが覇権を獲得。

・アブー=ルゴドの問題提起

アブー=ルゴド『ヨーロッパ覇権以前』(参考文献参照)

13世紀なかばからほぼ1世紀にわたり、「世界システム」ネットワーク・・・アフリカの一部とユーラシアにまたがる旧世界の広範な地域に成立。

黒死病・・人口減少・・・1世紀間という比較的短い期間。各地域における自給自足の比率が高い・・・16世紀以降の「近代世界」とはまったく異なる様相

II. アブー=ルゴドの 13世紀世界システム」論

・なぜ、それを「世界」と言えるのか

 アブー=ルゴドの議論・・・13世紀中盤、ヨーロッパ・中近東・インド・中国におよぶ旧世界の多くの地域が一つの商品流通網のなかに組みこまれた。・・・当時の人類人口の大半をカバーする地域。

交易において、金融慣行をはじめとする高度な商業システムが発達。

多種の民族・国家・宗教を包含する経済的ネットワーク・・・、恒常的・体系的に稼働

 

・八つのサブシステム――各地の商人・各地の産品・・・図1

サブシステムT・・・西、ヨーロッパ内陸諸都市とヴェネツィアなどイタリア開港都市

サブシステムU・・・地中海から黒海にかけて。イタリアの都市はその主要都市。

サブシステムV・・・・黒海と中国とを結ぶ内陸シルクロード地帯

サブシステムW・・・その南のペルシア湾岸にはバグダードなどを拠点として

サブシステムX・Y・Z・・・インド洋の三つの海洋交易回路。

サブシステム[・・・最東部に、当時の「世界」において最も先進的な地域、すなわち圧倒的な技術力と生産力を以て繚乱と咲き誇る中国地域。

 いずれのサブシステムも、必ず他のサブシステムと重なる部分をもつ

交易ルートとして無理のない安定した地域的下部システムが存在し、互いに連動、一つの巨大な「世界システム」

・各地の商人の参加、各地の産品の流通

活躍した主体・・・アラブやペルシア(イラン)出身のイスラーム商人

ヴェネツィア・ジェノヴァ出身のイタリア商人

中国港湾都市の泉州・・・イタリア商人、とくにジェノヴァの商人

中国商人、マラッカ海峡周辺の商人、そしてインド商人

 巨大な経済的ネットワーク・・・アラビア語・ギリシア語・口語ラテン語・北京語など多様な言語、民族も文化も超えた遠距離交易

 最西のサブシステムTのエリアの商品の具体例

「辺境」ヨーロッパのシャンパーニュ地方の、ある定期市

ジェノヴァ商人・・・北アフリカの明礬(みょうばん)(ろう)・皮革・毛皮・クミン・ナツメヤシ

スペインからは、蜂蜜・オリーブ油・アーモンド・レーズン・イチジク

中東からは、胡椒・蘇芳(すおう)・羽毛ダマスク織の布地、浮き彫りや象嵌細工がほどこされた精巧な金属工芸品

淡い光沢をはなつ中国製の絹織物

アラビア商人の手を経たインドと東南アジアの香辛料・・・シナモン・ナツメグ・メース・シトロン・クローブ・カルダモン

インディゴ・アカネをはじめとする天然染料

インドの宝石

どの商品も、軽量かつ高価なもの・・・遠隔地貿易に典型的な品目。

イングランドの羊毛・スマトラの樟脳・アラビア半島の乳香と(もつ)(やく)・アフリカのダチョウの羽毛・ヒマラヤ地方の麝香(じゃこう)

・高度な商業システムの共有

高度に洗練された取引システム

通貨・・・さまざまなものが併存・・・格や交換レートに関する合意、取引

手形の使用

契約・・・商品を担保とする信用取引

銀行業に相当する役割を演じる商人たち・・・シャンパーニュの交易都市では、もっぱらイタリア商人が、金貸し・両替商として金融業務。

・共存共栄の平和的「世界」

覇権のない、共存共栄型の平和的な「世界」

アラビア半島では、十字軍国家のキリスト教徒商人とイスラーム商人とが深い依存関係

インド洋とマラッカ周辺多島海では、ヒンドゥー教・仏教・イスラーム教の商人が共存

V. 13世紀世界システム」論の検証

・ 「パクス・モンゴリカ」

征服戦争の結果・・・チンギス=カンとその後継者たちの帝国がユーラシアをおおう地域間交渉を招来した

駅站(えきたん)(主要交通路の一定区間ごとに駅を設け、官命旅行者に人馬・食料を提供させる制度)をも伴った交通路、

海・陸のいわゆるシルクロード交易が活発化

・マルコ=ポーロと『東方見聞録』

「ジパング」の名付け親、マルコ・ポーロ・・・1254年生まれ

10代なかばで故郷ヴェネツィアを出発し、20年近くを元で過ごして帰郷

彼のルート・・・図2・・・八つのサブシステムのすべてを通過

マルコの父と叔父・・・ユーラシアを二往復。

・海を渡る中国の磁器

高温での焼成を必要とする磁器は、高い技術をもつ中国の独占的産品

現在、元の磁器の三大コレクション・・・インドのトグラク宮、イランのアルデビル廟、そしてトルコのトプカプ宮

遺品には鮮やかな(らん)(さい)で、花鳥(かちょう)(もん)や龍・鳳凰(ほうおう)麒麟(きりん)など

酸化コバルトで発色・・・採取地はイランのケムサール地方

中国側史料に、この顔料は「回青」、すなわち回回(イスラーム)の青

W. 13世紀世界システム」と「近代世界システム」

・「13世紀世界システム」がもたらす歴史像

高額の奢侈品・・・一部の富裕層・特権層のみが購買しうるもの

13世紀に「世界」を現出した経済的ネットワークとは、あくまでも一部の人々が享受しうる商品の流通網。

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参考文献

・アブー=ルゴト(佐藤次高・斯波義信・高山博・三浦徹訳)『ヨーロッパ覇権以前』上・下、 東京、 岩波書店、 2001年。

・マルコ・ポーロ(愛宕松男訳注)『東方見聞録』12、東京、平凡社、1970年・1971年