キンダートランスポート


  西へ、救済され、明るい表情。
希望を持って進むユダヤ人の子供。



        

ベルリンのフリードリヒ駅(南側)の歴史記念の銅像群(これは3月の出張時に見ており、写真も写していた)。
この銅像の設置は昨年。すなわち、1938年11月のユダヤ人迫害「水晶の夜」90周年を記念してであった(解説版による)。



下記、3枚の写真は、フリードリヒ駅にガラス窓に印字された記念の文章・説明
上記銅像の横の壁面(ガラス窓の部分)に。

        西に向かう子供たち            東に向かう子供たち

キンダー・トランスポート(イギリスなどで、西側へ、ユダヤ人の子供救出作戦により助かった子供1万人余)
その子供たちにとっては、親・兄弟と離れる悲しさはあっても、命の助かる輸送、であった。

1938年末、最初の救出列車が、フリードリヒ駅から出発した。

            「生命への列車」、「命への列車」

                       ↓
 
    ロンドンに到着したかわいい子供たち(だけ)の写真が印象的。
    説明によれば、その子供たちは、「自分たちだけが助かった」と、ずっと重荷と感じてきたという。



木畑教授は我が国における唯一のキンダー・トランスポート”の専門研究者
                    







東へ:絶滅収容所へ

   

それに反して、そのような助けの手が届かなかった圧倒的多数のユダヤ人の子供にとっては、東への、「絶滅収容所への」輸送。

                「死への列車」

      収容所の飢餓状況で痩せ細った子供たちの写真。


  Ueberlebende Kinder des Holocaust
                 Cildren who survived the Holocaust
     「収容所で生き残ったやせ細った子供たち(1945)」

東へ向かううなだれ打ちひしがれたユダヤ人の子供たち。
その旅行かばんの中には、片足がない小さな壊れた人形ひとつだけ。