2003年12月後半日誌
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2003年12月30日 筑波大学・鬼界氏の呼びかけ(趣旨説明)た「都立大に関する文科大臣への要望書」(本文)への賛同署名(http://poll.ac-net.org/4/4poll-2b-kinyuuran.php)を行うこととした。通常手順で署名しようとしたが、何かのエラーで現時点では署名は完了していない。後日、再度試みることにしよう。
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2003年12月29日 27日付のメールで商学部長から下記のような連絡があった。憲法以下の現行法体系(およびユネスコ高等教育宣言など世界的公理として擁護し発展させるべき諸原理)の見地、大学の自治、大学の主体性、大学の自律性・自立性という観点からすれば、当然の行動である。行政当局(「設置者[1]」を僭称する)の大学内部への直接的介入、分裂策動に類する先日の「横浜市大学改革推進本部 コース案等検討プロジェクト部会設置」構想に対しては、早速既に紹介したような教員組合の筋のとおった抗議・声明等が出されたが、そのまま放置すれば、大学を長期にわたる紛争大学にするか、不毛な争いごとにまきこむことになり、断じで許してはならないだろう。現行法制度・法体系(それを踏まえた学則規定)のもとで大学の最高意思決定機関(評議会、その元にある教授会)が「改革」によって移行すべき新組織のコース編成・カリキュラム編成・その人事配置と言った決定的に重要な点で行政当局(「設置者」を僭称する市当局、副市長を長とする大学改革推進本部)から無視されるということになれば、「改革」はまったく正統性と合法性を欠くことになろう。違法な、行政当局(たんなる行政機関であるにすぎないにもかかわらず「設置者」を僭称―文書中に「設置者として」という言葉を連発)の介入を露骨に示す文書を「大学改革推進本部」が出したというこの事実も、広く市民社会に周知させることが必要となろう[2]。大学の自治や学問の自由をどのように守り発展させ、科学技術文化の創造的な発展に貢献するかということは、それを保障する憲法の枠組みとの関係が決定的に大切となる。その意味で、憲法体系を破壊する日本国政府(国家の行政当局)の政策にたいしても、大学の自治・学問の自由を保証する憲法(原理)の擁護という観点から、無関心ではいられない。憲法違反(たとえば池澤夏樹氏の主張を参照)のイラク派兵反対の大学人声明への呼びかけに賛同し、署名したが、数日間で70数の大学等研究教育機関の160名余の賛同署名が集まったようである[3]。明日からは、筑波大学の鬼界氏による「都立大学問題」での文部大臣への要望の電子署名が始まるという。これにも共鳴し、参加の意志を表明した。行政当局の大学への介入の問題は、市大問題と共通する。都立大学と違って、市大問題は、学長が行政当局の介入に毅然とした姿勢を表明できないことから、問題が曖昧になっている。石原と性による都立大学への強権的介入ほど問題が鮮明化せず、市大における行政介入に関して外部の理解を得るためには、相当な努力が必要となる。文部科学省と全大教(市大教員組合も参加・同席)の交渉記録も、念のため、再度、掲載しておこう。
-----------商学部長からの連絡(文中の注記、リンク、強調等は引用者・永岑による)------
教員各位
12月17日評議会において、設置者側[4]から突然「コース案等検討プロジェクト部会」の設置が報告され、教員の参加がよびかけられています[5]。
実は、その前の12月12日に学長の招集による大学改革に関する教員の打ち合わせ会(副学長、学部長、研究科長、研究所長、学情センター長)が開催され、教員によるカリキュラムと入試に関する検討委員会の立ち上げが決まり、学長が17日評議会に原案を提出することになっていました。
しかし、評議会では設置者側の「プロジェクト部会」の設置が報告され、学長からは教員による検討委員会の提案がなかったため、商学部側からその点を問いただしましたが、学長から明確な回答がない状況の中、12月24日に商学部(川内、島田)、国際文化学部(黒川、金子)、総合理学(榊原)が学長に会見を申し入れ、カリキュラム検討委員会の立ち上げを要請いたしました。
25日副学長を通じて、検討委員会の立ち上げを行なうとの学長見解が伝えられ、昨日午後8時学長より正式な文書による見解が示されました。「年明けに学議を開催し、教員による『カリキュラム委員会』を立ち上げます。構成メンバーについては学議にはかって決定いたします」(結論部分引用)
以上、取り急ぎご報告いたします。
商学部長
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-資料(*)-------------------------------------------------
http://homepage3.nifty.com/ycukumiai/shiryo/z031119-1.pdf
全大発30通知22
2000年11月19日
各単組委員長殿
全国大学高専教職員組合
書記長
森
田
和
哉
全大教が、公立大学の法人化間題等で文部科学省と会見
「地方独立行政法人法」が成立し、公立大学においても法人化の検
討が急速にはじまっていますが、同法では公立大学の法人化はあく
まで「選択制」であること、また、法人の設立に際しても「大学の
自主性、自律性に十分に配慮すること」が明確にされています。に
もかかわらず、一部の大学では、行政主導による強引な法人化がす
すめられようとしています。こうした状況をふまえ、全大教は11月
13日に文部科学省との緊急の会見を行いました。会見には、文部科
学省から大学課大学改革官室の西山専門職が、全大教からは、三宅
副委員長、森田書記長と東京都立大学、横浜市立大学、大阪府立大
学の教職組の代表が参加しました。会見では、最初に森田書記長が
「公立大学の法人化に関する要望書」の趣旨について説明し、それ
に対して、文部科学省から以下のような見解が示されました。
(全大教)公立大学の法人化について、国会答弁で、法人化するか
否かは地方公共団体による「選択制」であり、大学等の関係者と十
分議論の上決定すべきとされているが、その趣旨についてあらため
て明らかにすること。
(文科省)「選択制」であることについては、そのとおりである。
「大学等の関係者と十分議論の上決定すべきである」との要望につ
いては、法律上義務づけられているかどうかの判断はむつかしいが、
国立大学の法人化においては「調査検討会議」では大学関係者の意
見を含めて検討してきており、大学の関係者と十分協議して決定す
ることは、当然に必要なことだと考えている。
(説明の途中に、西山専門職より「大学等の関係者と十分議論の上
決定する」ことについて、国会審議の内容についで全大教に質問が
あり、森田書記長が国会での片山総務大臣答弁等について説明し、
理解を得た)
(全大教)仮に公立大学を法人化するとした場合、「公立大学法人
の設立に関しては、地方公共団体による定款の作成、総務大臣及び
文部科学大臣等の認可等に際し、憲法が保障する学問の自由と大学
の自治を侵すことがないよう、大学の自主性・自律性を最大限発揮
しうるための必要な措置を講ずること」とする附帯決議を遵守する
立場から、貴職として考えられる「必要な措置」の内容等について
明らかにすること。
(文科省)地方独立行攻法人法は、二つの論点、即ち第1に、大学
の教育研究の自主性に配慮すること。第2に、地方分権の観点から
地方公共団体の自主性を尊重するという考え方に立っている。そし
て、法では「公立大学の特例を規定している」。したがって、当省
の基本的な立場は、公立大学法人の設立に関して、必要以上に関与
することはしないが、定款が「公立大学の特例」からかけ離れてい
れば認可しないということである。そうでないと文部科学省の使命
を放棄することになる。
「特例」は、大学の自主性・自律性に配慮する目的で、必要最小限
のものとしてつくったものである。したがって、「大学の教育・研
究の自主性」に配慮されているかを、細にわたって聴取することに
なる。もちろん、地方公共団体からだけでなく、大学としての考え
方も聴くつもりである。
同時に、「地方分権」についても配慮することが必要であり、その
接点をどう考慮するのかがむずかしいところであろ。
(全大教)公立大学の改革と法人化の関係を明らかにすること。
(文科省)学校教育法上の再編・改革と法人化の関係という質問だ
と解するが、例えば、東京都立大学の例をとると、4大学の統合が、
学校教育法第4条の設置認可の要件を満たしているかが条件になり、
法人化は、定款が地方独立行政法人法の「公立大学の特例」に即し
たものとなっているかが認可の要件になる。この二つが同時並行で
行われることになる。組織としてみるのが地方独立行政法人法であ
り、大学として必要な要件を満たしているかをみるのが学校教育法
上の問題である。これらは、全く別の問題である。
(全大教)上記のことをふまえ、適宜全大教との会見・意見交換の
場を持つこと。また、「関係職員団体又は関係労働組合との意思疎
通を行う」旨の附帯決議に特段の配慮を行うこと。
(文科省)基本として、大学関係者と地方公共団体との十分な議論
が前提である。大学と地方公共団体それぞれの立場がある。両者の
意見を聴きたい。定款認可の判断に際してそのことが重要となる。
すでに、いくつかの地方公共団体からも相談に来られているが、教
育,研究の自主性を考えたとき、議論の経過も含めて、大学からの
意見を聴くことは必要なことだ。本日のような機会をもつことも有
意義だと考えるので、今後とも、意見交換の場を持つことに異論は
ない。
説明に対して、参加者からいくつかの質間を行いました。主な質疑・
回答は以下のとおりです。
(全大教)横浜市大の状況もご承知だと思うが、大学関係者がお伺
いしても会っていただけると理解してよいか。
(文科省)新開紙上等で承知している範囲だが、学内で、十分な議
論と検討を行って決めてほしいと思っている。法律上の問題につい
てはアドバイスする。大学関係者ともいつでも会う。それは、私ど
もが認可等を判断する上で必要なことだ。
(全大教)東京都立大学の場合、都当局は「現在の大学を廃止し、
新大学をつくるのだから、大学関係者を準備段階に加わる必要はな
い」と言っている。「移行」とは違うと説明しているが。どのよう
に考えられているか。
(文科省)具体案が出されていないこともあり、検討段階で地方公
共団体に何らかの措置をすることは考えていない。仮に定款が、大
学の自主性・自律性に十分に配慮されておらず、また、大学関係者
と合意を得られずに地方公共団体から一方的に申請されたものであ
れば認可できない。審議された経過についても、聴取したい。
(全大教)横浜市大の場合、「横浜市立大学の新たな大学像につい
て」において、現行では教授会の権限となっている教員の人事権や
カリキュラム編成権が教授会の権限からはずす案になっているがど
のように考えられるか。また、大阪府立大学についても、教授会と
は別に、総合的,全学的な人事事務を行う組織の設置について、学
外専門家の参画を含めて検討するとしているがどうか。
(文科省):国立大学法人法」においては教授会の規定はなく、そ
れは学校教育法において規定している。「国立大学法人法」では、
教員人事や教育課程の編成方針については教育研究評議会で審議す
ることとしている。これは、大学関係者が自主的に決定するとの考
え方に基づくものと解している。大学関係者で集まる組織、教育・
研究にたずさわる者が責任を持つべきである。
(全大教)人事の昇任、採用についてはどこで審議すべきだと考え
られるか。
(文科省)まずは、教育研究評議会で審議すべきである。
(全大教)教育研究審議機関、経営審議機関、の構成員と学外者と
いう三者による人事委員会で人事を決定することについてはどうか。
(文科省)多少問題がある。議事手続きをどうされるかという問題
がある。
(全大教)また、この案ではすべての教員に「任期制」を一律に導
入することとしているが、東京のようにいまある大学を廃止し、法
人化と同時に新大学をつくる場合でも法人としては移行法人であり、
移行法人でありながら、身分・雇用条件が変更される等間題がある
と考えるがどうか。
(文科省)いまある大学を廃止して新しい大学をつくるといっても、
大学の継続性はあるわけで、継続性を無視して一律に任期制を導入
できるかどうか議論のあるところである。大学の自主性・自律性を
守るという立場からは、大学として継続しているにも関わらず、法
人化への移行という一点において、一律に任期制をしき、誰を採用
し誰を採用しないかというようなことを行うのは公権力の介入とい
う視点からよいこととは言えないのではないか。地方独立行政法人
法上、一律任期制が可能かどうかについては意見が分かれる。一方
で、教職員の身分保障(雇用形態の変更)や労働法制から本人の同
意なしにできるかという問題もある。このような問題点をクリアー
できなければ(一律導入は)問題があるように思う。
(全大教)一方で、労働法制のみならず、「任期法」からも問題が
ある。「任期法」は「限定的選択的」なものとして定められたもの
であり、本人の同意が必要になっている。二の点からも一律導入は
違法行為である。
(文科省)「任期法」からはそうとも考えられる。一方で、大学教
員の雇用形態について、教育公務員特例法の下で教員は特権の上に
あぐらをかいているという横浜市としての考え方についても伺って
いる。地方公共団体の意向も無視できないと考えている。定款の認
可は、大学の自主性が担保されているかどうかがポイントである。
認可の判断の際、その点をきちっと見ていきたい。
(全大教)認可の前の文科省との事前協議も大学の自主性が担保さ
れているかどうかもチェックされると考えるがどうか。
(文科省)当然、事前協議でもきちっと見ていきたい。
最後に、今後も必要に応じて会見の機会を持っていくことを確認し
て本日の会見を終えました。
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(参考資料)2003年11月13目文部科学大臣河村建夫殿
全国大学高専教職員組合中央執行
委員長関本英太郎
公立大学の法人化に関する要望書
国立大学法人法等関違6法案と並行して審議されていた「地方独立
行政法人法」が7月2日に成立し、公立大学においても法人化の検討
が急速にはじまっています。
同法は、第68条〜80条で公立大学の特性に配慮し、「公立大学に関
する待例目条項を設けています。また、法案審議にあたっては、答
弁・附帯決議を通じて、公立大学の法人化は、「選択制」であるこ
と、法人の設立に際しても、政府として「大学の自主性・自律性を
最大限発揮しうるための必要な措置を講ずる」趣旨が明確にされて
います。にもかかわらず、一部の大学では、行政主導による強引な
法人化がすすめられようとしています。このことをふまえ、私たち
は貴職に対し、下記事項について明らかにされるよう要望するもの
です。
記
1.公立大学の法人化について、国会答弁で、法人化するか否かは
地方公共団体による「選択制」であり、大学等の関係者と十分議論
の上決定すべきこととされていろが、その趣旨について、あらため
て明らかにすること。
2.仮に公立大学を法人化するとした場合、「公立大学法人の設立
に関しては、地方公共団体による定款の作成、総務大臣及び文部科
学大臣等の認可等に際し、憲法が保障する学問の自由と大学の自治
を侵すことがないよう、大学の自主性・自律性を最大限発揮しうる
ための必要な措置を講ずること」とする附帯決議を遵守する立場か
ら、貴職として考えられる「必要な措置」の内容等について明らか
にすること。
3.公立大学の改革と法人化との関係を明らかにすること。
4.上記のことをふまえ、適宜全大教との会見・意見交換の場をも
つこと。また、「関係職員団体又は関係労働組合と十分な意思疎通
を行う」旨の附帯決議に特段の配慮を行うこと。
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2003年12月25日 17日(成田発、少し予定時刻より遅れ13:40分発)から25日(成田着:今朝8時20分ほど着陸)まで、科研費出張でドイツ(ミュンヘン)にでかけてきた。18日の記者会見には、賛同者のひとりでありながら参加できなかったので、どうだったかも気になり、午後研究室にやってきた。170通ほどのメールがたまっていた。時差ぼけと疲労もあり、ファイル操作のこまごましたことなどはできないので、ここでは、重要文書を、長文で煩瑣になることは覚悟の上で、コピーして張りつける作業だけにしておきたい。公立大学法人への移行問題、任期制の問題は、場合によっては、行政訴訟を教員組合などが起こすこともありうるのではないか? 行政訴訟についても、民事訴訟、家時訴訟とおなじく少し勉強しておかなければならないかと感じる。行政がきちんと合理的な法的手続きを守らない場合、京都大学再生医科学研究所の井上教授が裁判を起こしたように、裁判に打って出るということは十分ありうる。この間の、「改革」のやり方の深刻な問題性は、司法の場に持ち出さないとストップしない(できない)のかもしれない。
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横浜市立大学学長 小川恵一殿
2003年12月24日
横浜市立大学教員組合
執行委員長 藤山嘉夫
小川学長は、大学の自主性・自立性を守るべく、態度を今こそ鮮明にすべきである
12月17日、横浜市大学改革推進本部は「市立大学教員の皆様へ」を教員に配布した。横浜市の横浜市立大学改革推進本部に「コース案等検討プロジェクト部会」を設置し、これに教員が参加することを呼びかけ、「参加申込書」を添付している。「部会」員の構成の内3名は学長推薦とし、また、大学改革推進本部が選考する「公募」4名程度については、選考にあたっては学長の意見を聞くものとされている。このような形での学長の関与を前提とする「プロジェクト部会」の設置にもかかわらず、学長が評議会において「今日初めて聞いた」と発言しているように、学長への事前相談もないままに17日の評議会でこのことが報告された。このような推進本部のやり方自体が、行政権力が大学の自立性を不当に侵害・介入する異常な事態である。学長は、このような不当な介入に対して即刻に抗議すべき立場にあるにも拘わらず、この点を曖昧にしていることは極めて遺憾である。
また、「プロジェクト部会」が案を作りそれを「横浜市としての意志決定を行ないます」としていることは、本来大学が自主的自立的に具体化すべき教育・研究の構想を、学外の設置者が決定することになる。これは、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行なわれるべきものである」とする教育基本法第10条に違反する。文部科学省が、法人化に際しては「大学の教育・研究の自主性を配慮しているかを、細に渡って聴取する」とし、「大学の自主性・自律性に十分に配慮されておらず、また、大学関係者と合意を得られずに地方公共団体から一方的に申請されたものであれば認可できない。審議された経過についても、聴取したい」(全大教と文部科学省との公立大学法人化問題での会見。2003年11月13日)としているのもこのことを根拠としている。
さらに、「参加申込書」には、「平成15年12月1日発表の『市立大学改革案に対する設置者の基本的な考え方』に沿って、新しい大学づくりに参加・協力します」と記されている。「申込」に際してこのような前提を立てることは、「設置者の基本的な考え方」についての<踏み絵>を教員に対して設定するものとなっている。本「参加申込書」は大学のあり方を根底から破壊する異常な性格のものである。
さらに注意したいことは、「横浜市大学改革推進本部 コース案等検討プロジェクト部会設置要領(要旨)」があくまでも「要旨」であり、「設置要領」自体は公表されていないことである。従って、「要旨」には記載されずに「設置要領」には記載されているはずの内容が全く知らされていないのである。何を課題とするいかなる組織形態であるかを詳細に明確にせぬままに教員に参加を求め、このような組織で改革案の具体化を進めることは、あらゆる恣意的な案の具体化が可能となる余地がある。このことが杞憂ではないであろうことは以下のことからも明確であろう。1)「コース案等検討プロジェクト」とされていてこの「等」の示す内容がいかようにも解釈されうる余地を残している。2)さらにまた、「設置要領(要旨)」の「2 検討内容及び検討体制」においては「国際総合科学部(仮称)を構成するコースや大学院の専攻、コース、文系博士後期課程などについて検討を行ないます」とされているにも拘わらず、「参加申込書」を含む関連書類が医学部、看護短期大学部の教員にも配布されていること。3)「設置要領」それ自体を公表しないいかなる理由がないであろうにも拘わらず、これが公表されていない事実こそその意図が詮索されざるを得ない根拠である。このような不明瞭な組織への教員の参加を求めること自体きわめて不当である。
都立大学総長の茂木俊彦氏は、日本の大学の歴史に後世語り継がれるであろう歴史的文書において次のように述べている。「教員組織は、単に抽象化された員数の集団にすぎないのではない。それは、憲法・教育基本法をはじめとする関係法規に従い、学生ないし都民に対し直接に責任を負って大学教育サービスを提供することを責務とする主体の集団であり、また長年にわたって研究を推進し、今後それをさらに発展させようとする主体の集団である。それゆえ既存大学からの移行、新大学設置を実りあるものにするには、教員がその基本構想の策定から詳細設計にいたるまで、その知識と経験を生かし、自らの責任を自覚しつつ、自由に意見を述べる機会が保障されなければならない」(「大学設置準備体制の速やかな再構築を求める」2003年10月7日)。このように述べて茂木氏は、都の大学管理本部が詳細設計への教員の参加を求めた「同意書」の撤回を管理本部に対して毅然として要求している。
このような態度こそが、今こそ小川学長に求められる大学人としての歴史的な責務であると考える。具体的に以下の事項を小川学長に要望する。
1 横浜市大学改革推進本部に対して「プロジェクト部会設置要領」「プロジェクト部会設置要項(要旨)」「市立大学教員の皆様へ」「参加申込書」の撤回を直ちに要請すること。
2 横浜市大学改革推進本に対して「コース案等検討プロジェクト部会設置要領」そのものの公開を要求すること。
3 「プロジェクト部会」の部会員について、学長の推薦を行なわないこと。
4 「参加申込書」を提出した教員と提出しない教員を不当に差別的な処遇をしないこと。
5 コースやカリキュラム案に関する学内組織を直ちに立ち上げてその具体化を急ぐこと。
6 コースやカリキュラム案の具体化にあたっては、現職の全教員がきちんと位置づけられるように設定すること。
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「コース案等検討プロジェクト部会」委員の「公募」について
2003年12月19日
横浜市立大学教員組合
横浜市の横浜市立大学改革推進本部に「コース案等検討プロジェクト部会」を設置し、教員に対してこれへの「参加申込書」が配布されました。「部会」員の構成の内3名は学長推薦とし、また、大学改革推進本部が選考する「公募」4名程度については、選考にあたっては学長の意見を聴くものとされているにもかかわらず、学長への事前相談もないままに17日の評議会でこのことが報告されました。学長は、評議会において「今日初めて聞いた」と発言しています。このような推進本部のやり方は、大学の自律性を不当に侵害するものと言わねばなりません。
「申込書」には、「平成15年12月1日発表の『市立大学改革案に対する設置者の基本的な考え方』に沿って、新しい大学づくりに参加・協力します」と記されております。「申込」に際してこのような前提を立てることは、「設置者の基本的な考え方」についての<踏み絵>を教員に対して設定するものとなっています。本「プロジェクト部会」の「検討内容」が「国際総合科学部(仮称)」のコースなどについてであるにもかかわらず、医学部、看護短大部の教員にもこの「公募」が配布されている事実は、この性格を裏付けるものとなっています。
また、「『横浜市立大学の新たな大学像について』を基本的に尊重して、市立大学改革を推進していく」こととしている「設置者の基本的な考え方」においては、「任期制」に関して「高く評価する」しています。したがって、この「『設置者の基本的な考え方』に沿って、新しい大学づくりに参加・協力」することを前提にして「公募」に応じた場合、「公募」文書にすぎないにも拘わらず不当にも、これが「任期制」への事実上の「同意」として扱われる可能性もあると思われます。したがって、個々の教員は「公募」に対しては慎重に対応する必要性があります。
もちろん、地方独立行政法人法は法人化に伴う教員の身分の移行を明確にしているのであり、法人化に際しての有期雇用への不利益変更はいかなる意味でも法的根拠はありません。任期法において、任期の導入に関しては本人同意が不可欠であり、また、労働法では任期は「労働契約」として成立することになりますので、本人同意は当然の前提です。また、これに同意しないからといって不利益が生ずるような処遇は法的に許されません。また、前述のように今回の「申込書」を「同意」として強引に見なしてくる可能性も否定できませんが、しかし、「申込書」はあくまでも「プロジェクト部会」への「申込書」にすぎないのであり、いかなる意味においても「任期制」への同意書としての性格を持つものではありません。
今回の「公募」という手法は、分割統治の典型といえます。ひとりひとりがばらばらになり、ひとりで判断するのではなく、今回の事態にはどのような問題があるのかということに関して、教員同士が集団で良く検討することが大切です。各学部で臨時の教授会を開催するなどして議論を深め、集団的に共同の認識を持っていくことが不可欠です。
「公募」に関して、疑問や不明な問題をお感じの方は、すぐに教員組合までご相談下さい(tel 045-787-2320)。
改革案について、コースの精査や具体的な科目設定は、然るべき手続きを経て、大学の教員組織が実現していくべきことは言うまでもありません。学長は、教育・研究の自律性が問われている今こそ、横浜市立大学の長として、即刻に、そのための方針を明確にすべき義務があると考えます。
------------教員組合学習会---------------
横浜市立大学教員組合学習会 (2003年11月12日)
自らの雇用を守るためになすべきこと (東京管理職ユニオンの経験から学ぶ)
学習会講師 東京管理職ユニオン書記長 設楽清嗣 氏
まず、解雇の種類・配置転換や出向など、労働界の基礎知識について、簡単に説明があった後に、市大の問題について話が始まった。
その内容は、市大の件は、民間の例から考えると、人員整理解雇にあたる。さらに、過去におきた重大な(国鉄職員をJRに移す際の事件)争議、がまだ続いている。それと同じことになってはまずいと考え、地方独立行政法人の移行型を作ることにした。すなわち、当局側の基本的な立場は、横浜市当局、大学当局にとって何が問題かというと、もめたくない。首切りをしたくない。裁判をしたくない。
この「任期制」は、雇用条件の重大な変更であって、この移行のドサクサにまぎれて全教員任期制を導入すること法的に言って非常に無理がある。とりわけ、JRのときでも任期制の導入なんてことはなかった。一番重要なことは、地方独立行政法人への移行そのものをくい止められないとしたら、法人への移行によって発生する雇用条件、労働条件は、従来どおりをできる限り維持する。とりわけ雇用条件を維持する。賃金がダウンしたり、雇用が任期制で打ち切られるなどは、絶対に認めてはいけない。『地方独立行政法人に移行するにあたって、従来の地方公務員での労働条件、雇用条件は大きく変わらない。』が大前提。
さらに、今回の任期制の導入に、大学(教員)が突破されてしまうと、大学(教員)だけではなくて、ありとあらゆる地方独立行政法人が、今後どんどん乱立しますから。地方公務員は一部の行政職しか必要がないのだから。ありとあらゆる事業という事業は全部、水道であろうが、交通であろうが、清掃であろうが、なんであろうが、全部地方独立行政法人にしたい。そのとき、みな有期雇用に変えられる突破口を大学で開いてしまうということで、大変な役割を担っている。そんなことは認めてはいけない。
この任期制というのは、教員という人たちの集団を、使い勝手のいい、スポット的な雇用形態の中に、はめ込んでいこうとしているもの。はっきり言って、大学もどんどん移る。横浜市立大学、国立大学、私立大学も含めて、徹底的に、ぐちゃぐちゃに、流動化させるという方針なのです。任期制の導入を、横浜市大で認めたら、ほかの大学でもやられてしまう。当局側が考えて、使いやすいやつだけ残す。選別されてくる。大学教員という人たちを、使い勝手のいい市場の中に放置して、好きなように選ぶ。失礼な話だ。皆さんの人格を失礼な状況にするもの。大学教員の仕事上の尊厳、人間の尊厳として、このようなことは許しがたいものだと考えてください。尊厳を犯すもの(が任期制)である。これを認めることは、皆さんにとって屈辱的なものになりますよ。地方独立行政法人に移行した後、その屈辱をみんなで味わうとなると、ずたずたになります。教員の関係も。大学全体も。
雇用労働者の権利というものを絶対大切にしてください。大学教員であろうとも。上で決めたことに従わなければならないというふうに思わないでください。それは、丸め込まれる思想ですから。自分の声を上げる。個人の権利、何よりも重要なのは個人の労働者としての権利を大切にして、個人の権利の集合体としての労働組合の団結を、大切にしてほしいと、私は思います。
怒らなければならないときに、怒らないで過ごしてしまうと、権利は全部剥奪されてくる。そういったところが重要なのではないかと、今回の任期制問題で思います。
たとえ、そうであっても、やはり、みんなでまとまって、しっかりと、移行過程で、しっかりと労働条件・雇用条件を獲得するということが必要ではないでしょうか。
本当は、任期制を認めてはいけない。それは、一人一人の交渉ではできない。(まとまって、団結して)雇用契約任期制問題は、みんなで団結して、組織全体としてとりまとめるようにしないと。一人づつ雇用契約を結んでしまうと突破されてしまう。
皆さんの中で、一人でも二人でも、何人でもいいが「今回の移行はおかしい。裁判にかけてやる。地方独立行政法人法はおかしい。移行型はよけいおかしい。さらに任期制はもっとおかしい。」ということで、裁判闘争も辞さずということになれば、それは、ものすごいトラブルですから、横浜市も、大学当局も、すごい負荷を負うことになる。当局側も難渋する。深刻な内容だから。任期制が入っているから。一人でも、みんなは独立してがんばって戦うという人がいてもいいが、とりあえず、現段階ではみんなで団結して、教員の組織全体としてとりまとめるようにしておくと良い。
同意書のサインの問題では、「すぐにサインはできません」とサインを断る。「私のこの問題は、教員組合に、委員長に全部預けている」ということにするとよい。「同意書は、委員長が全部まとめて処理することになっています」ということにしてしまう。組合で討論したときに、この問題に関する自分の身分のあり方については、委任状を作成して、執行委員長に預けてしまう。そうすれば、まとめてみんなで、どうするかを決めればよい。一人抜け駆けというわけにはいかない。今のところ、どういう抵抗の方式がよいのかというと、一人一人の同意の問題を執行委員会委員長に預けてしまう。そうすれば、労働組合との話し合いで決めなければならなくなる。
大学の今回の、任期制導入による法人移行というのは重大なテーマなので、いろいろな人たちに呼びかけて、プロジェクトチームを一緒に作って、地方独立行政法人に移行するときの労働条件、雇用条件、あり方などの法的根拠について、弁護士に話をさせることが必要だ。そのあと、その弁護士やいろいろな人を集めて、プロジェクトチームやシンポジウムを開いて、いろいろの人の知恵を借りて、勉強会をやり、シンポジウムをやり、プロジェクトチームを作って対策することがとても重要だ。自分たちがどのように対応したらよいのか、たくさん知恵を出さねばならない。どこに抵抗する術があるかということは、みんなの知恵を借りて検討することです。
単純なことで、どこでもやることなのですが、まず、市議会に対しては、ちゃんと、声を上げたものを、要求書を、申し入れ書として、労働組合として出すべきです。みなさんの労働組合の声というものを。「任期制に反対だ」という声を。他の労働組合の応援を受けて、市議会に持ち込むべきです。市会議員はロビー的対策で一人づつ落とす必要がある。ロビー政治はすごく大事です。議員は実態を知らない。議員を説得して歩かなければならない。新聞記者には、熱烈に訴える。新聞記者というのは訴えないとわからない。どうせ、新聞は、横浜市の犬みたいな広報で、もうマスコミはだめだと、こっちであきらめてしまわない。僕は新聞記者と徹底的に話をした。記者会見を、新聞記事に取り上げてもらわなくても、何回もやりました。それでやっと声になっていくのですよ。しつこさが必要。皆さんができなくても、皆さんをお手伝いする人を含めてやればいい。私も横浜関連で、横浜在住の支援者も含めて横浜市に関連する人々をたくさん知っていますから、皆さんに紹介して、そういう人に動いてもらえばいいのです。
そういう自分の主張について、自分の考えていることについて、自信を持って、人々にしっかり訴えていくことが必要。臆するとつけ込まれます。一生懸命訴えていくと、わかる人も増えてきます。そのことがいますごく問われているのではないかなあ。プロジェクトチームをこっちから、皆さんのほうから作る、シンポジウムを開いたり、申し入れ書を作ったり、みんなに知らせるチラシをたくさん作って撒いたりすることが、とっても必要。いくらでもできます。勝てますよ。市の広報が言っていることなんか、もう全部棚上げにしてしまう。黙っているから広報に出てしまう。黙っていないで、声を上げれば広報に書きにくいでしょ。まだ決まってないんだ。違う声があるんだと。
声を上げてればそんなことはできないのですが、民間の企業の管理職などは、まったく組織がない。労働組合がない。皆さんは、労働組合を組織しているだけでもすばらしい。労働組合があるとないとでは相当違う。皆さんは、すでに労働組合がある。この労働組合を正しく、大切に活用しなくてはダメ。正念場です。この労働組合を正しく、大切に活用していただきたい。労働組合がない状態になると、ズタズタ、ばらばら、ひとりずつかって気ままに、一本釣りされて終わり。まあ、がんばりましょう。インターネットなどを使って、横に(都立・横浜など)アピールを載せて、向こうからの情報を受け取って情報をわかちあって、対策していけば、負けることはない。絶対、任期制の導入は阻止してください。
基本的な知識として。
解雇の種類:解雇には次のものがある。退職については、本人同意が非常に重要視される。
1. 本人同意解雇:自主退職
2. 人員整理解雇:今回の、市大の法人化の場合に、これに似ている。
これから企業が再編される。再編は、会社の事情による再編である。企業を分割して、その1部門を分割して、分割した事業体を新しく別に作って、そこに移行する。雇用の移行を行うことになる。ところが、「雇用の移行を行う」ということは簡単にはできない。なぜできないかというと、「A事業体に雇用されている人間が、B事業体で働くことは簡単には許されない。」少し細かく話しましょう。民間の労使関係ではどうなっているかというと、たとえば、 → [配置転換・出向・派遣・委託]
3. 普通解雇:民間企業では就業規則による。業務に著しく支障を来たすような状況に至った(たとえば、病気休職で1年以上経過し、勤務に就けない身体的事情にあるなど)、懲戒解雇ほどひどくはないが、業務に支障をきたすような事情にある場合
4. 懲戒解雇:きわめて不名誉な状況(たとえば、大学教員であれば、大学教員なのに、大学に対して信用と名誉を失墜させる行為、あるいは刑事事件で有罪判決を受けるような行為など懲戒の対象)である場合。
[配置転換・出向・派遣・委託]
配置転換:同じ企業の中で、営業から工場の労務管理へ、生産管理へ、本社の経理業務へ移るなどを配置転換。配置転換は、法律ではなかなか断りにくい。「この業務命令を断った場合、首が飛ぶ。」といった判例が多く出ている。しかし、親の看病など・家の事情で配置転換後の勤務が困難であるといったような特別な事情があるときに、この配置転換に対して異議申し立てをした時は、どうかという点は残る。
出向:身分はA事業所に雇用されているのに、事業所Bで、臨時的に、仕事は行う(身分はAにあるが、仕事の場所はBになる)。出向は、本来「民法違反:A社に雇用されているものは、B社で働いてはならない。」という民法上の規定がある。ところが、出向規定を設けて、出向規定について、労働条件として全社的に、皆に了解させれば、Aの身分であってもBで働くことは許される。これが出向の特殊性である。だから、民法に違反するから出向をことわることはありえる。ただし、出向規定がきちんとあって、皆がその出向規定を正しいと思っていると、この規定に左右されるため、出向を簡単に断ると首が飛ぶ場合がある。
派遣:A会社からB会社に、別なところで働くことを全面的に許す法律(派遣法)。雇用身分や働くための労働条件や法体系が徐々に変わってきたということを意味している。現在は派遣へどんどん変化している、その派遣が許されつつある。
違法派遣:製造工場において派遣労働者を雇用することはできない。禁止されている。それを合法化する唯一の方法を委託という。(東芝府中工場:Bと黒沢鉄工:Aの例)
委託:B社の一部門(例:企業研修教育部門)をA社に委託する。委託されたA社の集団がそのまま、B社で働くには、雇用したA会社の労務管理責任者が一緒にB社にいなければならない。指揮命令権がA社にあって、そのAという会社の指揮命令権がある人間集団がそのままBの中に入ることならば許される。これを委託という。
法律では、有期雇用契約を結ぶと、有期雇用契約は、1年以上雇用すると「雇用における生活期待性」があるので、それは、無期限すなわち期限を定めない雇用、期限のない雇用の権利を有する。(判例あり:パートタイマーの有期雇用:マルコ警報機事件)。労基法も1年以上雇用されたものに権利を認めている。
-----------教員組合学習会:第二弾---------------------
12月15日(月) 午後7時より 商文棟の小会議室にて
学習会 「自らの雇用を守るためになすべきこと」第2弾
----有期雇用(任期制)といかに闘うか----
講師 中野麻美 弁護士 参加者 約40名
NZにおける規制緩和政策が人々の雇用を破壊し、人々の生活を根底から変えてしまった。これを話の種にして、市大の任期制問題に言及された。
中野氏は、われわれ市大教員のなすべきこととして、次のように、指摘された。
自分たちの蛸壺の中にいてはいけないのだ。自分がどうなるかを考えると守りの体勢に入ってしまい、守りの体勢だと、周りが見えなくなってくる。この流れを変えていく。社会のさまざまな変化を捉え、自分たちの中に現れている変化との共通点を捉えて、それが問題ではないのかということを世に広く問うことで、市民と、労働者と手をつなぐべき。
有期雇用契約というのは、一般論として有期雇用は例外的雇用であるという解釈を貫くべき。日本の労基法は、その原則を具体的にたてていないので問題ではあるが、ILOなどの国際的基準から言うと「有期雇用は例外的形態である」としている。なぜ例外かというと、社会の中で許容されるのは、有期雇用が活用されることについて、限られた、合理的な根拠がある場合にしか有期雇用は許されない。臨時的、一時的な業務の増大であるとか、一定の事由に基づいて、その有期雇用を設定される根拠が認められるという場合しか許されない。日本の「大学の教員の任期法」も、実はそういう構造を持ち合わせているということをきちんと押さえておく必要がある。大学教員の任期法の解釈は、従来どおりの主張を続ける。
全員任期制にしてしまうことができるのだという(大学当局の)見解がある。なにを根拠にこういう発言をしているのか。明確にさせるべきだ。
それから労働法によって、通常の労働契約をもちいて、任期制に基づく労働契約を締結させることができるのだと事務当局が発言した。これについても法的な根拠を示させるべきだ。
いままでの大学教員の雇用契約が当然として承継されるのが前提であるというのはすでに勉強したとおり。新たな異なる条件の労働契約の締結を申し入れるという考え方にしかならない。雇用という労働契約における最も基本的な要素、これを一方的に変更することは(できない)。労働契約は2者の合意でしか成り立たない。だから“NO”ということができて当然である。もうひとつは、労働契約の考え方をとったとしても、両者の合意というものが前提であるので、一方的に押し付けることはできないものだということ。この2つのことが、非常に重要な労働法原理だと思う。当たり前の労働法原理だと思う。このように労働法原理を無視して、いい加減なことを言うものが大学当局の中にいるということ自体が、大学の品格が問われてしまうことになる。
「同意・不同意」というときに一人一人では弱い。弱くなることを「イケナイ」と一律に、非難してはならない。が権利は、みんなで守る。お互いに守りあうという関係の中で基本的人権を守る。職場におけるパワーハラスメントやセクシャルハラスメントをなくしていくときと同じ。自分を大切にしたい、他人も自分と同じ、自分と同じ人間を大切にする。これを共感する。お互いに、個人の尊厳を一人一人守りあう、人間相互の尊厳を守りあうという契約が成り立っている社会。一人一人の権利がなにによって守られていくのか。それは連帯、自分を基盤とする社会連帯、そこにおいてウソをつかない、信義に基づく行動していく倫理が形成されていく。一人一人「同意」とか、人権が生かされていく権利を守っていくのが、一人一人の意向をお互いに大事にしていく。
委任状を作成し(出して)、「同意」の問題は、委任状を出しているので、話は弁護士(組合)にもっていって欲しい」とすると、当局側は何もいえない。
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2003年12月16日 昨夜は、教員組合主催の学習会があった。人権問題等で活発に活動している著名な女性弁護士中野麻美氏が講師だった。最初50分ほどの話があり、その質疑応答で約40分、合計一時間半があっという間にすぎた。出席者は前回よりかなり多く、次第に問題の大きさと重要性が認識されつつあることがうかがわれた。商学部が8名欠員状態で各種委員など来年度の体制が組めるのかどうかわからない状態に陥っているが(もちろん学生・院生教育がいろいろな意味で専任教員が減少したことによる打撃を受けることはすでに何度も述べてきたが)、これに加え、国際文化学部も、寄せられた情報によれば、厳しい状況が押し寄せつつある。「国際文化学部では来春定年で辞められる教員1名に加えて任意で辞める教員1名、他大学に移られる教員2名の計4名が減ることが決まっており、さらに1-2名、他大学へ移る教員がすでにいるとの話も聞いています。商学部ほどの規模ではありませんが、定年者を除けば、すべてこの間の「市大改革」の問題で不安を覚えての移動であることはいうまでもありません」と。まさに、この将来展望のはっきりしない不安こそ(さらにこの間の教授会無視=教授会決議・見解無視の不当なやり方にたいする怒り)が、現在の問題の基本にある。教員組合の学習会参加者が増えてきた原因である。教員、教授会にきちんとした審議の機会を提供せず、秘密裏に短期間で「幹事会」(しかも半数の事務職員がはいっている)がまとめた案を時間的制約を理由に押しつけるやり方なので、必然的に反発、不安等が蓄積しているのである。焦点はやはり「任期制」問題と「人事委員会制度」の問題である。全員任期制とその判定者(再任か再任拒否か、雇用の継続か失業か)の在り方(人事委員会の構成・権限など)とで、大学を根底から破壊してしまうシステムとなりうる。任期法によれば、最終的には「本人同意」が必要で、NOという権利は各個人に法律的に保障されているのだが、これが各個撃破されると実にもろい、というのが昨日の講演の一つのポイントだった。しかも各人の同意を得るためには、個別分断策に加えて、アメ・餌が提供される。いったん同意すると数年後には再任拒否の「脅かし」で研究教育に多大の影響を受けることになってしまう。教員組合などの組織的対応がきわめて重要になる。
一度、任期制に移行した教員の場合、再任の可否を判定する権限をもつものが誰か(どのような機関、どのようなかたちで選出・専任されるか)によって、その判定者(判定機関)の意向に沿うであろうような研究教育に重点がおかれるようになる。かくして、その個人から、大学における自由で自主的な真理探求等の学問内在的な活動は、阻害され切り崩されてしまう。
大学の発展(科学文化の研究教育、真理探求、社会貢献)にとって任期制度がはたして有益かどうか、本当に役立つのかどうか、全員任期制などというシステムがどのように機能するのかなどの慎重な検討抜きの(つまり結論=「あり方懇答申」先にありきの、したがって「大学像」が露呈しているように法律的検討すらきちんと行わないままでの)「大学像」が少数の事務局主導のプロジェクトR幹事会によって決められたこと自体、すでに重大問題をはらんでいる。幹事会の大学教員サイドが「大学像」において事務局主導に押しきられる構造は、すでに教員の幹事の選定において学長・事務局長が決定権を握ったことにある(教員の幹事会委員の誰一人として委員を抗議辞任すると言った態度を取らなかった意味を良く考えて見る事も必要だといわれている。この点は部局長会議での事務局長の「激怒」と「恫喝」にその場で部局長が断固として抗議しなかったとされることにも通じる)。
商学部と国際文化学部は既に教授会決議で全員任期制に反対しており、こうした組織的な審議を踏まえて各教員は行動しなければならないだろう。各人ははっきり全員任期制を拒否する教授会決定をもっているということを確認しておく必要があろう。今後の展開によっては、あらためてこの点だけに限った決議をしかるべき時に明確に行い文章化してくことも必要になろう。今後の改革がどのように展開するかわからないが、仮に教員組織としての「人文社会研究院」、「自然科学研究院」、「医学系研究院」が編成されるとすれば、その各研究院が、それぞれに固有の学問文化の科学的要請に従い慎重に審議して、しかるべき決議・決定を行うことも必要となろう。
同意書問題では、任期制を仮に導入する場合にも、学問の研究教育の内在的社会的必要性に関する審議を教授会がおこなって、任期法の精神に合致したものに限定して、しかるべき手続きを進めることが必要となろう。その意味でも、教授会は学校教育法にもとづく「重要審議事項」の一つに、任期制の導入、任期制教員・任期制ポストの学問的妥当性などに関してきちんと審議決定していくことが必要となろう。教授会から違法に権限を剥奪しようとする動向にたいしては、教授会は憲法や教育基本法、そして教授会の権限を決めた学校教育法にしたがって、正々堂々、毅然として行動する必要があろう。教授会メンバー(行政組織からの攻撃に曝されやすい管理職としての学部長・評議員等の執行部だけではなく、各人)の自覚・法律感覚・法律認識はきわめて重要となろう。今回のような勉強会は今後回数を重ねる必要があろう。
なお、明日17日(成田発)から25日(成田着)まで、科研費出張でドイツ(ミュンヘン)にでかけるため、この日誌は休むことになる。また、この海外出張(11月定例教授会で承認されたもの)に伴い、はじめて名誉教授と現役教員が連帯して社会に訴える明後日の記者会見も、有志のみなさまには申し訳ないが参加できない。多くの新聞等のメディアからの反応があることを期待したい。問題は、大学の発展にかかわることであり、それは同時に横浜市、いや日本と世界の発展にも関わってくる問題だから、その根本的な重要性をメディアが認識してくれることを期待したい。
[1] 地方公共団体=横浜市の設立する大学が、横浜市立大学である。大学は、横浜市長立大学でもなく、横浜市大学改革推進本部設立大学でもない。
[2] この点に関して寄せられた意見の一つは次のように述べている。
研究科委員会の雰囲気。
佐藤先生の指摘された3点(論点は,都立大学のケースと類似した(1)行政による「学問の自由と大学の自治」への明らかな侵害,(2)教員に対する「踏み絵」,および,これは都立大学とは正反対の(3)学長がこれを容認したと受け取れること(17日の評議会で,審議事項とせずに報告事項とした),の3点)が議論された。
「発言者は限られ、全体の雰囲気は沈滞したもののように感じられました。あの「踏み絵」的な文書が配布されたことにより、これから起こる事態を象徴しているように思われました。すなわち、あの人は「協力するという申し出」をしたんじゃないか、というような疑心暗鬼が職場を支配し(誰が申し出たかは公表しない、と言っていますから)、学内は分裂するでしょう。・・・若い人にとってこれは本当に「踏み絵」となるでしょう。このようなやり方は、法以前に人間としてゆるされないことだと思います。
で、この事態を、渦中にある学内に訴えるだけではもはや期待できない状況に来ていると思います。この事態を客観的に見、判断できる市民、大学関係者、などに広く訴えることが必要かと思います。
大学の教育内容を、学外である「市」が設置者の名の下に決定してゆくという前代未聞のことがらは、文科省も見過ごしにはできないはずです。設置認可の際、「その決定プロセスも考慮する」と、文科省は全大教の会見で公言していますから。」
[3] 大学の一つの重要な社会的機能が、真理と真実の探求からする行政権力への批判の機能であり、まさに大学人には一般人とはちがって憲法で保障された大学の自治や学問の自由、学校教育法が保障する身分保障などの特権を踏まえて、行政権力の誤った(と信じる)行動・政策を批判しなければならない義務・社会的責任があるといえよう。少なくとも批判の素材をオープンに社会に対して提示しなければ、大学人としてのせっかくの特権を行使せず、「特権のうえにあぐら」をかいていると批判されても仕方ないだろう。
[4] 「設置者側」であることはまちがいないが、正確には、設置者である横浜市の行政当局にすぎない。行政当局が、いくたの問題を抱えていることは、ちょっと毎日の新聞記事をみるだけでも、わかるではないか? 行政当局が完全無謬であるわけではない。行政当局が設置者=横浜市の意思を正確に表現して、政治を執り行っているとは限らない。
大学人は少なくとも自立的自律的に、行政当局の諸政策に理性的批判的に対峙する必要がある。
[5] 「大学像」は、教授会や評議会等の審議による承認を受けたものではない。学長・事務局長が専任した委員による秘密会議で策定されたものであり、その重要項目(理事長・学長分離案、全員任期制、人事委員会制度など)に関しては、多くの学部・研究科から批判・反対決議等がだされたものである。したがって、大学の作成した改革案としてオーソライズするには幾多の問題が残っている。
その現実(真実)は、今回の大学改革推進本部の文章「コース案等プロジェクト部会設置要領」にも露呈する。すなわち、
「大学の教職員により取りまとめられた…大学像」という文言は、どこにも大学の正式の審議機関である評議会や教授会の議を経ていることを示してはいない。プロジェクトR幹事会(学長以下教員7名、総務部長いか職員7名)による作成であり、これらが「大学の教職員」であることは事実だが、市長諮問委員会である「ありかた懇」の答申に沿った行政サイドの基本的方針にしたがう「大学像」である。その問題性を前面に押し出すための鋭い表現によれば、「自作自演の茶番劇」ということになる。
コース編成やカリキュラム内容、大学院の編成などに関しても、そのような露骨な介入的政策決定を行おうというのが、今回の「コース案等検討プロジェクト部会設置要領」の評議会での一方的な公開(学長さえも知らない案の評議会での報告事項としての提示)ということになろう。