20021021日 上記の声明「大学の異常事態を訴える」(1018日付)に対し、いろいろな意見が寄せられている。

 

当日の現場に関する新しい情報としては、高井事務局長が遅れて退席した際に、学長他の評議会メンバーが、一時評議会を中断して高井事務局長に対し、評議会出席を促しに行ったそうである。それにもかかわらず高井事務局長は出席しなかったということである。これは、本学の規程集「第2編 組織及び運営」の「第4章 組織・処務 横浜市立大学及び横浜市立大学看護短期大学部事務分掌規則」の「第7条 事務局長は、学長の命を受け、市立大学の事務を掌理し、その事務について職員を指揮監督する。」に明確に違反することではなかろうか。

 

寄せられた意見によれば、それだけにはとどまらないとみる。高井事務局長の職務放棄は、「地方公務員法による懲戒処分にあたる行為であると私は確信します」と。いずれ、この件は、公の場で決着がつけられることになるであろう。

 

問題はこの件に関し、学長がどのような態度を取るか、評議会がどのような態度をとるか、ということである。何を評議会の議事として取り上げるか、これについては、学則第11章第49条に、「評議会の議事並びに運営について必要な事項は、評議会にはかり学長が定める」とある。これが総務部長によって無視され、事務局関係者総退場となったわけである。このようなかたちでの事務局責任者の大学の法規無視ないし違反、大学最高意思決定機関=評議会の無視や学長無視、教授会無視の態度が、実は、昨年4月以来、水面下で日常的にみられた態度(上記725日の緊急アピールなどを参照されたい)の公然たる露出だということである。ここまでやるのか、何と傲慢不遜なというのが偽らざる気持ちである。この公然化した明々白々な重大事件に際して、学長や評議会が学則等基本諸規程・法規にのっとって毅然たる行動をとらなければ、事務局責任者の横暴を追認したことになる。無法を許しては、理性の府=大学の存在はありえない。理性と科学的真理・学問を説くことは不可能になる。これは原理的問題であり、曖昧な態度は許されないものである。

 

寄せられた意見には、教授会できちんと議論し、教授会声明として事務局責任者の横暴・法規違反を糾弾すべきだというものがあった。その教授会での問題提起には行動をともにしたい、と。これはごく当然の筋の通った意見であり、前進的建設的意見である。有志の声明は、教授会の審議までこの重大問題を放置できないというせっぱ詰まった立場からのものであって、教授会や評議会でのこの件の本格的審議をこそ望む立場のものであると考える。評議会や教授会は、臨時評議会や臨時教授会を開催してでもこの件を審議すべきだという意見もあった。学長・評議会議長、各学部長・各学部執行部の態度、情勢・状況判断を見守りたい。

 

一昨日意見をお寄せくださったある教授は、「横浜市大の最近の現状が,中田市政が目指している「アカウンタビリティ(説明責任)」を必要とする「改革」(すなわち,橋爪大三郎さんやヴァン・ウォルフレンさんのご指摘にあるような「改革」)の対極にあることを示しているのではないでしょうか」との意見(詳細はこのリンクの10月21日部分を参照されたい)を寄せられた。

学長、評議会構成員、教授会メンバーは、どのように答えられるか? 

わたしは厳しい問いを付きつけられたように感じる。