ハルトムート・ケルブレ著

永岑三千輝監訳

金子公彦・瀧川貴利・赤松廉史訳(日本経済評論社、20103月)

 

はじめに

アーヘン、ベルリン、ボーフム、ボローニャ、ボン、ブルージュ、ブダペスト、フィレンツェ、ゲッティンゲン、パリ、プラート、神戸、コペンハーゲン、ライプツィヒ、ナント、大阪、北京、ポツダム、プラハ、サラマンカ、東京、ワルシャワ、横浜で講演。

 

20001021-22

 

2005510

 

20084

 

 

 

 

1 序章

多様な近代の一部としてのヨーロッパ

20世紀後半のヨーロッパ社会史に関する本から何を期待するだろうか?

 

第一 没落?・・・超大国の地位の喪失

 

      世界の静穏な地域

      世界からの観光客 

      モデルとしての要素は?

 

第二 再び興隆するヨーロッパ?

安定した内的平和秩序と新しい政治的経済的繁栄期(1950年代から70年代初め)

 

第三 たくさんの文明の中のひとつの歴史・・・独自の近代の道。

この第三のパースペクティヴ・・・多様な近代の一部

 

中心的な問題提起

 三つ側面

1)歴史的変遷・・・変化、消滅と生起

1970年代の「極端なモダン」…1990年代には「過去のもの」

画期・・・4つ・・・1.終戦直後の時期、

2.1950年代と1960年代の繁栄期、

3.1970年代と1980年代の経済的に困難な時期、

4.198991年の大転換後の時期

 

2)分裂・相違の拡大か融合・接近・類似性・収斂の進展か?

    国と国、中心と周辺、東と西

    結び付きと相互移転

 

 (3)ヨーロッパ社会の特殊性は?ヨーロッパ外との違いは?

   優越性?

   重荷、後進性、暗黒の側面?

 

 

社会史とは何か?

 社会史は今日はっきりしたプロフイールを持っていない。

・・・たくさんの特殊領域。

せまい意味での社会史・・・社会的諸階級、社会層や身分の歴史

 

本書は広い意味・・・家族、社会国家、メンタリティ

 

  社会史の中心問題・・・長期的な、変化が困難な強制的社会構造の政治や文化への作用、との見方。それに対して、

 「行動の余地を研究すべき」との見地。

 

 ヨーロッパ社会史会議で取り上げられているすべてのテーマの総計、との見地もありうる。

社会史をさしあたり社会史研究者が取り扱うテーマで定義・・・三つの大きなテーマ領域

第一に、社会的な生活状態と生活態度の歴史。これに含まれるのは、特に家族、労働、消費、諸価値と宗教性、都市生活と農村生活である。

第二に、社会的な不平等と階層秩序の多様性。これは単に諸階級や社会的な環境に限定されるものではない。男女間の不平等、土着の人と移民との間の不平等、世代間の不平等、さらに物質的状態、消費、財産、教育、人生の期待などの不平等も含まれる。

最後に、社会と国家の間の関係、結びつきと対立、社会的な運動と紛争、メディアと政治世論、社会国家、教育政策、都市計画、保健政策を取り扱う。

この本は、こうした社会史の広い理解にしたがっている。

 

 完全な意味での社会史には、たんに諸構造と諸機関の歴史だけではなく、社会的なテーマに関する論争の歴史、意味や社会的シンボル、儀式、神話の歴史も含まれる。この意味での社会史と文化史あるいは政治史の間の境界は明確には線引きできない。その意味ではこの本のいくつかの章はヨーロッパの文化史あるいは政治史にも含まれることになろう。

 

 

他の立場との違い

 1945年以降のヨーロッパ社会史の叙述はこれまで存在しない。

 従来の研究・・・ヨーロッパ東部を除外

         20世紀最後の4半期を取扱っていない

         社会史のテーマの全範囲を取扱っていない

 

ヨーロッパの空間の定義

 ヨーロッパの境界に関する歴史家の論争は198991年の大転換以来、激しくなった。

ヨーロッパ内部の東西の境界は消滅した。そのことによってヨーロッパのとりわけ東方や南東に対して流動的な境界が以前よりも注目を浴びるようになった。

しかしこの間のヨーロッパ連合の拡大の度重なる決定も、ヨーロッパの境界の問題を新しく提起している。

 

ひとつは西ヨーロッパと東中央ヨーロッパだけ狭い地域。

二つ目は、より広い全ヨーロッパ。

ただし、独自の、ヨーロッパを越えた地域との文化的政治的関係をもっているロシア、トルコ、コーカサスなどの大国・中規模国家を除外して。これはほとんどのハンドブックが採用しているヨーロッパである。

三つ目に、広い全ヨーロッパ。ロシア、全コーカサス、トルコを含むヨーロッパ評議会とボローニャ・プロセスのヨーロッパ。

 

 本書はプラグマティックなヨーロッパの定義から出発・・・ヨーロッパを全体として、したがって東中央、東、および南東のヨーロッパを含む全体として取り扱う。

 

二つの地理的制限・・・ソ連とロシアは完全には考察の中に含まれない。

 

ソ連とロシアを含めたヨーロッパは、多くの社会分野で、たとえば出生率、家族、生活水準、社会紛争と不平等、ならびに国家介入などで、ソ連を除外した場合のヨーロッパとは基本的に別に見える

 

トルコ、ヨーロッパの空間の定義の第二の論争点も、以下ではヨーロッパに含まれない。

・・・ヨーロッパ・モデルを志向してきた。近代化政策でも反近代主義的運動でも。

しかし、トルコは20世紀後半、ヨーロッパの社会と文化には明らかに属していなかった。

今日までトルコはその社会構造でも諸価値でも明確にヨーロッパとは違っている。その違いはロシアよりもむしろ強い。

 

時期区分

 第一の時期区分の仕方・・・世紀区分。フランス革命から第一次世界大戦までの「長い19世紀」・ついで第一次世界大戦から1989/91年の大転換までの「短い20世紀」。

 20世紀の歴史は、民主主義、ファシズム、コミュニズム、ヨーロッパの政治的分割のしばしば極端に暴力的な競争の歴史。

 

第二の時期区分の仕方は20世紀を明確に区分・・・第二次世界大戦が政治的経済的転換点・・・法外な暴力と没落の時期はむしろナショナリズムの時代の帰結・・・ナショナリズムの時代は19世紀の半ばころ、あるいはすでにナポレオン戦争から始まり、第二次世界大戦でようやく終わったとみる。

この見方によれば、第二次世界大戦後に、国際性の新たな時代、新しいヨーロッパの平和秩序の時代が始まった。

国民国家の弱体化、アメリカ合衆国の新たな世界強国の地位確立、そしてヨーロッパの植民地帝国の最終的没落、しかしまたヨーロッパの経済的な再興隆の時代、1989/91年までのイデオロギー的経済的なヨーロッパ分断の時代が始まった。

 

第三の時期区部の仕方・・・1960年代と1970年代を20世紀のヨーロッパと世界の中心的な転換期とみなしている。

その後はじめて国際性が本当に貫徹し、古典的国民国家の弱体化、新しい社会的文化的なポスト物質主義的諸価値、新しい、もはや西側によっては規定されない世界秩序、新種のグローバル化が始まったとみる。

 

 この本・・・第二次世界大戦の終結を出発時点に選ぶ

「ヨーロッパにとって新しい時代が始まった」。

「新しい政治的経済的な国際的システムが成立した」。

「ヨーロッパはもはや世界の中心ではなかった」。

「民主主義がヨーロッパで勝利の行進を始めた」。

「ヨーロッパの諸社会の内的な接近プロセスが、相違と乖離の長い時代の後、開始した」。「海外移住の社会から移民流入社会へのヨーロッパの根本的な転換」

「現代的な消費社会の世界的浸透、新しい家族、労働、社会保障モデルならびに全般的な価値転換」

「はじめてヨーロッパに超国民国家的な諸機関が樹立された」。

20世紀の他のいくつかの大きな転換、すなわち第一次大戦、1960年代と1970年代の大転換、1989/91年の大転換は、第二次世界大戦以降の大転換がその背後に隠れてしまうほど徹底的なものではなかった。社会的変化でも国際的なシステムでも、また民主主義の発展において、さらにはヨーロッパ諸社会の相互関係でも、他の文明や大きな社会とのヨーロッパの諸関係においても、最後に、世界的な広がりのプロセスのなかでのヨーロッパの特殊性の成立でも、これら他の大きな転換は、第二次大戦ほどの重みはなかった。

 

本書の構成

 この本は最も重要な社会分野を取り上げ、1945年から現在までを概観する。三つの大まかに定義した部分からなっている。各章がその三つの部分に割り振られている。

 

(1)まず第一に、社会の基本的構成における変化・・・すなわち、家族、労働、消費、そして価値の転換と脱宗教性=世俗化。

 

(2)社会的な不平等と社会的秩序

第一にエリート、知識人そして様々の社会的な環境、すなわち市民階級、労働者、農民、小市民。

第二に、社会的状態の不平等、したがって所得、財産および社会的移動機会。

第三に、移民と海外移住の大陸から移民流入の大陸へのヨーロッパの大転換による移民環境の成立。男女間の不平等・・・特に家族、労働、教育の章。健康の不平等のテーマはごく簡単に生活水準に関する章で。

 

(3)社会と国家の間の諸関係と緊張・・・社会の政治への作用。社会的な運動と紛争に関する章、メディアと世論に関する章がそれである。その後、政治の社会への作用が、福祉国家の章、都市と都市計画の章、教育の章で取り扱われる。