200310月後半日誌

 

 

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20031031日 国公私立大学教員有志の都議会・横浜市議会に対する要請の賛同署名者は着実に増えているようである。今日はすでに100名を越し,今朝9時の時点で109名になっていた。念のために,本日の状況を以下にコピーしておこう。

 

昨日の日誌にも、教員組合の抗議声明(1030日付)を紹介しつつ書いたことだが、今回,学長・事務局長が市長に提出した「大学像」は、評議会における長時間の議論の結果として任期制導入に関する部分を修正した(修正部分の文章は商学部教授会で配布された)にもかかわらず、最終段階で学長・事務局長が勝手に元に戻したものであり、重大な民主主義的手続き違反をおこしていることは明らかだろう[1]。今回の最終的な「大学像」策定に至る全プロセスの非民主主義的性格をもっとも端的かつ最終的に示すものであり、各教授会、評議会は、学長の罷免を決議しなければならないのではないかと思われる。

評議会という大学の最高意思決定機関の長(学長)が、評議会において10時間近くもかけて審議した最も重要な修正部分(原案の「原則として全員任期制を導入」ではなく、「原則として教員全員を対象に、関係諸法例を検討する」という任期法の精神・立法趣旨と条文に即した妥当な修正)さえも、最終的に反故にしているのであるから[2]。内容の当否以前の民主主義原則の破壊として、各教授会と評議会は毅然たる態度を取らなければならないのではなかろうか。

 

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国公私立大学有志106声明
東京都議会と横浜市議会への要請

賛同される大学教員の方は署名ページでご署名ください。

東京都立4大学および横浜市立大学の法人化準備が、各地方政府首長の強い関与の下で進められている。わたしたち大学教員有志は、両地域の公立大学における力強い動きを大学の自律の発現として全面的に支持し、東京都議会および横浜市議会に対し、設置者権限を濫用する行政行為を看過しないよう要請する。

東京都大学管理本部が8月以降進めている新都立大学の開設準備は、大学の関与を排除して進められていることを東京都立大学総長は10月7日の声明で強く批判した。一方、横浜市立大学が10月17日に明かにした「横浜市立大学の新な大学像について(案)」は横浜市の主導の下で作成されたもので、全員任期制の導入や基礎研究費の全廃等、学術研究の自律性を損う内容に対し、商学部教授会国際文化学部教授会総合理学研究科教員有志理学部教員有志が強く批判し、10月22日の評議会では多数の反対意見が出されているが、横浜市側には、こういった学内の批判を真剣に検討する姿勢は今までのところ見られない。

こういった大学の自主性を認めない行政行為は、地方独立行政法人法が7月に成立した際に、大学の自主性・自律性を最大限発揮しうるために必要な措置を講じなければならないとした付帯決議に反し国会を軽視するものであるだけでなく、地方行政の首長が個人的信念に基き、教育・研究の当事者を排して大学を根本から改造することは、教育基本法第10条にある「不当な支配」そのものであり、当該地方議会がこの行政行為を了承するならば、明白な教育基本法違反行為が公然と行なわれることとなる。

ところで、国立大学法人法および地方独立行政法人法は7月に与党のみの賛成で可決されたが、その審議の中で、独立行政法人制度の構造が、行政による大学支配を可能とすることが問題となった。その弊害の一つである学問の多様性の破壊の様相は、東京都・横浜市双方の「改革案」に顕著に現れている。

わたしたち大学教員一人一人は、短い一生にあって特定の分野において真理と真実を探究し伝えることしかできず、無際限の真理と真実は大学界全体として探究し伝えることしかできない。その意味で、どの専門分野も、わたしたち大学教員一人一人にとって、そして大学界全体にとって、かけがえのないものである。それだけでなく、行政の判断で特定の分野を弱体化させることは、大学界の主要機能を深く傷つけ、真理と真実に対する社会の目を閉ざすものでもある。

大学界を弱体化させる動きが強まる中で、東京都立4大学と横浜市立大学における力強い動きに力付けられている大学教員は少くなくない。わたしたちは、東京都立4大学と横浜市立大学における教員と学生の方々の真摯な取りくみを大学界全体の独立性を守る闘いとして強く支持する。

東京都と横浜市において、教育基本法の禁じる大学支配が実現するか否かは、日本の大学界全体の行く末を大きく左右することに鑑み、私たち国公私立大学教員は、東京都議会および横浜市議会に対して、東京都立4大学および横浜市立大学の法人化が、各大学の自主性を明確に排除して進められていることを看過せず、教育関連諸法および国会審議に反する行政行為の逸脱をチェックする使命を遂行されることを、要請する。

なお、国立大学の場合とは異なり、公立大学を独立行政法人化するか否かは各地方政府の判断に委ねられている。この利点を活かし、公立大学の独立行政法人化を既定方針とせず、独立行政法人化が国立大学に与える影響を見定めてから、各地方政府ごとに検討してほしい。大学の本性とは調和し得ないことがわかっている設置形態に、多くの大学が画一化的に移行することが、日本の未来にとって良いはずはないからである。

 


鈴木 恒雄(金沢大学),田口 雄一郎(九州大学),山中 (三重大学),佐分利 (千葉短期大学),安野 正明(広島大学),近藤 義臣(群馬大学),増子  捷二(北海道大学),辻下 (北海道大学),一楽 重雄(横浜市立大学),小宮山 晴夫(岩手大学),白井 深雪(東京大学),上野 喜三雄(早稲田大学),佐藤 文広(立教大学),瀬山 士郎(群馬大学),向井 (北海道大学),羽部 朝男(北海道大学),平賀 章三(奈良教育大学),中野 元裕(大阪大学),渡辺 勇一(新潟大学),佐藤 公彦(弘前大学),安部 (岐阜大学),峯 一朗(高知大学),浜本 伸治(富山大学),岡田 知弘(京都大学),三好  永作(九州大学),白井 浩子(岡山大学)saito kyoji(kyoto univ.),佐藤 真彦(横浜市立大学),菅野 文夫(岩手大学),長沼 宗昭(日本大学),出水 (九州大学),油川 英明(北海道教育大学),西井 凉子(東京外国語大学),佐野 敦至(福島大学),石川 (帯広畜産大学),植田 健男(名古屋大学),太田 弘一(愛知教育大学),木原 成一郎(広島大学大学院),松尾 知之(大阪大学),服部 昭仁(北海道大学),小田中 直樹(東北大学),中溝 幸夫(九州大学),江見 清次郎(北海道大学),児島 清秀(新潟大学),吉荒 (東京女子大),土家 琢磨(北海道大学),鈴木 右文(九州大学),藤井 啓之(愛知教育大学),真田 哲也(),郭 泰彦(岐阜大学),間嶋 隆一(横浜国立大学),小林 和裕(鳥取大学),松尾 孝美(大分大学),神沼 公三郎(北海道大学),武井 隆明(岩手大学),伊藤 一帆(山梨大学),谷本 盛光(新潟大学),岡山 (早稲田大学),寺中 久男(愛知教育大学),村上 健司(静岡大学),坂内 英一(九州大学),駒田 (京都教育大学),能田 (熊本大学),坂内 悦子(九州大学),神山 (名古屋大学),亀井 (大阪教育大学),赤石 和幸(大阪教育大学),三島 徳三(北海道大学),大島 正毅(東京海洋大学),布川 (広島大学),森 善一(東京都立大学),半田 駿(佐賀大学),三波 篤郎(北見工業大学),森 (金沢大学),堀江 充子(お茶の水女子大学),豊島 耕一(佐賀大学),本田 勝也(信州大学),仲澤 和馬(岐阜大学),小林 武彦(富山大学),大津留 (神戸大学),小林 邦彦(名古屋大学),身ア (北海道大学大学院),落合 豊行(奈良女子大学),加藤 博文(北海道大学),中井 照夫(名古屋工業大学),佐久間 (長崎大学),三好 正毅(山口大学),齋藤 博次(岩手大学),永岑 三千輝(横浜市立大学),望月 太郎(大阪大学),梅田 康夫(金沢大学),坂上 康博(福島大学),田中 康博(小樽商科大学),藤本 光一郎(東京学芸大学),姉崎 洋一(北海道大学),今井 (東京都立大学),鬼界 彰夫(筑波大学),佐藤 清隆(広島大学),小林 (東京学芸大学),中野 昌宏(大分大学),阿部 剛史(北海道大学),浅野  洋(神奈川大学),保阪 靖人(東京都立大学),初見 (東京都立大学),星野 (大分大学),荻野 綱男(東京都立大学)

 

 

 

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20031030(4) 教員組合は、今回,小川学長が29日に市長に手交した「大学像」の文書が幾重にも大学民主主義に反し、評議会での審議結果を反映しないものであるかを明確にしている。大学の自治の基本原理・大学民主主義・大学学則および「評議会の議を経て」改革案を提出するという基本確認を侵害した「大学像」であることを確認しておく必要がある。

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20031030(3) 全国国公立大学教員有志の東京都議会・横浜市議会に対する要請がだされた、私も88番目か89番目の 賛同者に加わった。多くの賛同者が参加されることを期待する。国公私立大学教員有志の都議会・横浜市議会に対する要請

 

 

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20031030(2) 昨日市長に提出された「横浜市立大学の新たな大学像について」なる文書は、学内の学部や研究科などから繰り返し出された批判をきちんと踏まえたものではなく、「あり方懇」答申に合わせたものとなっている。最終段階で問題となった「教員の任期制」の部分に関していえば、「原則として教員を対象に任期を定めて任用する制度とする」となっている。「案」の段階とまったく同じである。商学部教授会で配布された文書は意味がなかったことになる。ともあれ、「全員任期制」は、商学部見解が明らかにしているように任期法の法律の趣旨に合わず、違法な制度の提唱に固執するものである。

それは、理学部や医学部と文科系学部とのちがいなども含め、一律に全員に適用しようとするものであり、任期に関する限定・例外事項を無視するものであり、違法である。そのことが無視されている。今後,ことあるごとに,これは問題化するであろう[3]。目先の「大胆な改革」のセンセーショナリズムに踊らされている。大学の案という形式を取りつつ、実際には市当局・事務局主導で今回の案が作成されたことは、任期制に関して、「教員」だけに該当することから見ても明らかである。23年間だけ大学でつとめ,「わが亡き後に洪水は来れ」(大学教員が浮き足立ち,面従腹背で精神的に荒廃しても責任を取る必要はない)とセンセーショナルな目立った「改革」を行えば大学外の部署に「出世」していく事務局(=長期安定雇用)主導の「改革」でなければ幸いである。

今後公立大学法人化の制度設計がなされるだろうが、こうした事務局主導の改革、理事長が学長を服属させるシステム構築は、大学の自由で創造的な発展には結びつかないであろう。何十年か後に、結果が出るであろうが、はたしてどうなっているか? 今回の市長宛て文書の作成に責任のある事務局の人々が何年後にどれだけ本学にいるか? 学長は最長期間で2年、事務局長は来年、その他は?

学生の意見のなかにもあったが、大学は市大だけではない。幾多の大学との競争関係である。そのなかで今回の案がはたしてどれだけ魅力のあるものか、すくなくとも大学教員に関しては、若手中堅を中心に、「先が見えない」、「われわれは奴隷ではないのだ」と怒る声や、沈うつな空気が蔓延していることは事実であろう。

 

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20031030日 大学の自治や自主性などを無視した都立大学に対するファシズム的手法での「廃止」と「改革」の強制を指揮する石原都知事は、またまたその危険なナショナリズムの本質を露呈する発言を行って、問題化している。わが国のマイノリティとして、脅威に曝される在日韓国人・在日朝鮮人のひとびとの心境は、まさに武力による日韓併合時の抑圧と脅威の再版というべきものであろう。かつての教え子のチェさんから下記のような新聞投稿原稿をもらった。その内容に共感し、ここに掲載しておこう。

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先生、ご家族の皆様お変わりありませんか?

 

また石原知事がとんでもない発言をしました。彼のこうした侵略・差別・好戦的発言の連発効果は、「ああまた言っている」と、その発言に反対する人々をあきれさせ、不感症にしてしまうことなのかもしれません。それを、ずるい彼は計算している。
でも確実に、その発言に溜飲を下げている「多数者」(マジョリティ)がいます。
だから、そのたびごとに、ちゃんと反論し、それを許さない心構えを新たにしつづけなければと思います。

 

つれあいがまた、朝日新聞に投稿し、都庁にも送りました。

 

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「私の視点」(朝日新聞に10月29日投稿、掲載未定)

 

「人間的な植民地主義」などない

 

黄 英 治(ファン・ヨンチ)

 

報道によると石原知事は28日、韓日併合は朝鮮人が「総意」で選び、植民地にされたのは朝鮮人の「責任」とし、さらに「世界中の国が合意した中で併合が行われた」と正当化し、あげくの果てに、その植民地主義を「人間的」だったと発言している。
これは歴史のわい曲を通り越したねつ造であり、さらには他民族・他者への痛みに想像力が欠如した、結局は侵略と支配、差別を正当化する知事の思想が端的に現れたものだ。 
第1に、韓日併合は日本軍の武力によって朝鮮人の反対運動を徹底的に弾圧して強行されたのは、どう逆立ちしても否定できない厳然たる歴史的事実である。次に、日本の圧倒的な軍事力で押さえつけられた朝鮮人の抵抗、徹底的に弾圧された独立運動、国内や中国東北部で継続された独立抗争の事実を消去して、「責任」を朝鮮人に転嫁するなどは、本末転倒もはなはだしい。
そして、「世界中の国が合意」したとは、いったいどこの国を指しているのだろう。高校の教科書にも書かれているように、韓日併合した1910年当時、国際連盟さえ存在しておらず、少数の帝国主義列強が世界分割に血眼になっていたことを、石原氏は知らぬはずはないだろう。つまり、彼が言う「世界中の国」とは、世界分割を互いに承認しあった数か国の侵略的な帝国主義列強に過ぎない。これをもって併合(植民地化)を正当化しようとすること自体が、歴史に対するいちじるしい無知をさらけ出すことにほかならないことに、知事は気付くべきだ。
ましてや、「人間的な植民地主義」などありえない。支配民族は常に、被支配民族を「人間的に扱った」「鉱山開発、鉄道敷設、学校も作った」「よいこともした」と言いつくろう。しかし、それらは植民地の人々のためではなく、侵略支配する帝国主義の収奪を効率化するためであり、とくに「学校を作る」のは支配民族への同化を促進することを目的としていた。
このように、農地や資源、生産物を取り上げ、固有の言語・文化を禁止して奪い、軍・警察支配を背景に同化を強要する植民地主義は、世界史上、「人間的」だったことはただの一度もなかった。
日本は第二次世界大戦後、米国に軍事占領された。もしあの時、英語を「国語」とされ、九州と四国を米国の植民地として併合されていたとしたらどうだったろう。日本がされた、「その程度」の強制や併合をも、石原知事は「人間的」ということができるだろうか。
現に沖縄は米国の「軍事植民地」にされ、今も「米国支配」のさまざまな困難を、本土にかわって一手に引き受けさせられているではないか。しかし、石原知事は、沖縄の現実を「北朝鮮の脅威があるから仕方ない」と言うだろうか。
他者の痛みに想像力を欠き、いや、他者の痛みを否定し、みずからを絶対的に正当化して他者に押し付けるごう慢。こうした石原氏が東京都知事選に「圧勝」した事実は、彼の言動に居心地のよさを感じる「多数者」が形成されていることを物語っている。しかし、私たち在日朝鮮人をはじめ、「少数者」は、この現実におののいているのである。
石原氏の言動の行き着く先は、「ファシズムと戦争」ではないかとの危惧を否定できる人はそんなに多くはないだろう。少数者の危惧が現実のものになってきた、誤った歴史をくり返してはならない。
石原氏の言動がもはや行き着くところまで行き着いたいま、私は石原氏に投票した「多数者」に、強く問いかけたい。彼を選んだのが正しかったのか、と。

 

 

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20031029(2) 都立大学を巡る情勢は次のようである。

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皆様。

東京都立大学の「改革」が、危機的状況を迎えています。
このような「改革」がまかり通れば大学はめちゃくちゃです。
是非ともお読みの上、ホームページなどにアクセス下さいますよう。


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都立4大学の「廃止」をめぐる危機について

1.8月1日の「都立新大学構想」発表にいたる経緯
1.1.7月31日までの大学改革案検討の過程とその内容
 2001年2月に「大学改革基本方針」を、同年11月に「大学改革大綱」を東京都が発表
して以来2年余り、東京都(大学管理本部)と私たち都立4大学(都立大、都立短大、
科学技術大、保健科学大)とが協議しながら、4大学を統合・再編(短大のみ廃止)す
る大学改革案の策定が行われてきました。あらゆる委員会、ワーキンググループに都立
4大学の教員と管理本部の参事・副参事等が参加しての膨大な作業の末、カリキュラム
、時間割等の最終的な詰めが行われ、改革案がほぼまとまりつつありました。都立大学
の5学部(人文・法・経・理・工)は維持しつつ、大学院大学化する短大は廃止する法
科大学院(ロースクール)、ビジネススクールを新設する科学技術大学の大部分は南大
沢キャンパスの都立大工学部に統合・再編し、科技大のある日野キャンパスには産学公
連携センターを新設する人文学部は全体としては人員を削減しつつも、「社会人類学」
、「文化関係学」、「言語科学」、「日本学・日本語教育学」専攻を新設する、などを
内容とし、教育面でも、学生が選択したテーマに沿って学部・学科横断的に履修する「
課題プログラム」を提供するなど、都財政の制約等きびしい条件下でかなり意欲的・実
質的な改革が盛り込まれたものでした。
1.2.突然の新構想発表
 8月1日午後2時、都立4大学の総長・学長が都庁の管理本部に呼ばれ、突然「都立
の新しい大学の構想について」と題するプレス発表資料を提示されました。それは管理
本部も参加し2年以上の年月と膨大な労力をかけてまとめてきた改革案とはまったく異
なるものでした。その資料以上の説明は何もなく、質問も受け付けないという異常な状
態のまま、同日午後3時より記者会見で都知事がこの「都立新大学構想」を発表し、こ
の構想がいやだという教員は「辞めたらいい」と放言しました。

2.「都立新大学構想」と「教学準備委員会」
2.1.「新構想」の問題点
 この構想では、現都立大学とその5つの学部(人文、法、経、理、工)、および他の
3大学はすべていったん「廃止」され、現都立大の5学部の大部分は、「都市教養学部
」という意味不明の看板を掲げた新学部に押し込められます。「観光・ツーリズム」、
「メディア・アート」、「産業系デザイン」といった、現都立4大学の教育、研究にま
ったく基盤をもたない、思いつきのような学科の新設がうたわれています。他にも教育
の責任放棄につながる「単位バンク」、理事長が任命する「塾長」が管理する「東京塾
」構想など、きわめて問題の多いものです。また「任期制・年俸制の導入、業績主義の
徹底」がうたわれていますが、教職員や組合にはいまだにその内容の説明はまったくな
いままです。(新構想の詳細は
http://www.metro.tokyo.jp/INET/KEIKAKU/2003/08/70d81100.htm
参照)
2.2.「教学準備委員会」とその問題点
 その後(都立大総長、都立短大学長を除いた)都立大5学部長と科技大・保科大学長
が管理本部に呼ばれ、「教学準備委員会」への参加を要請されました。そのときの管理
本部長の発言が後日文書として示されました。それによれば、「『大学の統合』や『新
大学へ移行』ではなく、『4大学の廃止と新大学の設置』を行う」、「4大学の廃止と
新大学の設置は、『設置者権限』であり、これから設置者責任の下で新大学の設計を行
っていく。したがって、基本的に『旧4大学は新大学を設計する上でのひとつの資源』
と受け止めている」ということでした。そして、「新大学の設計には、基本構想に積極
的に賛同し、かつ旧大学の資源に精通した方を任命」する、とされました。つまり、学
部長(あるいは学長)として呼んだのではないので、学内に持ち帰って(教授会等で)
議論する必要はない、ということです。それどころか、「守秘義務」を課す文書に署名
させられ、学内での情報提供・議論を禁じられました。「基本構想に積極的に賛同」し
ない限り新大学の設計には参加させないとして、参加したければ「イエスマン」になれ
、という「踏み絵」を踏むことを求められたのです。もちろん「資源」扱いされたその
他の教員は意見を述べる場などいっさい与えられませんでした。

3.その後の展開配置案・「同意書」と都立大総長声明
3.1.配置案と「同意書」の問題
 9月末になって、管理本部から大学側に対して、新大学における人員配置案が一方的
に提示され、「配置案に同意した上で、詳細設計に参加し、詳細設計の内容を口外しな
い」ことに同意する、という「同意書」の提出が全教員(助手を除く)に対して要求さ
れました。
 この配置案では、人文学部がリストラのターゲットとなり、定数が13964と半
減されています。日本でも一、二を争う実績を持つ文学科5専攻(英・独・仏・中・国
)が消滅し、わずかに哲学、史学と同居の「国際文化コース」が残るのみとなっていま
す。また、8月1日の構想にはなかった「基礎教育センター」と「エクステンションセ
ンター」が示され、都立短大の教員、都立大人文学部および科技大・保科大の文学・語
学系、都立大理学部の体育系、都立大工学部の情報系等の教員の多くがこれらのセンタ
ーに配置されています。「基礎教育センター」の配属となる教員は学部専門教育や大学
院教育を担当できず、また「エクステンションセンター」は将来は大学から独立して「
経営の自立化を目標」とするなど、重大な問題を含んでいます。しかもこれらのセンタ
ーには「機能を維持するための一定程度の教員組織を置く」とされ、多くの教員は「過
員(定数外教員)」の扱いとされることになります。学部に1年遅れて18年度新設
目指すとされる大学院の構想も依然として不明確なままです。配置される組織の具体的
内容・実態も明らかでない状態で、配置案への同意を求めるというのはきわめて異常で
非合理的です。
3.2.都立大総長声明と3大学学長意見表明
 このような事態を受け、都立大学総長は10月7日総長声明を発表しました。その内
容は、よい大学の実現のために最大限の努力を惜しまない意向を表明しつつ、新構想の
問題点を指摘し、管理本部に対し、可及的速やかに設立準備の推進体制を再構築するこ
と、および「同意書」提出要求を白紙撤回することを求めるものでした。
 9月29日都議会文教委員会における管理本部長答弁にも見られるように、都立4大
学を分断し、都立大、特に人文学部を孤立させようとする大学管理本部は、都立大総長
声明に対抗する形で都立3大学学長名の「意見表明」を発表しました。これに対しては
教職員組合科技大支部が批判声明を出しており、また「意見表明」は全学の意思に無関
係な「個人的見解」であることが科技大教授会で確認されています。

4.最近の動きと今後の展開
4.1.第4回教学準備委員会 (10.25)、「移行」問題等
 10月25日の第4回教学準備会では、冒頭管理本部長の発言があり、「人文の見直
しなくして大学改革はありえない」「人文をはじめとする人的資源の再配分が必須」な
ど、都立大人文学部が全学の語学・教養教育を担っている事実を無視した恣意的な数字
(教員一人当たり学部学生数)まで挙げての露骨な攻撃を行いました。短大教員、情報
系・体育系教員等とともに多数の人文系教員が配属される基礎教育センター・エクステ
ンションセンターの教員定数(それぞれ10、25)が示されるとともに、「可能な分
野(=英語教育)のアウトソーシング」、「全面委託の場合の費用概算 約1億1千万
円」など語学教育の責任放棄・教員のリストラ策が打ち出されています。他にも「必修
科目は置かない」「履修年次を設けない」など、およそ責任ある大学教育の構想とは考
えられない提言が並んでいます。
また、管理本部は教職員・都民・都議会に対しては「4大学廃止、新大学設置」と説明
してきましたが、教職員組合の解明要求事項に対する回答の中では、地方独立行政法人
法上は新大学は「移行型法人」であるとし、文科省に対する設置申請も「移行」の形式
をとる可能性を認めており、その詐欺的な手法に批判が高まっています。

4.2.教職員の動き
 同意書問題では、大学、学部によって対応が分かれており、10月16日には都立大
総長・5学部長による教職員への説明会が開催され、同意書への対応等をめぐってきび
しい意見のやりとりがありました。しかし平成17年4月新大学設置に向けてタイムリ
ミットが迫る中、同意書を提出していない教員もその一部は作業に参加させられており
、同意書はその意味を失いつつあります。そのような状況の中で、10月25日には都
立4大学の教員懇談会が開催されるなど、都立の4大学が協力してよりよい新大学を構
想しようとする動きも見られます。また、今まで別組織であった保健科学大学の教職員
組合も他3大学の教職員組合と合流する予定で、4大学の教職員が一致してたたかいを
進めていく体制が整いつつあります。また、新大学での助手の身分がどうなるのかにつ
いては、管理本部から今に至るまでまったく説明がなく、学内の助手会が公開質問状を
出す動きもあります。

4.3.学生の動き
 現在都立大では、「新大学憲章」の作成が学生も交えて進められていますが、これと
「新構想」への反対運動が結びついて新たな展開を見せています。都立大学生自治会の
抗議声明、都立大人文科学研究科院生会の質問状など、学生たちによるさまざま疑問・
抗議の声が挙がっており、10月15日には都立大総長、5学部長による学生説明会が
開催され、新大学における教育・研究体制や学生・院生の身分保障等について、多数の
学生から真摯な疑問・批判がぶつけられました。

4.4.学外への働きかけ(意見広告、都議会文教委員会、「都立大プロジェクト」、
「都民の会」)
 都立大・短大教職員組合は9月18日付朝日新聞(都内版・多摩版)、19日付都政
新報に意見広告を掲載し、その後もさまざまな集会、シンポジウム等で8.1新構想の
問題点・不当性を訴え続けています。
 都議会、特に文教委員会に対しては、教員・学生による要請行動、FAX、メール等
による大学内外の各方面からの要請が行われています。9月29日の文教委員会での質
疑にもそれが反映され、大学管理本部に対し批判的な質問が数多くなされています。1
1月13日の文教委員会に向けてさらなる要請行動が続けられています。
 都立大・短大教職員組合顧問弁護士の呼びかけで、全弁護士の約1割を組織する団体
である自由法曹団に「都立大プロジェクト」が立ち上げられ、都立大の問題に関する弁
護士意見の作成が進められており、ILO、UNESCOへの提訴も検討されています。
 9月28日都立大において「都立四大学廃止に関する緊急シンポジウム」が開催され
、学内外から300名近い参加者があり、アピールと大学管理本部に対する公開質問状
が採択されました。これを受け、10月13日には「都立の大学を考える都民の会(仮
称)」の設立準備会が開かれ、11月1日に大学祭企画シンポジウム「廃止して良いの
か?都立大学」が開催されるのにあわせて「都民の会」の設立大会が予定されています

4.5.学外の反応・マスコミの報道
学外でも、歴史学研究会、神戸大学教職員組合など、多くの研究団体・教職員組合が抗
議声明等を出し、新構想の問題点、都・大学管理本部の手法の不当性を訴えています。
参議院の櫻井充議員(民主党)が提出した質問主意書の中で都立大の問題が取り上げら
れており、これに対する回答が待たれています。
10月7日の総長声明とその背景となった同意書問題については、朝日、毎日、東京な
ど各紙が大々的に報道しました。その後も週刊朝日(10.24号)、

10月24日付朝日新聞などで都立大の問題が大きく取り上げられ、全国的な注
目、関心を集めています。
学内外の各方面から寄せられているさまざまな疑問・批判に誠実に応える義務・説明責
任が東京都・大学管理本部にはあるはずですが、いまのところほとんど反応はありませ
ん。

2003
年10月27日   
                       都立4大学教員有志


参考HP:
東京都立大学・短期大学教職員組合HP(これまでの経緯から最新情報までさまざまな
情報、リンク)
http://www5.ocn.ne.jp/~union-mu/
「石原都政の下での都立大学改革を考えるHP」(「都民の会」の活動、文教委員のリ
スト、リンク等)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/3113/index.html

 

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20031029日 「都立大学を考える都民の会」の結成,その賛同署名が呼びかけられている。本学と同じような、いやしかし「4大学廃止」などという本学とはまた格段に大学の歴史と自治を無視した石原都政のやり方に抗議する気持ちは強い。倒立大学総長の毅然たる姿勢に共感し、「都民の会」の設立とその運動の広がりに期待したい。

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みなさま
 
すでに、受け取られているかもしれませんが、下記、メール送らせていただきます。
都立大学「新構想」についての石原都知事・山口一久東京都大学管理本部長殿への抗議文および、「都民の会」のご案内です。
抗議文に賛同される方は、下記・・・・・さんまで、ご連絡ください。
また、時間がありませんが、転送して広めていただければ幸いです。
よろしくお願いします。
―――――――――――――――――――――――――
都立大学史学科院生会支援者の皆様:
 
都立大学の「改革」問題に関しては、日頃から都立大学史学科
院生会に対してご支援を頂き、まことにありがとうございます。
 
私は、都立大学史学科OB033月、大学院博士課程中退)で、
現在、・・・・大学で非常勤講師をしています
今回の都立大学「改革」問題では、現役の院生と共に活動しております。
 
都立大学史学科OB会では、以下の文面で
『抗議声明』を出す予定です。
この「抗議声明」の文面は、OB以外の方でも賛同していただけるような
ものとなっております。
そこで、一人でも多くの方のご賛同とご署名を頂きたく思い、
ここにご連絡差し上げました。
 
ご賛同いただける方は、下記アドレスまで、その旨お知らせください。
・・・・・・:・・・・・
 
またその際には、お名前だけの掲載か、ご所属・職名まで掲載可能か
お知らせください(「抗議声明」文末の(例)をご参照ください)。
 
なお、この『抗議声明』を出す際には、マスコミ各社にも送付する予定です。
 
ご賛意表明の締め切りは、諸般の事情により、誠に勝手ながら、
10
29日の24時としたいと思います。
 
以上のこと、なにとぞよろしくお願い申し上げます。
 
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抗議声明
 
石原慎太郎東京都知事殿
山口一久東京都大学管理本部長殿
 
 東京都立大学を初めとする都立4大学の統合問題について、本年81日以降の展開は、我々が深く憂慮する事態となっている。すなわち、石原慎太郎都知事のもと、東京都は、自ら策定した「東京都大学改革大綱」に則ってそれまで進めてきた統合構想と準備体制を、81日に何ら正当な理由なく一方的に破棄することを突然宣言し、「都立の新しい大学の構想について」(以下、「新構想」)を発表した。これ以降、「新大学」の検討体制は、都立大学総長を排除し、また都立大学の各学部長に対しては、「資源」としての現大学を知悉する「個人」としてのみ「参加」を認め、学部などからの意見を反映させることはおろか、検討の内容についても一切公表しないことを求めるという、強権的なものとなっている。また東京都大学管理本部は、都立4大学の教員に対して、都が示す「新構想」に包括的に賛成する「白紙委任状」とも言うべき「同意書」の提出を求め、各大学内に大きな混乱と対立を引き起こしている。さらに、この「同意書」は、「新大学」における教員配置計画や詳細設計の内容について、一切口外しないことへの「同意」も求めている。このような秘密主義的態度は、民主主義社会においては到底許されるものではない。
 このように東京都が情報を開示しない中で、在籍する学生・院生は、将来に対する不安から幾度となく大学管理本部に足を運び説明を求めたが、大学管理本部は全く回答せず、不誠実な態度に終始していると聞く。さらに、一部には、そうした在学生の不安を大学側が煽っているとの批判があるとも聞く。これは一体どういうことなのか。「秘密」の厚い壁に包まれた「新構想」に対して在学生が将来への大きな危惧を抱き、止むに止まれず大学管理本部に訴えることは、当然のことであろう。こうした事態を招いている原因は、言うまでもなく、大学管理本部の強権的・強圧的で秘密主義的なその態度にある。大学管理本部は、速やかに情報を公開し、新しい大学のあり方を議論する開かれた場を構築しなければならない。
 さらに、こうした手続き上の問題に加え、現在示されている「新構想」の内容にも大きな問題がある。
 「新構想」は、人文科学系の学術に対する著しい軽視と激しい攻撃に、その特徴がある。すなわち、「新構想」では、人文科学系の教員定数を現状の半分以下にするという大幅な人員削減と、英文・仏文・独文・中文・国文といった文学系専攻の消滅が計画されている。しかし、東京都立大学の人文科学系各専攻は、これまで日本の人文系学術界に多くの傑出した人材を輩出し、学界において重要な位置を占めてきた。
「新構想」は、こうした学術的蓄積・成果や貢献について何ら考慮することなく、それらを大きく損なわせようとするものである。このような行為を「改革」と呼ぶことはできない。文化と「知」の破壊である。
 また、この「トップダウン」などという流行の言葉のもとに行われている強権的・
強圧的な大学破壊が実現されるならば、それが「モデル」として、独立法人化を目前にした全国の国公立大学、ひいては私立大学の「改革」に波及することは必至である。このような学術破壊は、この国の「知」そのものに取り返しのつかない打撃を与えるであろう。東京都立大学が直面している問題は、単に都立大学だけの問題ではない。
 以上から我々は、現在、東京都によって進められている東京都立大学の破壊に対
し、深い危惧の念を抱き、ここに強く抗議する。
 
以上
 
2003
10月 日
東京都立大学史学科OB会有志および支援者一同
 …
(順不同)
 
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【行事の案内】
 2003111日 「都立大学を考える都民の会」()の創立総会 

「都立大学を考える都民の会」()設立総会
 日時:11月1日() 8時から9時
 都立大学において、「都立大学を考える都民の会」()の創立総会を開く予定です。 この日は、これ以前に下記のように、大学祭企画「廃止して良いのか?都立大学!!」が開かれます。 詳細は、順次、こちらに掲載する予定ですので、是非、注意してご覧になって頂けますようお願い致します。

「都立大学を考える都民の会」()は、設立賛同者(呼びかけ人)を引き続き募集しております。詳しくは、こちらをご覧ください >>  <http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Lounge/3113/031007jyunbikai_syousaiban.htm> ココをクリック!
 賛同して頂ける方は、ganbare_toritudai@yahoo.co.jp までメールをくださいますようお願い致します(お名前・肩書き・連絡先をご連絡お願いします。お名前・肩書き等、公表不可の方はその旨をお書きください)。

 

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20031028日 昨夜,臨時教授会が開催され、22日の評議会(2時半から「夜11時半過ぎまで」,人によっては「12時近くまで」、継続し,時間切れで終わったという)の報告があった。教授会では横浜市立大学の新たな大学像について(案)の幾多の問題のうち、商学部などが商学部教授会見解で批判し問題提起(商学部の見解国際文化学部の決議を参照,さらに教員組合の「法律違反だ」との見解:「現職全教員への任期制の導入は地方独立行政法人法に違反します」も参照)した「全員任期制」および「人事委員会制度」の違法性が激しい論点となったという。(インターネットによる全国的な報道は、Academia e-Network Letter No 14 (2003.10.24 Fri)
         http://letter.ac-net.org/03/10/24-14.php
参照)

 

商学部長・商学部評議員は、プロジェクトR(幹事会)案の修正を求め,粘り強く発言を続けたという。学長(背後にいる事務局責任者)の評議会議事運営は,いっさいの修正を許さないという態度であったようで、全員任期制反対の決議や人事委員会制度の違法性・不明確さへの重大な疑念についての決議は,葬り去られたようである。いっさいの修正を許さないということなら、評議会という場での審議など必要ない。

採決を求める意見には、「前例が無い」として抑えこんだという[4]。商学部評議員も発言したということだが、前例のないような大学の運命に関わる根本的な改革が問題になっているのではないのか? だからこそ,前例などにとらわれず、責任を明確にするかたちでの審議を行うべきであり,各個人の責任を明確にすべきであた。ところが、そうした個々人の責任明確を求める評議員の発言に、事務局から「それは責任逃れだ」などと不規則発言があったようである。こうした不規則発言は、録音テープなどで誰のどのような発言か確認が必要になるかもしれないが、ともあれ、昨年秋の事務局責任者の指揮命令による評議会からの事務局員総退場事件という前代未聞の事件を彷彿とさせる。)

 

われわれ一般の教員は,評議会の最終的到達点が何か,その正式の議事録などを知らされていない。任期制と人事委員会に関する改革案の部分の文言の修正があったとその文章が配布されたが、それは商学部長作成のものであり、はたしてそれが正式の評議会議事録や「改革案」に記載されるのかどうか。学部長・評議員の口頭説明、学部長・評議員等の発言内容については、自己弁明的な発言部分は別として、臨時教授会の議事録をきちんと確認する必要がある。大学と大学教員全体の運命に関わる問題だけに、厳密な確認が必要になろう。

 

22日評議会の議論が最終的にどのように議事録に記載されるのかわからない。各学部,特に商学部教授会が明確に表明している「全員任期制」や「人事委員会」制度の違法性の主張が適切に議事録に反映されるかどうか、検証が必要である。29日に出されるという市長宛て・大学改革推進本部宛て最終答申の文章を検証しなければならない。

 

これに対し、われわれ一般教員が知らない評議会の最終的到達点なるものが,新聞で報道された。「全員任期制」,「人事委員会制度」がその報道の目玉である。問題はその報道の正確さである。はたして,それが、評議会の審議の内容,経過を適正に報道しているかである。誤報や一面的報道は、この間の本学改革を巡る幾多の報道でみられ、「市民の会」や教員組合が繰り返し非難し抗議してきたところである。

 

もし今回の評議会審議の結果に関する報道が,正確に評議会の最終的決定なるものを報じているなら、その新聞報道はまちがいではないということになる。

しかし、評議会の議事運営はいっさいの修正を許さないという学長の運営をどのように打破するかを巡っての長時間の議論であった。最後は時間切れで終わったとされる。明確な採決などいっさい行なわれていないという。

したがって、「評議会の決定」とされる新聞報道事項が、プロジェクトR案の段階の情報であり、古い情報に基づくものであって,実際の評議会の最終的結論や審議経過と違うものであるならば、それは評議会の議長としての学長が,新聞各社に抗議して訂正を求めるべきものである。

学長が、いまだ新聞各社に訂正を求める要請を行っていないとすれば、新聞報道が正確だということになるのか? 

正式な市長への最終答申の文章をまって判定する必要がある。

@  学長は市長に対してどのような答申を出すのか? 

A  これまでの各学部・研究科の批判を踏まえたものか,無視したものか。

B  無責任な超越的な「あり方懇」答申に合わせた内容であり、秘密幹事会で「あり方懇」答申に合わせる努力をしただけの行政的上意下達の内容にすぎず、商学部教授会,教員組合その他からの違法性の指摘なども無視した強引なものか?

 

 

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20031027日 全国の大学人に対して、都立大学問題・横浜市大問題で都議会や市議会に対する訴えの声明を出そうとしてくださっている。その全国的な動きに関しては、いずれここでも紹介できるだろう。本学教員組合は、先日の読売新聞報道に抗議文を送った。読売新聞報道を通じて,本学の「改革」を知った人々には,誤解を与える報道の仕方であり、看過できないことを明確にしている。抗議文ファイルにリンクを張ると同時に、いかにもコピーしておこう。都立大学教職員組合からの連帯・支援の決議も届いた。リンクを張ると同時に、下記にもコピーしておこう。

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読売新聞編集局長殿

 

1024日貴紙朝刊一面に、「横浜市立大学は23日までに、2005年度の独立行政法人化にあわせ、641人の教授、助教授など全教員に任期制、年俸制を導入することを柱とする大学改革案をまとめ、学内の評議会で決定した」と報じた。しかし、本件に関する他紙の報道が大学改革案を「まとめた」との記事であるのに対し、「学内の評議会で決定した」とする貴紙の報じ方は異例のものといわなければならない。「学内の評議会で決定した」と報じるならば、その決定のプロセスも報じなければ、本改革案が学内の総意を結集したものとの印象を対外的に与えることになる。

 本改革案とその伏線となってきた諸案(「あり方懇」答申、「大学改革案の大枠の整理について」、「大枠(追加)」)に関して、それらの本質的な諸論点について学内外で厳しい批判が相次いできた。本年、この6ヶ月においてさえ、幾度か開催された各学部の教授会、臨時教授会、付置研究所の教授会、評議会、臨時評議会、プラン策定委員会において極めて厳しい批判が続出し、事実、学部教授会においては都合8件の反対決議や教授会見解が表されてきているのである。今回の改革案は決して学内の総意を結集したものとは認めがたく、今後さらに検討を要する細部を数多く残している性格のものである。

 読売新聞社の新聞報道に関しては、横浜市立大学教員組合は以前にもその報道姿勢を批判し公平な記事とすべきことを主張した。今回の報道も初歩的な取材義務を回避したものであり、社会の公器としての責任を問われるものである。ここに、貴社の不公正報道に強く抗議するものである。

 

20031027

                             横浜市立大学教員組合

 

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第二号決議

 

横浜市立大学教員組合の闘いを支援する決議(案)

 

 

 現在、横浜市立大学では「あり方懇」の答申を受けて大学改革推進本部の主導の下に、強権的かつ強引に改革の準備が進められている。「改革の目玉」と呼ばれているのは、@プラクテカルなリベラルアーツ、教育に重点、A三学部を統合、B学府ー院構想、C公募制、任期制、年俸制、D学長と理事長の分離、であると言われている。しかしながら、以下のような問題点を含んでおり、「改革」と呼べるものではない。

 

(一)まず手続き上の問題点である。各学部教授会の反対決議や意見だけではなく学生・院生から反対意見が多くあるのに、ほとんど無視されている。

(二)次に改革の中身の問題点である。@プラクテカルなリベラルアーツ、教育に重点、A三学部を統合、B学府ー院構想、のいずれも学問的に裏打ちされたものではなく、机上の計画に過ぎない。さらに横浜市大が永年培ってきた研究面がほとんど言及されていない。

(三)次に一律任期制、年俸制が検討されているが、「任期制法」にもあるように、任期制は特殊な場合に限定されたもので、一律任期制は法の精神にも反する。

(四)また学長と理事長の分離と、理事長を学長の上に置く案は、理事長の独裁をまねく可能性があり、大変危険である。

 

 このままでは、これまで横浜市立大学が永年時間をかけて築きあげ、蓄積してきた研究と教育の財産は新大学に継承されるどころか、全く無に帰することになりかねない。そうなれば、これは横浜市立大学が築き上げた知的財産の恩恵に浴するすべてに人々にとっての損失であり、横浜市だけの問題ではない。さらに、このような手法が今後の大学改革の悪しき前例となれば、日本の大学教育そのものが危機に瀕する可能性がある。

 とくに注目しなければならないのは、横浜市立大学に仕掛けられている攻撃が都立四大学への攻撃ときわめて酷似しており、明らかに同じ根を持った大学と教育研究への抑圧だということある。

 したがって、我々はこれまでの横浜市および横浜市立大学当局の手法に抗議するとともに、横浜市立大学教員組合の闘いを全面的に支援し、ともに闘うことを決意する。

右、決議する。

 

 

 

二〇〇三年十月二十五日

                  東京都立大学・短期大学教職員組合二〇〇三年臨時大

 

 

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20031024(3) 神奈川新聞が、1022日評議会の「基本的了承」による「改革」案と関連記事を報道している。外部がどのような受け止め方をしているかの証拠として、この二つの記事にリンクを張っておこう。一面記事木原研関係: pdf版はファイルが大きく重いので開けないことがあり、総合理学研究科・佐藤真彦教授のHPのこの記事紹介ページにリンクを張っておこう。

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20031024(2) 本日誌で紹介したプロジェクトR委員会の「横浜市立大学の新たな大学像について(案)」の批判・決議は     全国的な関心の的となっている。

(総合理学研究科・佐藤真彦教授HPの紹介から:『横浜市大の新たな大学像について(案)』を批判する教授会決議・声明ほか03-10-24(辻下徹氏ホームページhttp://ac-net.org/dgh/blog/

 

 

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20031024日 大学院博士課程廃止に抗議する声が寄せられた(10月前半日誌の注8をも参照)。大学院生があまりにも沈黙しているので、文科系大学院博士課程廃止の「あり方懇」答申やプロジェクトR(幹事会)の「改革」案を「仕方がない」と容認しているのかと思っていたが、そうでもないようである。学部についてはなにもいっていないので、3学部の統合などは「仕方がない」が[5],大学院、とくに博士課程は残しておくべきだということなのだろう。

 

大学院博士課程を残すべきだというのは私のこの間の一貫した主張であり、この抗議を寄せた人の希望通りとなることは,私の主張と同じである。

いよいよの場合には、文科系でひとつの博士課程を創り、博士(学術)だけでも出すようにすべきではないか、というのが,何回か展開してきた私の意見である。もちろん、人文社会科学研究科(総合文化研究科)といった文科系総合大学院を創設し、そのひとつのコースないし専攻に「経済学」を残し、博士(経済学)も取得できるようにする方法もあろう。それが可能だということを証明するために、歴史系の博士課程担当有資格者が国際文化学部の大学院にも何人もいますよ、とこれまた何回かこの日誌で指摘してきた。

あるいは、経済学研究科と経営学研究科を統合した「総合経営科学研究科」とし、その博士課程に博士(経済学)のコースを置き、現在のように歴史系と近代経済学系との二つのコース(ないし専攻)に博士課程を置くということも考えられる。総合経営科学研究科では博士(経営学)と博士(経済学)の二つを取得できるようにする、という構想もありうるだろう。

 

私の意見が多数ならば,何も問題はない。少数の教員が「博士課程の廃止はおかしい」と主張し、私のように,廃止などというのは「犯罪的行為だ」とまで厳しく表現しても,多くの人が無関心・無気力に陥っているとすれば、それまでである。わずか56年ほど前に創設した経済学研究科博士課程を含めて、「あり方懇」答申とプロジェクトR(幹事会)は、「原則として文科系博士課程廃止」などと打ち出していたのだから。

わずか56年前の事務局責任者はどこにいったのか? わずか56年前の市当局者はどこへ行ったのか? わずか8年ほど前に文理学部を改組し,国際文化学部と理学部を創出した事務局の責任者の人々はどこへ行ったのか? 市当局の不見識・無方針・無原則ぶりはどうすればいいのか?

その時々の事務局・行政当局の思惑で次々と大学が振りまわされたら、誰が真剣に大学の発展を考えられるか?

「横浜市に大学を持つ資格無し」と陰口をたたかれていることは、至極当然だ、ということになりはしないか?

 

行政(事務局)主導の経済至上主義・効率至上主義が支配し、高度研究教育・大学院充実という時代の流れに逆行する非建設的な提言・構想が,事務局の予算編成実務の権限を背景に貫徹する構造となっている(ところが最終的責任は当然にも教員が負うようになっている)ならば、お手上げであり、驚くしかないではないか。こうした構造が、「経営と研究教育の分離」を打ち上げる新しいシステムではますます明確にされる(実態は、「分離」ではなく、経営への研究教育の服属)

 

 

-----------抗議の声-----------

          「経済学博士」ではなくて、「学術博士」というのも入学時の契約に反すると思います。経済学研究科歴史系経済学専攻で入っているのですから。
 そんな学術博士などという博士号は無意味です。
 加えて、HPで博士課程の継続に対して、「無理しなくても良いよ」等と先生に言っているのはだれなのでしょうか。それが「一理ある[6]」と先生が認めることもおかしいと思います。
 少数者が帰属する制度から潰して、「鬱憤晴らし」をしようというのは、市大病院で起きた患者の殺害[7]と同じ手口ではないでしょうか。改革と言いながら、何も変わっていません。
 @廃止ならば、今いる院生に対して、「学費全額返還」と「移籍先の他大学院の確保」
 A大学院を残すならば、「経済学博士号」を出せること。
 このぐらいが当然だと思います。

 教授会などに参加でき、先生方に直訴する機会があればと思います。

 

 

事実の一面である」というのも、やはり私のような立場では、うなずけません。
 助言者の「無理をしないほうがよい」、という理屈はおかしいです。
 このような言説を平然と言う教官がいるだけでも、市大はおかしいと思います。教育者・研究者として失格であると思います。

 やはり、少数者の帰属する制度からまず潰す「鬱憤晴らし」でしょう。
 大学に漂う暗いムードを、「犠牲になる子羊」を作ることで、正当化しようとしている感じがします。
 自分達の漠然とした鬱屈やルサンチマンが博士課程院生に投射されて、院生達が苦しむ姿を見て、「面白がる」という雰囲気を感じます。

 

----------一応の私からの注釈----------- 

 

事実の一面」とは、たとえば、現実に見られる負担増のことである。

学部の教養教育だけを不当に重視し、現在のような文科系博士課程の廃止()を掲げる空気のなかでは、一部の教員だけに負担がかかってくることは必然という意味である。すでに学部事務室廃止と人員削減などのため、従来は事務職がやっていた大学院の事務も相当に教員が負担するようになっている。

 

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20031023(3)  横浜市立大学の新たな大学像について(案)」に対する商学部の見解および国際文化学部の決議をここにリンクをはって紹介しておこう。プロジェクトR案に対して、いくつかの根本的な点での重大な疑念を表明し、そうした点に対する反対・批判の決議となっている。

 

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20031023(2) 昨日の評議会は,2時半に始まり午後11時半過ぎまで続いたそうである。「案」に対し、下記のような理学部教員有志の声明を入手した。今回の改革案検討プロセスの問題とその必然的結果としての問題性を明確に指摘している。このHPを通じて情報を知る方もいるだろうから,念のためコピーしておこう。横浜市立大学の新たな大学像について(案)」は、もっぱら経費や人員の削減のためのだけの構想ではないか、どこに希望の発展の芽があるのか、というのが教員の間に広がっている沈うつな空気であり、建設的な大胆な改革(案)になり得ていないことは明らかではなかろうか。学長は、「衆知を集める」、「大学の叡智を結集する」と称していたが、現実にはプロジェクトR幹事会を秘密主義で通し、諸教授会・研究科委員会の法律や道理に基づく建設的提案を吸収するものとなっておらず、そうした「改革」案にはほどとおいといわざるを得ない。

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横浜市立大学の未来を考える

『カメリア通信』第6

  20031023(不定期刊メールマガジン)

Camellia News No. 6, by the Committee for Concerned YCU Scholars

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声明 学長が市長に提出する大学改革案について

横浜市立大学理学部教員有志

 

 1017日の評議会で明らかにされた「横浜市立大学の新たな大学像について(案)」は、実質的にごく少数の教員と事務局員によって作成されたものであり、私たち一般の教員はこの案に対して、何の責任もないことをここに宣言致します。

 

 この案は、実質的に教員7名事務局員7名からなる大学改革推進・プラン策定委員会幹事会において秘密裏に作成されたものであり、作成過程において教授会の積極的関与がないばかりではなく、教授会での意見をまったくとりいれず、もっぱら幹事会内部での議論で作られたもので、大学改革推進・プラン策定委員会や評議会でも多くの反対意見が出されたものです。

 

 そもそも、大学改革推進・プラン策定委員会の委員の人選は、学長事務局長が行ったものであり、学部等教授会とは関係のないところで行われました。これは、教授会が重要な事項を審議する機関として位置付けられている学校教育法(第59条)に違反する疑いがあります。仮に違法とまでは言えないとしても、民主主義の原則に反するものであることは明らかであります。

 

 今回の幹事会の案に対しては、内容的にも次の点に対して反対です。

1.             3学部の1学部への統合

2.             学長と理事長の分離

3.             全教員を対象とする任期制と年俸制

4.             研究費の市費負担の廃止 

5.             大学院の大幅な縮小

6.             教職課程の廃止

 

 今回の改革案は、大学で作成したとは形ばかりであり、学長を中心とするごく一部の人々が、在り方懇の答申に合わせることだけを考えて作成したまったく合理性のないものです。今回の改革案の目的・目標が不明確であり、この案の実行により経済合理性が発揮されるものとは思われず、また、厳しい少子化の時代の生き残りを可能とする魅力ある大学が作られるとも思われません。むしろ、上記にあげた4.5.6によって期待される経費の節約はわずかである一方、市民の期待する大学らしい大学から遠ざかるものとなり、その代償はあまりに大きいといわざるを得ません。

 大学構成員の多くが頷くことの出来ないこのような案がなぜ作られたかは、作成過程が公開されないため不明です。中田市長も言うように情報公開が民主主義の基本でありますが、今回の改革案作成は、その意味でもまったく非民主的なものであったと言わざるを得ません。私たちは、この責任はひとえに小川恵一学長にあるものと考えます。

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編集発行人: 矢吹晋(商学部)      連絡先: yabuki@ca2.so-net.ne.jp 

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20031023日 総合理学研究科有志は、今回の「横浜市立大学の新たな大学像(案)」およびそれに至る「改革」構想検討プロセスの全体に対する根本的な問題点の指摘を行った。その声明は、たとえ、現在のプロジェクトR(幹事会)の案が市当局に提出されようとも、大学の全構成員の「民の力」を結集したものではなく、大学の創造的発展、その制度的前提としての大学の自治、学問の自由、その根幹である人事予算制度に関して深刻な問題性をはらんだものであり、全学的なコンセンサスにもとづく建設的で希望のあるものとなっていないことを明らかにしており、心有る全国の大学人、心有る横浜市と全国の市民には訴えるものであろう。

 

昨年来、一貫して、重要な転換点ごとに大学の自治と学問の自由の見地から、明確な主張を公開されてきた総合理学研究科有志に敬意を表する。ここにリンクを張ると同時に、以下にもコピーしておこう。総合理学研究科・佐藤真彦教授HP、および商学部・矢吹晋教授HPにも、関連文書とともに、すでに掲載され、公開されている。

 

付言すれば、下記の総合理学研究科声明は、特別なものではなく、公立大学協会(会長:西澤潤一)の「公立大学法人に関する見解」が指摘する論点と同じ論点を多く含んでいる。

たとえば、Eの公立大学法人における学長と理事長の関係である。

公立大学法人法の本則に基づいて、公立大学協会の見解でも、「原則として学長を兼務する理事長を中心として自主的・自律的に運営されます」と理事長=学長制度を明確にしている。それは、「あり方懇」から今回のプロジェクトR(幹事会)案に至る「経営と教育研究の分離」(実際には教育研究の長である学長を理事長の下位に置くシステム)の方針とは明確に違ったものである。

今回のプロジェクトR(幹事会)案は、そうした公立大学法人法の本則など無視して、理事長の下に学長を副理事長として置き、服属させ、経営主導で教育研究を統制できるようなシステムを提唱し、正当な説明根拠をつけずに「経営と教育研究の分離」をもっともらしく主張している(説明にならない説明しかつけていない)のである。あるいは、本音(弱音)が隠されている。大学と関係無い人物が理事長に任命されることになれば大変だ、学長だけでも大学が選べるように、と。この理由(正当な危惧)についていえば、学長選出規定をしっかり考えないことが問題であろう。すでに先日の日誌でも指摘したように、最近の京都大学総長選挙においては、国立大学法人法に批判的な考えも表明しているとされる理学部教授が選出された。大学の総長(=理事長)が、大学の自主的選挙に基づかないではリーダーシップを適切に発揮できない。代表の正当性、代表性が問題になろう。組織の長を民主的に選ぶというのは民主主義の原則だろう。社会的に納得される選挙制度の構築こそ求められている。

そうしたことにはまったく触れていない。

一番の問題は、合理的な説明が無いことであり、説明にならない説明しか付していないというところである。この点に関しても、「はじめに結論ありき」というところが問題である。学問の自由(その制度的保障としての大学の自治)などがんじがらめに抑制してしまえる体制、というところに問題がある。学長だけではなく、学部長や学府長にかんしても、トップダウン的任命システムを構想しているかのごとくであり(人事委員会制度)、そこに一般の行政組織の発想が貫徹し、一般行政とは違った独自の大学の自治のあり方が欠落していることが問題だろう。

公立大学協会も求めているように、公立大学法人に転換する場合には、それにふさわしい定款が制定されなければならず、そこではまさに憲法以下の諸法律体系(教育基本法、学校教育法、国立大学法人法、など)がしっかり組みこまれていなければならないだろう。

 

 

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総合理学研究科有志教員『声明』

2003年10月21日

 

1.プロジェクトR幹事会の改革案である『大学改革案の大枠の整理について03-8-18』,および,『大枠整理(追加)について03-9-26』に対して,本研究科はもとより,全学の教授会等から多くの反対意見・批判意見が表明された.にもかかわらず,今回の,プロジェクトR幹事会の結論である『横浜市立大学の新たな大学像について(案)03-10-17』[i]には,これら一般教員の意見を真摯に検討し改革案作成に反映させようという姿勢がまったくみられない.このように,今回の案は,少数の教員と事務局員(プロジェクトR幹事会幹事[ii])により,一般教員の意向を無視して秘密裏に作成されたものであり,われわれはこの案に対して何の責任もないことは明らかである.一般教員の意向を一貫して無視することによりプロジェクトR幹事会をミスリードしてきた小川恵一学長は,したがって,われわれを代表する者として,もはや,認めることはできない.

 

2.すなわち,去る8月28日に集約した『総合理学研究科八景委員会における意見』で指摘した問題点やその後の研究科委員会における意見が,今回の『横浜市立大学の新たな大学像について(案)03-10-17』の中にまったく反映されていない.たとえば,@行政による統制強化が懸念される,独立行政法人化を前提にした改革,A教員自身による民主的な大学運営である「大学の自治」の破壊を意味する,人事権・予算権が剥奪され,しかも,構成員も限定された教授会組織,B専門性や公正さが保障されない恐れの強い「人事委員会」制度,C明るい将来像が望めない,3学部の1学部への縮小・統合や博士課程の廃止,D「プラクティカルなリベラルアーツを目指した実践的な国際教養大学」という不明瞭で魅力に乏しい目標,E学長(教学組織の長)と理事長(経営組織の長)を分離し,学長を副理事長として経営組織に参画させるという経営重視の組織形態,F「学問の自由」を危うくする,全教員に対する任期制・年俸制の導入,G「研究は,外部資金を獲得して行う」という研究軽視の方針,H公正さや客観性を欠く恐れの強い評価制度,および,「評価結果は,処遇(年俸など)・研究環境(研究費など)・任期(再任の審査)などに反映させる」という恫喝的な手法の導入,などの多くの問題点である.

 

3.とくに,人事権・予算権が剥奪された,従来の教務委員会に等しい役割しか有さない,しかも,構成員の限定された教授会組織の創出は,教員自身による民主的な大学運営である「大学の自治」を完全否定するものであり,認められない.

 

4.また,全教員を対象とする任期制の導入は,教員の身分をいたずらに不安定化し,憲法および教育基本法等の諸法体系により保障された「学問の自由」を危うくするものであり,また,教員労働市場の観点からみても“良貨は移出し,悪貨のみ残る”悪しき制度設計であると考えられるので,認められない.

 

5.さらに,公正さや客観性を欠く恐れの強い評価制度,および,「評価結果は,処遇(年俸など)・研究環境(研究費など)・任期(再任の審査)などに反映させる」という恫喝的な手法の導入,あるいは,「評価については,大学あるいは組織の目標に沿って,『大学から求められた役割をきちんと果たしているか』の視点が重要」と記述されている部分は,憲法で保障された「学問の自由」を全く考慮していないばかりでなく,それを破壊するものであると断定せざるを得ない内容である.また,教育基本法10条に謳われた「教育は,不当な支配に服することなく,国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」にも抵触する.これらが実施されれば,大学が大学であるために欠かせない「批判的精神」は根絶やしになることは火を見るよりも明らかである.たとえ「大学」という名前は残ったとしても,その内実はもはや「大学」とは呼べない虚構にすぎない.

 

 

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20031022日(3) 批判の対象となっている「横浜市立大学の新たな大学像(案)」については、日本全国の関心の的でもあろう。そのpdf版を頂戴した。すでに佐藤真彦教授のHP矢吹晋教授のHPのには掲載されている。ここでは、これら二つのHPのファイルとのリンクを張っておこう佐藤真彦教授HP:プロジェクトR幹事会:『横浜市立大学の新たな大学像について(案)』03-10-17、および矢吹晋教授HP解体謀略2

 

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20031022日(2) 教員組合の明解な「原則としての全員任期制=法律違反」との文書「現職全教員への任期制の導入は地方独立行政法人法に違反しますを頂戴した。まさにこの教員組合の解釈と態度こそ、合法的な、理性的な態度であり解釈である。これまでの学長(プロジェクトR幹事会とその長)の不見識が明確に批判されている。

 

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現職教員への任期制の導入は地方独立行政法人法に違反します

 

「横浜市立大学の新たな大学像について(案)」は、「大学の運営形態は地方独立行政法人とする」(29ページ)としている。地方独立行政法人法によれば、法人化された大学は「公立大学法人という文字を用いなければならない」(地方独立行政法第681項)。これによって横浜市が運営する横浜市立大学は公立大学法人へと移行することになる。地方独立行政法人法は、この移行に当って公立大学教職員の身分は公立大学法人へと承継されることを明確にしている。

地方独立行政法人法第592項では次のように規定している。「移行型一般地方独立行政法人の成立の際、現に設立団体の内部組織で当該移行型一般地方独立行政法人の業務に相当する業務を行うもののうち当該設立団体の条例で定めるものの職員である者は、別に辞令を発せられない限り、当該移行型一般地方独立行政法人の成立の日において、当該移行型一般地方独立行政法人の職員となるものとする」。公立大学は移行型一般地方独立行政法人であるので、横浜市立大学の教職員は公立大学法人に身分が承継されることになる。

このことは、国会答弁においても明確に確認されている。「これは、設立団体の業務と同一の業務に従事する者につきましては、当該地方独立行政法人の職員として引き続いて身分を自動的に保有しつづけることができるという形を法律上措置したものでございます」(参議院法務委員会 200371日 森清総務省自治行政局公務部長)。

このように公立大学法人への移行に伴う教職員の身分の承継は、当然に自動的に行われねばならない。したがって、現職教員への任期制の導入は重大な身分変更であり承継を規定した地方独立行政法人法に違反する。 

これに関しては、商学部教授会と国際文化学部教授会は反対の意思を提示した。みてきたように地方独立行政法人化法が身分の承継を明確にしているのであり、「有期雇用」への変更はこれに抵触し、また「限定法」としての任期法の定めに違反することになる。「『雇用』と身分の『安固さ』こそ学問の自由と独立性を支える基盤である」(高等教育3研究所編『大学ビッグバンと教員任期制』青木書店、1998年)のだから、これは、身分問題であるのみならず学問の自由の根幹の危機だと言えよう。

 教育基本法62項は大学人として今こそ重く受け止めるべき規定である。「法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に勤めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない

20031022

                        横浜市立大学教員組合執行委員長

                                   藤山嘉夫

 

 

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20031022日 昨日、午後は非常勤講師のために東京に出かけたが、その間に、教員組合の学長会見(副学長会見となっている)記録、および教員組合提出の任期制に関する学長宛て質問状が届いていた。以下にコピーして私なりの強調点を明確にし、批判的コメントを注記し、同時にオリジナル文書にリンクも張っておこう。

 

             -----------会見記録---------------

 

  教員組合ニュース(号外) 

2003年10月21日発行

236-0027 横浜市金沢区瀬戸22-2 

横浜市立大学教員組合 編集・発行

TEL 045-787-2320

  kumiai@yokohama-cu.ac.jp

http://homepage3.nifty.com/ycukumiai/index.htm

 

 

学長会見特集号

 

20031014日、午後5時より緊急の学長交渉が開催されました。学長代行として柴田副学長との交渉となりました。出席者は以下のとおりです。

学長側  柴田副学長、葛西総務課長、小泉人事係長、田辺係員1名

組合側  藤山執行委員長、浮田書記長、高見澤執行委員、鞠執行委員、唐沢執行委員、小城原執行委員補佐

 

任期つき教員は、育児休業、介護休業が取れるか?(組合)

任期つき教員は、任期中に自由に転職できるか?(組合)

「検討していない」(柴田副学長)

 

小泉係長:それでは、柴田副学長の会見ということで始めさせていただきたい。

浮田:学長の代行ということでいいんですね(事務局、肯定)。

現職の全教員に任期制を導入する問題に関して、現職の教員が対象になるとすると、雇用条件の大幅な変更になるが、これはどのような法律的根拠によるものか? 

柴田:任期に関しては任期法に従っている[8]

浮田:本当に、法的に可能であると考えているか。

柴田:任期制に関しては任期法に従っているが[9]、プロジェクトR委員会では、法的に可能であるとした見解は出していない[10]。だから、『原則として』[11]といっている。法に従うのは当然だが、まだ、解釈についての議論をしていない[12]

藤山:法に従うならばできるであろうとの判断か。

任期法自体の検討はなされているわけですか。

柴田:もちろん[13]

藤山:このときにどういった問題があるのか検討しているか。たとえば、任期つき教員は育児休暇や介護休暇は取れるのかどうか。

柴田:法律的にはわからない。必要があれば検討したい。

鞠:法律的にもし問題があったらどうするか。

柴田:法に抵触すればそれはできない。法治国家であるから。

浮田:任期制について、本人の同意がなかった場合どうなるのか。

葛西:公立大学だと本人の同意が必要。法人化した場合、労働契約になる。

藤山:労働契約ということになるから事実上の同意ということになる。

浮田:「大枠(追加)」では任期制のメリットだけ並べられていて、デメリットが全然でていない

柴田:R親委員会でもそういう発言が出た。たしか、臨時評議会でも出たように思う。メリットだけではなく、デメリットが出た。メリット・デメリットの議論はした。

小城原:なぜ、併記をしないのか。これは検討の材料だ。逆の視点から見ればメリットかもしれないという書き方をしてもよいではないか。

藤山:任期途中で転職しようとする教員がいたときに期限付きの教員にそれができるか。

それを検討しているか。

柴田:現時点では検討していない

藤山:身分にも関わる重要事項なので、評議会で任期制を採用するかどうかの議論をするのが当然だ。

柴田:任期制は、大学改革案の中での問題ですから[14]

藤山:こと任期制に関してはさまざまな問題を含む重要な事項である。

柴田:委員会に一応伝える。われわれはすべて議論したい。意図的にやめていることは無い。

 大学改革についての議論は、委員会で議論できる[15]。すべてが大事。これだけが大事ということはない。

藤山:こと任期制に関しては評議会で審議すべき重要な事項である。

柴田:それはわかる。それだけを云々する。これだけを別個にしてやるということはできない[16]

藤山:学長代行の回答としては不満である

柴田:われわれはすべて議論したい。落としていることも気がついている。それをやろうとしている。意図的にやめていることは一切ない。問題をどんどん指摘していただいて、検討する。やるということだけは約束する。

岩崎:いくら良いプランを作っても、任期制ということになり、全員が退職ということになると、それを実行していく主体としての教員がボロボロ抜けて行ってしまうと思うが、そのへんについてはどう考えるか。

柴田:そういったところの不安をどう解消していくかというところは議論の余地がある。任期制を何故導入するかというと、優秀な人材の方に長くいてもらいたい[17]ということがある。評価システムがインセンティブにつながるようにしたい。

岩崎:優秀な教員にとって任期がついているということはマイナスに働かないということか。

柴田:任期があると不安だという声があるのは事実。「可能とする」というところの制度をこれから考えたい。

藤山:この法律上の問題で、今のところ様々な問題が指摘されているが、全然検討されていないということが非常に多い。

柴田:検討されていないというか、介護とか、育児とかそういったことで、全然検討されていないといわれれば、それは心外だ。

藤山:しかしこれは重要な問題だから。教員は選択しなくてはいけない。その際にこれらは非常に重要な問題だ。転職ができるかどうかの問題だって非常に重要な問題だ。任期制に同意せずこれを受け入れない場合にはどうなるのか。これの検討もない。場合によっては解雇ということを当局が返答せざるを得なくなる場合もありうる。そうしたら当然訴訟が起きる。

柴田:おっしゃるとおり。

藤山:そういった重大な問題もある事柄に関して、来週の評議会で決められるか。

柴田:それはまだ分からない。

藤山:こういった重要な事項については、きちっとした納得のいく回答が伝えられるという保証がない限りは、これは進められない事項である。それで、評議会として十分慎重に審議をしていただきたい。それをどのようにやる。日程的に。

柴田:私は勝手に日程を決めることは出来ない。

浮田:少なくとも7月の段階で、学長は9月の中旬には最終案に近い中間報告をまとめると明言している。これはほぼ最終案だと明言しているが、最終案に近いというにはあまりにも、検討中ということが非常に多い。

柴田:それは申し訳ないと思っています[18]

藤山:任期制導入に関する問題として、法人化法の精神としては、基本的には身分を引き継ぐということだ。国立大学の方はもう少しはっきりしている。国立大学法人法では「身分と権利」を引き継ぐとなっている。政府答弁でも、公立大学法人は基本的には国立大学法人の精神でやると副大臣が述べている。だから、基本的には移行に当っては、従来の教員の身分が保証されるということが当然の前提になっていると、組合は考えている。任期制が全員に導入されるということは、従来の無期雇用が有期雇用に転換されるということになる。これは身分が同じ形で続くということがなくなってしまう。これは非常に重要な問題だ。このことについては検討しているか。

柴田:そのことについては検討している。結論が出ていないだけだ[19]

藤山:どのような意見が出ているか。

柴田:これはいえない。いろいろな意見があるから。

藤山:それは検討して結論は出ていないのか。

柴田:全体を含めた結論になるから、一つ一つの問題に関する結論ということではなく、全体を含めた結論を出さないといけない。

藤山:その場合に、個別的な問題に結論を出さなければいけないわけだ。

柴田:それはやっている。民法の問題や介護の問題などに関してはやっていないが。

葛西:いつの段階でどういう形で導入するか、というのもいろいろある。今出来るものは今やる。15年からのものもあれば、16年からというものもあるし、法人化の前にやるものもあれば後にやるものもある。ということで、全部のことが一律にある時期にいっぺんにやるというわけではない[20]

 

在学生に対して、現行カリキュラムを保障し、

卒業に不利益が生じないようにすべきだ(組合)

学生の卒業に関しては支障の無いように必ずします」(柴田副学長)[21]                  

 

藤山:3番目の問題。在学生に対して、現行のカリキュラムを保証して、不利益が生じないようにしてほしい。これは入学時の契約関係であるので、当然のことなのだが。

柴田:学生が学業に支障をきたすということはない。

藤山:これはある意味では契約関係として当然の考え方だと思うので、ぜひともそのようにお願いしたい。

柴田:学長もしっかり配慮すると答えている。カリキュラムの検討についてはこれから十分していかないといけない問題もある。新しい大学のカリキュラム編成に関わる問題があるので、この問題は検討した上でお話しした。

藤山:そうすると答えられないということですか。

柴田:きちっとした学生の卒業に関しては支障のないように必ずしますという話はしている。

藤山: それと関連して、現職教員の負担の増加につながらないように配慮してほしい。

柴田:承っておく。 

 

浮田:4番目の問題に移りたい。これ(守衛室においての教員の出退勤確認)はどういう目的で誰の指示で行われたのか。

柴田:これは私は分からないので。

葛西:目的を申し上げると、服務に関する基礎的なデータ[22]、ということ。

浮田:指示をしたのは誰か。

葛西:総務課の業務として行った。

浮田:総務課長の指示か。

葛西:総務課の業務として行った。

浮田:基本的には指示命令系統がある。葛西さんがそういう風に判断したのか。

葛西:業務だから。そう判断されても結構だ[23]

藤山:何故服務に関するデータが必要になったのか。

葛西:服務に関するデータ・・・。これは丁度市会の時期でもあり、事前の接触の中でいろいろなことを言われていたので、そのための基礎的なデータ[24]ということだ。

藤山:柴田副学長は、今の総務の方の見解に対しどう思うか。

柴田:地方公務員として市民に説明していくというのは必要なことだ。市会を市民の代表と考えれば、これに答える義務がある。我々は講義はばらばらだから、データを取る場合には一週間、二週間とかととる必要があるかもしれない。

鞠:非常に大事だと思うのは、お互い教員であれ、職員であれ、互いを尊重する雰囲気が大事。それなのに、隠しカメラみたいにやるという姿勢そのものがよくない。

柴田:鞠さんもおっしゃっているように、対立関係を作るというのは何事に関しても良くないので、モチベーションを高めるようなそういう形でやれるものはやっていくことが必要だ。

葛西:対立として捉えられたとすればやり方に少し問題があったかもしれない、として我々の方も反省すべきことは当然ある。

鞠:少しじゃなくてこれは本当に問題だ。

藤山:市会の問題との関係では、持ちゴマの数など、今回の問題と連動している。だから、これに関しては、また時間を取って改めて議論をしたい。ただし、今回ああいう形で出退勤の管理をされたということは、これはしっかり事実として残る。今まで事務当局が教員に対しては行っていない。もし教員の勤務形態の実態を掴むのであれば、教員の勤務形態の特殊性をきちっと踏まえた形でないときわめて問題がある。

葛西:それで全てのことを把握するとかそういうことではない。門の所の出入りを見ているだけ[25]で、それ以上でもなければ以下でもない。誤解を与えた面があったのであれば、十分反省しなくてはいけない。今後説明責任を全うするために、協力いただければありがたい。外からかなり言われている[26]というのは事実で。

藤山:これは勤務形態に関わっていて極めて重大な問題です。1992年に問題になった経緯があるので、そのあたりを含めて慎重にやっていきたい。大学としても事務当局のこのようなやり方に対し、極めて一面的であり、かつ学問・教育という特性を踏まえていないというこの二点を十分自覚してほしい。

 

 

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質 問 書

 

横浜市立大学長

  小川恵一殿

 

20031021

                         横浜市立大学教員組合執行委員長

                                 藤山嘉夫

                    

 

20031014日におこなった学長会見(柴田副学長が学長代行)において、教員組合は、教員の任期に関する法律(任期法)について、これは限定法であり、現職の全教員を任期制の対象にする事はできないこと、また、公務員身分から有期雇用への転換は、雇用条件の大幅な不利益変更となることを強調した。その上で、どのような法的根拠によって現職全教員への任期制の導入が可能となるのか、任期法自体の検討はしているのか、任期制を採用した際にどういった問題が生じるのか、等々に関して質問した。これに対し、大学当局(柴田副学長)は、「任期制に関しては任期法に従っているが、プロジェクトR委員会では、法的に可能であるとした見解は出していない。だから、『原則として』といっている。法に従うのは当然だが、まだ、解釈についての議論をしていない」と回答した。

さらに、任期制を採用した場合、任期制教員について介護休暇・育児休暇などは認められるのか、との質問に対しては、「法律的にはわからない。必要があれば検討したい」と回答した。また、任期制について、本人の同意がなかった場合、解雇になるのか否か、任期途中で転職しようとする教員がいたときに期限つきの教員が転職ができるか否かを検討しているか、との質問に対しては、「現時点では検討していない」という回答であった。

加えて、任期制に関しては身分に関わる重要な事項であるので評議会での審議事項である、との教員組合の指摘に対して、「委員会に一応伝える。われわれはすべて議論したい。意図的にやめていることは無い。やるということ約束する。検討する」と回答した。

 

みたように任期制に関しては「今後検討する」とされている課題がすくなくありません。既に会見から1週間を経過していますので、上記に関わり、以下の点に関して質問します。

 

1    任期制を現職全教員に対して導入できることの現行法上の根拠を示してください。

2    任期つき教員に、育児休暇、介護休暇が法的に認められるか否か。

3    任期つき教員の身分に同意を与えない教員がでたとき、公立大から法人への移行過程においてこの教員はどのように処遇されることになりますか。

4    その後、任期制を現職全教員に対して導入することに伴い派生する諸問題に関して検討した結果を具体的にお答えください。

5 任期制の現職全教員への導入については、評議会における重要な審議事項であり、小川学長はこれを評議会において審議にかけ、かつ、本学の最高の議決機関である評議会の議長として評議会の意思を尊重すべき義務があると考えます。学長の見解を伺います。

 

時間が限られていますので直接にお届けいたします。よろしくお願いいたします。

 

 

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20031021日 昨夜の臨時教授会は、全員任期制が任期法の立法趣旨や大学の活性化と安定的発展ということからして根本的に問題を抱えたものであることが、商学部教授会見解で法律的にもすでに明らかにされているにもかかわらず、まったくそうした説明に耳を傾けようとしないプロジェクトR(幹事会)の態度が改めて浮き彫りになった。今回の全「改革」案検討過程・検討内容の問題性が改めて露呈したということである。とりわけ,新たに論点となったのは、人事委員会制度に関わるものであった。プロジェクトR(幹事会)の案が事務局主導であることがここでも明確であり、教員の委員は、「全学的見地」に立つという口実の下に,実質的には行政的な大学改悪案に乗っかっているようである。人事制度は、公立大学協会などでも検討委員会を設置して検討を開始しているところであり、国立大学法人法とその下での実際の諸規定などもきちんと踏まえなければならないが、そうした配慮はいっさい無く、ただただ、教授会制度を否定することを種種の美名のもとに正当化しているかのごとくである。法律系教員を中心に、憲法、教育基本法、学校教育法、国立大学法人法、公立大学法人法との関連で、問題点を整理してもらうことになった。

 

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20031020日 政治経済学・経済史学会(旧土地制度史学会)の秋季学術大会(九州国際大学)に17日(金曜)から出かけ、さきほど5時すぎに研究室にやってきた。本来なら疲れているので、帰宅するところ、6時から臨時教授会開催だというので、なにはともあれ、と大学にやってきた。過労死の心配は無いと思われるが、このような厳しい条件下で臨時教授会に出席したということは書きとめておこう。

 

本日の議題は、17日の臨時評議会に提出された「横浜市立大学の新たな大学像について(案)」である。この案が、われわれ一般教員のボックスに入れられた(読む可能性ができた,メール連絡)のが本日の1147分である。私は上記のようなわけで5時すぎに大学に到着し、ほんのちょっと目をとおすことができただけである。つまり、これは審議するに値しない短い時間だということである。

大学の基本的制度に関わる重要事項(全員任期制や人事委員会制度など)が、憲法や教育基本法、学校教育法で保障された大学のあり方と抵触しないかどうかのきちんとした検討をする時間的余裕の無い状況で、賛同を求められても賛同しようが無い、ということは明確である。民主主義的な審議のプロセスと時間を決定的に欠いたものである、ということ、この根本事実だけははっきりしている。

 

 

 

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[1] 教員組合・藤山委員長が評議会で審議対象とした「案」と実際に29日に市長宛てに提出された「大学像」とを詳細に比較検討した結果、実にたくさんの添削箇所が見つかった。

 上記,任期制に関するもっとも重大な評議会決定無視の事例のほか、幾多の問題があるので、これまた教授会、評議会できちんと議論していかなければならない。

案と提出「大学像」との比較対象データは、教員組合事務室にある。その文書を私はいただいたが、ファイルが多きすぎでまとめてインターネット掲載はできないのが残念である。

 

 

[2] 評議会の審議結果として,「人事委員会」に関する重要な点が修正された。人事委員会を明確に大学の教育研究事項として、人事委員会を学長の諮問委員会と規定した部分である。

 もちろん、この修正後の「人事委員会」制度も、学長や学部長,コース長の選出規定が不明確であり、かえって、学長指名制・トップダウンの行政的な指名・任命制度を基本としており、大学の自治・学問の自由、それを保障した憲法・教育基本法・学校教育法の諸条項に違反しているものであり,問題だが、ともあれ、それでももっとも酷い部分を評議会で長時間議論し,修正したのであり、その点を市長に提出した「大学像」において修正部分を反故にしていないのである。

 

[3] 問題が表面化しないでも、内面ではつねに脱出だけを目指す人々が増えるであろう。じっくり腰を落ち着け、時間をかけて大きなテーマで研究に没頭するような人々は、チャンスさえあれば、逃げ出すことは必定。

 これまでどれだけ多くの人が脱出したか? 多くの優秀な人が逃げ出したことの意味は?

 

 それに対して、今回の「任期制」がどれだけ,教員を本学に引きつける魅力のあるものとなるのか? 案の作成者(責任者は学長)は、具体的な魅力を提示せよ!

 魅力ある部分は具体的に示さない(できない)まま、「任期制」の導入だけを打ち上げる。

 言葉だけがあるが,内容がない。若手・中堅の人々が「先が見えない」と言うのは無理もない。

 

[4] 実際には,採決の事例はあった。少なくとも私が、教授会議事録公開に関する評議会審議で、採決を求め、採決され、その結果が議事録に明記された。

 

[5] 3学部統合に賛成,というわけでもなさそうである。

この日誌を見て、つぎのような意見が寄せられた。一つの意見として,ご紹介しておこう。

 

「三学部を一学部にすることを止むを得ないと思っているわけではないです。
  ・・・・・。
    
   本学内部で見てきた最大の価値問題は、中高年、留学生、社会人学生や
  後学の者(中学からの不登校者、高校中退大検合格者、青年海外協力隊だ
  った等)などの、マジョリティーを形成する現役・一浪の学生ではない、マイノリテ
  ィーに当たる学生達に対する集団による「差別」・「排除」・「除け者」扱いや身体
  的「暴力」(サークル棟などでの)でした。 
   実に様々な形で、職員や教官、学生間で、このような暴力的な差別や排除の構
  造を、・・・見てきたと思います。(社会人入学者が激減する理由もわかります。)

留学生も、見ていて、日本人学生達との人間的な交流ではなくて、留学
  生間(中国・韓国・台湾・オーストリア間)の付き合いに追いやられていき、市大に
  留学しない方がましであると感じたことがあります。
  

・・・・・・・


   「個性があってはいけない」大学なので、やはり「一学部統合」のような改革案がでて
  くるし、学部では、現役・一浪生と自分史の異なるマイノリティー学生達(留学生・主婦・大
  検合格者・中高年等)は、「変な者扱い」され、散々な差別・排除に会います。
   そして現役・一浪学生は、色々な人と付き合うのではなく、没個性的な人格を培って、
   「指導者精神」のような勇気・努力・智慧を持つのではなく、画一的人間になって、組織
  に目立たずに適応する性格で、卒業していきます。
   もちろん、そうでない・・・優しい男子・女子学生なども、いることはいるので
  すが、多くの学生は、大学側にそのような感受性を摘み取られます。
  
   このような市大での価値観の変革こそ必要で、制度を変えても、学内の価値は多分、変わり
  ません。
   むしろ、教員の任期制や一学部統合で、お互いの排除や差別が加速するのかもしれません。
   ゆとりある制度ではないからです。人間が良く活動するには、自由とゆとりある制度空間が必
   要ですから。
  
   「発展」とはそれぞれを認め合い、学生達の人生を大事にすることが「前提」であります。
     
  学部からの価値構造の延長として、「変な者」達である「粗大ゴミ」=博士課程院生の帰属
  する、「博士課程廃止」案が出る分けであろうと思います。学部の問題とリンクしています。

 

   ・・・・・・」

 

[6] 正確には「事実の一面である」と書いている。

 

[7] これは医療事故であり、法廷でしかるべき裁判が行われており、この投稿者の表現は不適切である。

 

[8] 「学長・幹事会の案」と「商学部・国際文化学部の見解や教員組合の見解」との対立する論点は、

「原則として」、

「現職の」、

「全」教員に対して、

任期制を導入するという根本的な身分変更が、任期法に合致したものかどうかということである。

 

 

 学長(代行)が「任期法に従っている」というのなら、@「原則として」、A「現職の」、B「全員」の教員に、任期法のどの条文、どの規定が適用できるという条文規定を明示し対応させながら説明しなければならない。

 まさに肝心のことをやっていない。

 任期法の適用は、大学教員の全員に対するものではなく、あくまでも立法の趣旨に従って例外的適用であり、現職のものに対する法律ではない(重大な身分変更を伴うので)、との見地(現職のものに対しては合理的説明をつけた上での同意や労働契約によるという限定付き適用)が、商学部・国際文化・教員組合のスタンスである。

 

[9] プロジェクトR委員会は「法的に可能であるとした見解は出していない」のに、いったいどこのだれが「任期法にしたがっている」と断言できるのか? 「任期法にしたがっている」、「合法的だ」という解釈をしているのは学長(学長代行)ということか?

 答弁全体が不明確であり、詭弁ではないのか。合理的に理解出きるか? 私には理解不可能だ。

 

[10] これは,詭弁ではなかろうか?

 この間,答申(案)では、原則として全員に任期制を導入と明記してある。それは、任期法という法律に基づいて法律的に可能だという見識、見解の下に行われているのではないのか?

 そうでなければ、通用しない文章ではないのか?

 「任期法自体の検討」を「もちろん」行っているという以上、その法律にしたがってプロジェクトR委員会(幹事会)は、合法的だと判断しているということではないか?

 商学部見解その他で、違法性、重大な懸念が指摘されているにも関わらず、それを無視しているというのが実態ではないのか?

 

[11] 法律解釈として、任期法の立法趣旨(第1条など)からして、「原則として」全員任期制はありえない、と商学部見解は主張している。まさに「原則として」全員に適用というところが根本的に問題だ、違法性がある、ということを指摘しているのに、その肝心のことを理解していない。恐るべきことだ。

誤った法解釈がはじめにあり、それが固定観念となってしまっている。

 

[12] 「解釈について議論をしていない」というが、案のなかには「原則として全員に任期制」と書いている。

 これはひどいことではないか? こういうやり方を,「はじめに結論ありき」というのではないか?

つまり、「あり方懇談会」答申という縛り(それに無批判的に屈服している態度)を前提にしてしまい、思考停止しているから、このようなことになるのではないか? 

 商学部教授会見解などがすでに出ているのであり、「解釈について議論していない」とはどういうことか?

 

[13] 「検討」はしているが、「解釈についての議論はしていない」とは? 

 

[14] これは、答えになっていない。大学改革案の検討を評議会が行うのかどうか、それが問題だ。その肝心のことに答えていない。

 

[15] 「委員会で議論できる」のは、当たり前のことだ。それは委員会の職務であり義務だ。

問題は、案の全体について、また重要事項についてきちんと評議会で議論するかどうかだ。この肝心のことに答えていない。不誠実な答弁だ。

 

[16] 評議会で,任期制も含めきちんと議論すればいい。きちんと議論すると答弁しているともとれる。

 

本日(1022日)の評議会で、学長がはたして実際にどのような態度を取るか?

 適切に議事進行(議題整理・論点整理、全体の合意出きる到達点とそうでないものとの適切な区別など)できない学長は、評議会多数決で罷免決議(辞職勧告決議)をすべきだろう。曖昧なかたちでの「案」の承認は、大学自治の根幹を揺るがす。それは大学の自殺行為となろう。

 

[17] これは詭弁、ないし法律の無理解だろう。

任期制は、「優秀な人材に長くいてもらうためのもの」か?

長く」というが、任期法のどこにそのような規定があるか?

任期法とは、任期を限定する、ということではないのか?

「任期を限定する」(3年とか6年とか)ということと、「長くいてもらう」ということは、どのように両立するのか? 明確で誠実な答弁をすべきだ。学長(学長代行)は、教員の不安・懸念については(少なくとも表向きは)認知しているようなので、それならば、きちんと文章で明確な説明を行うべきだ。

 「長くいてもらうため」という説明を立証する法律条項・文言の提示、整合性のある説明の文書提示を求めるべきである。 

 

[18] 「申し訳ない」ではすまされない.大学の運命がかかっている。

 適切な処理ができないならば、学長執行部が責任あることをできなかったという結果であり、結果責任をとらなければならない。

 

[19] 結論が出ていないならば、なぜ「案」のなかに、17日の臨時評議会の相当な議論を経た後も、「原則として全員任期制」という提言を残しておくのか? 姑息なやり方ではないか? 「あり方懇」答申の不当で不見識な部分に屈服していることの証明ではないか?

 

[20] 当たり前のことだ。

 問題は、その具体的な事項を誰がどこで決定するか、それが大学の研究教育の使命に照らして妥当かどうか、評議会や教授会という研究教育の審議機関できちんと審議検討され決定されるか、ということである。大学教員の出来近

 

[21] すでにカリキュラム上、教員欠員不補充状態で、個々の教員に各種委員関係をはじめ負担が増大していることを考えれば、不利益状態が発生していることは明らか。

 

[22] 一体どのような基準で「基礎的なデータ」を選定したのか?

 その判断の主体は?

 大学にあるまじき恣意的でないデータ収集方法であったか?

 

[23] 「総務課の業務」である以上、総務課長が命じて課員に行わせたことは明らかであり、「そう判断されても結構だ」とは曖昧ないい方だ。端的に「そうです」と答えるべきだ。

 総務課(課長)に対して、誰がどのような命令を発したか、ということはまた別の問題である。

[24] 一体、どのようなデータを「基礎的」なものとして集めたのか、その確認、検証が必要である。

[25] 「門の出入りを見ているだけ」というが、それがなぜ「基礎的データ」なのか? どのようなことを確認するためのものか?

 秘密裏にやる必要のあったことか?

 秘密裏にしかやれないことか?

[26] 何を、どのようにいわれているのか?

 この間のいろいろの問題を見てもわかるが、大学内の職員が大学の研究教育の特殊性と独自性をきちんと認識していない、まったくの素人であることがそもそもの根本にあるのであはないか?

 憲法や教育基本法、学校教育法といった法律体系にもとづいて大学が運営されているという根本を知らない職員が大学の事務を握っているということが問題ではないか?

 大学の事務組織が大学にふさわしいものになっていないことがひとつの深刻な根本問題のようである。

 



[i] 『横浜市立大学の新たな大学像について(案)03-10-17』:

http://satou-labo.sci.yokohama-cu.ac.jp/031017aratanadaigakuzo-an.pdf 

[ii] プロジェクトR幹事会名簿:

http://satou-labo.sci.yokohama-cu.ac.jp/meibo2.pdf