「ヒトラーの戦争とヨーロッパの民衆」

エクステンション講座「世界の戦争と民衆」第三回・レジュメ―

                             永岑(ながみね) 三千輝(みちてる)

はじめに 

 受講者の概要・受講動機・「生きる望み」、今、「平和」に生きている喜びをかみしめなおし、みんなの安らぎの暖かい信頼のある世の中に」するため、WWVを避けるための日本人としての有様を考える、など。そのためには、過去の戦争の原因、背景、「隠された」要因などを知りたい(受講者の感想・アンケート結果)

 

  民主主義の大切さ・・・平和の大切さ・・・世界的規模・・・世界的連関

 

現実の社会・現実の世界では、

民主主義の諸潮流・諸傾向・諸勢力」と「独裁・権力的統制の諸潮流・諸傾向・諸勢力」のぶつかり合い・せめぎあい

  「平和の諸潮流・諸傾向・諸勢力・諸個人」と「戦争の諸潮流・諸傾向・諸勢力・諸個人」とのせめぎ合い・ぶつかり合い

 

せめぎあい・ぶつかり合い

一方に、言論・出版等による方法

 他方に、言論・出版等の圧殺・抑圧・無視・隠蔽による方法

 

世界で・・・プーチン政権批判の女性ジャーナリスト暗殺(銃殺)、元KGBメンバーのポロニウムによる暗殺

            (背後にあるチェチェン問題など)

身近なところで、  

  防衛庁を防衛省に格上げし、〔国際貢献〕と称して、アメリカの発動する戦争に世界のどこにでもついていく(引きずり込まれる)ことになりはしないか? 

ブッシュ政権が発動したイラク戦争、その泥沼化がまさにその危険性を示してはいないか? 日本の自衛隊(航空自衛隊)は、米軍武器輸送への「国際(?)貢献」・後方支援を続行中。

  教育基本法(憲法の平和主義と結びついた現在の基本法の崇高な理念)をすてさり、愛国心を中心とする徳目をちりばめた案、国家機関の統制を正当化する「改正」案を通していいのか?

  全国の大学人・各大学教職員の廃案を求めるたくさんのアピール(市大学生・教員の場合新首都圏ネットワーク「全国国公私立大学の事件情報」歴史研究者のアピール

  連日、国会周辺には、教育基本法「改悪」反対の集会・デモ・国会議員への働きかけ(ファクス・メールなど)・・・・民衆の運動・民主主義の運動

 主権者・民主主義と平和の担い手としての国民(一人一人)の責任の重さ・・・・世界的地球的規模の責任=世界市民・地球市民の一人として。

 歴史研究者の責任・・・・「日本の禍機」に市民(世界市民・人類の一員)として、研究を踏まえ発言(「満州問題」に関する朝河貫一の模範)。

 

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問題の限定(主題の限定)@:

ヒトラーの戦争」とは?・・・第一次大戦のドイツ「敗北の克服」

第一次大戦は世界史上最初の総力戦

 

総力戦とは? 

@総力戦としての二つの世界大戦の連関・・・20世紀の30年戦争」チャーチル『第二次世界大戦』ノーベル文学賞受賞作の簡約版の邦訳)・・・日本も深く関与(第一次大戦では「勝ち組」、しかし、日清・日露と勝つたびに欲望の増大=欲求不満→第二次大戦では「負け組み」)

A国民・民衆の総動員体制としての戦争、企業・経済総動員体制・強制労働体制

B大民族・マジョリティ・帝国支配者によるマイノリティ・弱小民族の抑圧抹殺の論理と力学(そのもっとも代表的なものがホロコースト

C列強(諸帝国)のナショナリズムとナショナリズムのぶつかり合いとしての戦争(列強の帝国主義戦争

D大国ナショナリズムによる小国ナショナリズムの抑圧としての戦争(列強の帝国主義抑圧とそれに抗する植民地・従属国の自立・独立の闘い)

Eナショナルな統合・民族統合・大きな民族単位への結集の要求・願望〔ex.オーストリア〕、「マイノリティの地位は嫌だ」(=ズデーテン・ドイツ人の民族主義)

 

一方における第一次大戦の戦後体制の問題性(弱肉強食・一方性・・・帝国主義・植民地主義の時代):

「勝てば官軍」としてのブレスト・リトフスク条約(勝者ドイツが敗者ロシアに押し付ける)と

「勝てば官軍」としてのヴェルサイユ条約(戦争責任・賠償は敗者ドイツだけに押し付けられる、勝者としての英仏等)

列強植民地の変遷1934−35年でのヨーロッパ諸国の植民地・属領所有状況

20世紀の30年戦争」チャーチル『第二次世界大戦』ノーベル文学賞受賞作の簡約版の邦訳)、この本のなかで、ナチス・ドイツ=ビヒモス=陸の巨大怪獣の絵を買いてスターリンに示したことを書いている。彼は、みずからの大英帝国(海の怪獣リヴァイアサン)の問題性には触れていない。帝国防衛・ブロック防衛の見地・・・しかし、これこそヒトラーに彼の「生存圏戦略」を、ムッソリーニに地中海帝国を、東条に「大東亜共栄圏」を、すなわち、世界再分割要求を正当化させた主要理由

・・ヴェルサイユ体制には、それまでの被抑圧民族・少数民族の独立という側面〔三つの強国に分割されていたポーランドの独立・共和国の成立、ハプスブルク帝国のマイノリティとしてのチェコスロヴァキアの共和国としての独立など〕もあったが。

 

他方における被害の甚大さと広範な人々における戦争反対の意識・・・・平和と民主主義を求める声

人的物的な世界史上前代未聞(空前絶後)の規模の犠牲

(第二次大戦における総数と死亡率:Cf.たとえば人的犠牲のうち戦時捕虜に関して

第一次大戦後のヨーロッパ民衆の意識・・・・「戦争はいやだ」「戦争を繰り返してはならない」

しかし、戦争の結果(ヴェルサイユ体制)に満足していない人々は? 

   ヒトラーナチ党だけではなく、広範なドイツ人の(ナショナルな、国民的な)不満・怒り

(平和的手段によるヴェルサイユ体制の修正という点では国民的合意=敗戦国ナショナリズム

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問題の限定(主題の限定)A

「ヨーロッパの民衆」とは? そもそも一般に、民衆とは?

民衆の諸類型(体制派・反体制派・中間派・・・それぞれに対応する政党・指導者・中間組織・末端党員・一般民衆・・・それぞれの陣営における有機的ピラミッド構造とその変化のダイナミズム)

ドイツでは、ナチ体制派(党員・支持者の民衆)と反対派の諸政党・その支持者の民衆、その中間に、

中間諸政党の党員・その支持者民衆

 

T 第三帝国の成立と戦争準備

ドイツの民衆・ナチ党員大衆におけるヒトラー神話形成過程

(『わが闘争』・ミニ政党から第一党へ→世界恐慌→1933年権力掌握→権力確立・徴兵制復活・再軍備、ベルリン・オリンピック・四カ年計画・オーストリア併合、ズデーテン併合→電撃戦勝利の絶頂点・1940年夏まで

特に、「民族自決」による領土拡大(マイノリティ・民族ドイツ人の願望と実現された「平和的膨張」)の段階

ラインラント進駐からズデーテン併合まで(「平和的」達成

 ・・・・栄光と神話は、「平和」と「民族的大義」の上に、しかし、その現実性の限りで。

 

「平和的」膨張、「民族的大義」の真実性の限度とは?

ある一線を越えれば、明確に、戦争(侵略)と他民族領土奪取・他民族抑圧に。

 

ヒトラーも繰り返し「生存圏の獲得」(領土拡張)を掲げ、そのためには結局は「武力が必要」、「武力による解決」と、『わが闘争』『続わが闘争』(『第二の書』)、折々の演説などで強調・・・・「第一次大戦勃発時の国境線」の回復など、『わが闘争』で嘲笑し、否定。

「ある一線」を越えることこそ、ヒトラーの一貫した目標1937年11月5日の秘密会議・ホスバッハ・メモ)。

→ヒトラーの戦争の各段階とヨーロッパの民衆の動向

 

第三帝国の治安機関(帝国保安本部)の秘密情報が示す総力戦の内実

(一次史料)

@「民情報告」(Meldungen aus dem Reich・・・刊行本で全17巻)および

A「ゲシュタポ秘密報告」(「国家警察重要事件通報」「事件通報・ソ連」)から見えてくるヨーロッパ諸国民の意識と闘い

              

U 電撃戦の挫折・総力戦(泥沼化・敗退)への移行はいつか

ナチ党員大衆・ドイツ民衆における「ヒトラー神話」の崩壊過程

   バルバロッサ作戦→「冬の危機」→対米宣戦布告・世界大戦 

   この各段階における反撃・抵抗の高まり・累積・・・占領下の諸困難(軍後方地域における特別出動の治安維持・抵抗鎮圧の警察部隊アインザッツグルッペの進撃

      Cf.『国防軍犯罪展』の展示物・・・「この戦争は、これまでの戦争とは違う。絶滅戦争だ。

   民衆の動向に対する対応(1942年12月―1943年1月

 

V 総力戦(泥沼化・ナチスドイツ敗退)の現実とヨーロッパ民衆の生活・意識の変化 

(「国家警察重要事件通報」「事件通報・ソ連」・・・戦争の全ヨーロッパ的影響・連関・・・全ヨーロッパの治安情勢・民衆意識・民衆の行動との連関)

1.            ドイツの民衆・・・民族主義・大国主義の幻想から、冷徹な敗戦の認識へ・ヒトラー暗殺・クーデター計画・その挫折と「神話」の敷居

2.            チェコスロヴァキアの民衆−対独協力と抵抗の諸相と諸局面・・・鎮圧体制・・生贄(今風に言えば、「いじめ」)の対象としてのユダヤ人

3.            ポーランドの民衆−一方における反ユダヤ主義・対独協力と他方における抵抗の諸相と諸局面−

4.            ドイツに敵対する西欧諸国の民衆(ex.ナチ体制下のフランスヴィシー期フランス、イギリス)

5.            バルカンの民衆−一方の対独協力の勢力・民衆、他方のパルチザンとさまざまの抵抗−

6.            バルト三国・ウクライナの民衆−「ボルシェヴィズムからの解放」(ex.現地民衆のポグロム)から「ナチズムからの解放」へ

7.            ロシアの民衆−「大祖国戦争」とスターリン体制−

8.            ユダヤ人大衆の運命−ドイツ占領支配下の深刻化する諸困難(諸悪)の根源と位置づけられて

高校『世界史』教科書の説明のしかたとその批判的修正コメント)

   

まとめにかえて

  体制末期=敗戦=自殺直前段階のヒトラー・・・地下壕に残るはゲッベルス家族のみ。ゲーリング、ヒムラーまでも離反。

  ヒトラー、ゲッベルスのドイツ民衆を愚弄する発言・遺言・・・「悪いのはドイツ民衆だ」云々。

 

  二つの世界大戦の総合的結果として、原理的に、帝国主義と植民地主義が否定された。戦後、何十年かで戦勝諸国の植民地支配が廃棄され、その廃棄の前進過程は同時に、ソ連・東欧体制の空洞化・崩壊過程。

 

 戦後ヨーロッパは、二つの大戦を引き起こした問題群を民主主義的に克服する道(「多様性の統一」としてヨーロッパ統合の道)を追求し続けてきた。

Cf. Step-by-step(ジョージ・ソロス) 11. 23. 2006

 これに対して、

  ソ連東欧崩壊後の16年間に、それまで封じ込められていた諸地域のナショナリズムが高揚、衝突。

  第二次大戦の帰結の一つとしての多数の国家の独立が孕む問題性(ナショナリズム、マイノリティ支配)とその露呈。(Cf. 最近では、イスラエル対パレスチナ、レバノン情勢、アメリカ占領とイラク内乱、チェチェン紛争・ジャーナリスト暗殺事件など)

  個人レヴェル・民衆レヴェルから、民主主義の精神を強靭化していく必要(民主主義・個人主義・健全な民主主義的愛国心文部省著作教科書『民主主義(上・下)』(19481949年刊)、「学校教育の刷新」「個人主義」・・・21世紀初頭の現代の日本と世界にまさに普及すべき内容)。

  狭いナショナリズム(狭い愛国主義)は、地域と世界の平和への脅威。

  偏狭なナショナリズムの傾向・諸潮流に対して、それと対峙し、克服していくことの必要性(教育基本法「改正」=抜本改悪への反対)。

  ナショナリズム(愛国主義・国粋主義)の極限の歴史(悲劇の歴史、「極端の世紀」20世紀前半の歴史)から、学びなおすことの意義。

 

-----配布資料-----

No.1秘密会議・ホスバッハ・メモ(1937年11月5日)

No.2.「民情報告」第3号1939年10月13日

No.3「民情報告」第12巻全体の特徴(戦局転換の影響

No.4「国家警察重要事件通報」(1944年1月-6月)

No.5「第一回大ドイツ帝国議会演説」(1939年1月30日)

No.6 当日追加:インターネットで講義資料にアクセスする経路

 

--------参考文献------- 

イアン・ケルショー『ヒトラー神話−第三帝国の巨像と実像−』柴田敬二訳、刀水書房、1993年

渡辺和行『ナチ占領下のフランス−沈黙・抵抗・協力−』講談社選書メチエ、1994年

フェリクス・ティフ編著『ポーランドのユダヤ人−歴史・文化・ホロコースト』みすず書房、2006年

P.シュタインバッハ/J.トゥヘル『ドイツにおけるナチスへの抵抗1933−1945』現代書館、

1998年

その他の参考文献リスト

 

--------拙 著------- 

@拙著『ドイツ第三帝国のソ連占領政策と民衆 1941-1942』同文舘、1994年

A拙著『独ソ戦とホロコースト』日本経済評論社、2001年

B拙著『ホロコーストの力学―独ソ戦・世界大戦・総力戦の弁証法―』青木書店、2003年

C拙稿「アウシュヴィッツへの道」(1)(2)―『横浜市立大学論叢』第58巻(人文科学系列および社会科学系列に投稿中・・・刊行は、2007年春の予定)。

D編著『ヨーロッパ統合の社会史―背景・論理・展望―』日本経済評論社、2004年

 

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