講義ノート:ホロコーストの論理と力学

ホロコーストとは何か
 誰がやったのか?
 なぜ、ユダヤ人が?どのような理由でか?

しかし、
 どこで、いつ、どれだけ
 どのように行われたか?

  
なぜか? 

−それらの諸現象・諸事実の背後にある厳然たる世界史的問題(人類の到達点の問題)は何か?人類は今日、どこまで「ホロコーストの論理」を克服しているか?ナショナリズム・民族主義・国粋主義の危険性は? 人種主義的ナショナリズム・民族主義の危険は?他国はいざ知らず、日本では国防の危機を煽り、排外的ナショナリズムを刺激し、自衛隊の軍隊化を推進しようとする勢力が力を得ていないか?ヒトラー・第三帝国のドイツ国防軍は、翻訳でも「国防」があてられているが、原語Wehrmachtも「防衛力」を意味する。したがってヒトラー、第三帝国の軍隊すら、「防衛(Wehr)」を自称していなかったか?いかなる意味合いの「防衛」か?戦争の広がりはどのような相手、どのような地域にまでおよんだか?−




ホロコースト理解のための15講

はじめに

  21世紀の現在だから見えること、21世紀の日本だから見えてくること。

 「ホロコースト」という世界史的に巨大な険しい山を何合目までか分からないが、世界のたくさんの研究者がよじ登り、道を切り開いてきた。

 そのたくさんの研究成果の恩恵に浴しつつ、ときに道に迷い、小石に躓き、険阻な岩にまわりみちをよぎなくされながらも、私も少しずつ岩場を上ってきた。

 その現時点での目線・地平・視線・視野で見えてきたことはなにか。 
 
 冷戦解体とグローバル化の進展など、世界の人びとのあらゆる意味での努力と血の結晶としての今日の到達点で見えることはなにか。

 主観的には、今日の世界平和を喜び、享受し、強靭化・再構築・進化発展をめざす見地。


−戦後60年間の信頼されるドイツの構築は、ドイツ国民の自由と民主主義の再構築と建設の努力、福祉国家建設の努力、そして「過去の克服」の不断の闘いとその成功による、しかし、ドイツ人だけの努力ではなくヨーロッパの広範な人々の相互的な建設的努力によって、さらには世界の人々・諸国家の努力とあいまって−



1.序論
  −ネオナチ・アウシュヴィッツ否定論等の世界的諸潮流と科学的歴史研究の課題研究史の動向
  
  参考:映像資料「ホロコーストを否定する世界の人々」-最近、ドイツ、オーストリアであいついで、ツュンデル、ルドルフ、アーヴィング逮捕され、裁判にかけられている

      映画『ショア-』の衝撃−被害と加害・傍観のたくさんの生存者の直接体験の厖大な集積・生の声の迫力:
      しかし、「被害の側」からは見えてこないもの=「加害者の論理・力学」、これらの総体こそ歴史科学が明らかにすべきこと

  最近、NHKで(05年8月中旬5回・BBC製作)の「アウシュヴィッツ-解放60周年記念」225分のすぐれた番組「アウシュヴィッツと"最終解決″」が放映された。この講義に関心をもつような人の中には見た人も多いであろう。このドキュメンタリーも歴史の忘却・歪曲・そして否定に対抗しようとするものである。

 しかし、アウシュヴィッツ、収容所に視野を限定することで、かえって、アウシュヴィッツの背後にあったことはわからない。「よい親衛隊員もいた」といった通俗的なことになる(軍需工場労働力要員として助かったユダヤ人の話、「シンドラーのリスト」)・・・全体のヨーロッパ・ユダヤ人の運命とそれを規定した重要な条件群がみえてこない。したがって、歴史科学による諸要因の連関と背後の理解、歴史の大局の理解が必要

2.20世紀のドイツと世界:第一次世界大戦の原因と結果 
   −帝国主義・植民地主義:列強の世界的争奪戦、他方、反帝国主義・反植民地主義民族独立等の非抑圧民族による民族運動・民主主義諸運動、革命運動

3.ヒトラー・ナチズム思想構造
   −世界大戦の論理、第一次大戦の「敗北の克服」・憤激=報復=復讐のナショナリズム・世界強国の建設と人種主義的民族帝国主義=人種主義的ナショナリズムの論理−

4.ヴェルサイユ体制下ドイツ経済相対的安定期のドイツ政治・軍事ヒトラー『第二の書』(『続・わが闘争』」(1928) 
   -ワイマール共和国の工業システムと政治的展開-

5.世界恐慌・政治的急進化とヒトラー・ナチズムの権力掌握 
   −保守・極右・軍部財界の同盟、左翼弾圧・全権委任法、そしてナチ左派切捨て(レーム事件・粛清)・強制収容所

 参考:日本帝国主義・勢力圏植民地拡大の動向とゾルゲの分析・電報(『国際スパイ・ゾルゲ』、『獄中手記』、ほか

6.「よい時代」=「ヒトラー神話の形成期」=軍需主導の景気回復新興産業の発達・戦争準備と世界強国への道
   −ベルリンオリンピック4カ年計画と対外的緊張・日独伊防共協定、英米の宥和政策・ヒトラー支援政策− 

7.「平和的」領土拡大と経済の軍事化の危機
  −「民族自決」権の主張から膨張的ナショナリズムの高揚:オーストリア併合・ズデーテン問題・ミュンヘン危機と「水晶の夜」− 

8.独ソ不可侵条約ノモンハン事変)・ポーランド攻撃電撃戦勝利とヨーロッパ大陸西部の支配
  −戦争と治安体制=ライヒ(帝国あるいは国家)保安本部RSHAの樹立「安楽死」(抹殺)作戦の開始(施設立地)、ゲットー、日独伊三国軍事同盟、民族強化・「民族の耕地整理」とユダヤ人強制移住政策(ユダヤ人居留地計画からマダガスカル計画へ)−

9.対英攻撃挫折・バルカン侵攻・対ソ奇襲攻撃・占領地拡大とリトアニアなどでのホロコースト
  −バルバロッサ指令と人種主義的ナショナリズムの東方大帝国建設の基本戦略・ソ連分割支配、占領地域の反ユダヤ主義の扇動と利用
  
10.ソ連の抵抗・電撃戦の挫折総力戦化(「前線正面の敵」)ヨーロッパ各地の抵抗機運(「前線背後の敵」)・「背後の匕首」醸成状況=「1918年シンドローム」 

11.「ヨーロッパ・ユダヤ人問題の最終解決」の準備命令ゲーリング令(41年7月31日)と西欧ユダヤ人の臨時的移送政策への道−1941年9月「総統のご希望」移動型ガス室投入地域・基地の地図)−

12.真珠湾攻撃・対米宣戦布告・世界大戦とポーランド・西欧ユダヤ人絶滅政策への移行
  −
「冬の危機」戦時経済の総力戦化(人的物的資源の窮迫・占領地からの奪取・「奴隷労働」)・反ドイツ抵抗運動ヴァンゼー会議 −

   参考:映像資料「ヴァンゼー会議」(ドイツARD製作)、記念館 

13.1942年以降の大攻勢・敗退の連続・銃後の危機とガス室の建設増設
   −ヒムラー命令・ハイドリヒ暗殺・ヒムラー陣頭指揮、固定型ガス室の実験(臨時的建設)から大規模火葬場の建設・増設稼動へ− 

14.ヒトラーの最後1945年ドイツ

   −ドイツの軍事的敗退・ソビボール絶滅収容所ユダヤ人蜂起「白バラ」・「ヒトラー暗殺・クーデタ計画・7月20日事件」・難民追放・ヤルタ会談(ドイツ領土縮小・西方移動)、ヒトラー「ネロ命令」とシュペーアの緩和・阻止命令、東西からの連合国によるドイツ全土の占領(敗北と解放)・ドイツ軍最後の抵抗ソ連によるベルリン包囲と占領(ソ連軍は「解放軍」か新たな抑圧の軍か:ベルリン市民の悲劇)−

  
          

15.まとめ:戦勝国側の2大陣営(対立的な政治経済原理)と20世紀後半の冷戦体制のなかでのヨーロッパ統合の推進
   −21世紀の地平: 第二次大戦の悲劇の忘却・誤解・歪曲・否定を乗り越えて−

 できれば、みなさんも、ポーランドのアウシュヴィッツ訪れて(アウシュヴィッツ博物館・公式案内)あるいは、ドイツ・ミュンヘン近郊のダッハウやワイマール郊外のブーヘンヴァルト、ベルリン郊外ザクセンハウゼンなどの収容所をじっくり見学して、ドイツ人がいかにきちんと過去と向き合おうと努力(ブラント)しているか、その到達点と世界史を考え直してみてください。
 しかも、それはけっして何の反対もないわけではなく(民族主義・極右勢力による反対)、対立する歴史像・対立する世界像との対決がつねに求められているなかでの過去の直視です。

 われわれには、すなわち、歴史研究者・歴史教育者にも学生諸君、そして広く一般市民にも、過去の忘却・誤解・歪曲・否定を乗り越えて、不断に歴史認識を正確化し、動態的な現実の歴史とそこでの人間(総体)の実相の認識を深く広く立体的に豊かにしていくことが、方法的に、そして実証的に(諸事実にもとづいて)、求められています。

          
          
          
             (Cf.ベルリン市公式HP)



補1:
 1960年5月−61年2月アイヒマン裁判、1962年5月判決、処刑
               アウシュヴィッツ裁判
               トレブリンカ裁判
 

補2:
 軍・警察・親衛隊・武装親衛隊のランク対応表




引用文献・参照HP等のリスト




                                                          
since Aug.18.2005